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不完全結合 4


「――は? なにそれ。縁を切るってこと? 嫌だけど」
「えっ」

 思いがけない反応に驚いてイルミの顔を見ると、彼は少しムッとしたように眉根を寄せていた。

「いや、縁を切るとまでは……ちょっと距離を置くくらいで……」
「なんでナマエがオレから離れる必要があるの。そんなの許さない」
「えぇ?」

 許さないとまで言われてしまった。そのあまりの剣幕に思わず気圧される。

「えーと……」

 戸惑いながらもなんとか言葉を紡ごうとするけれど、うまい言い回しが浮かばない。
 イルミの言動が予想もつかないのはいつものことだけど、これは完全に想定外の展開だった。まさかここまで食い下がられるなんて。あのイルミが。私と縁を切るのは嫌だと。距離を置くことすら許さないと……。イルミの言葉を聞いて、自分の中の苛立ちがすうっと引いて行ったのを感じた。代わりに胸の奥が熱くなるような感覚が押し寄せてくる。

(ちょっとこれは……かなり嬉しい、かも)

 口の端がにやけるのを抑えられず手で覆う。浮き立つような、そわそわと落ち着かない気分になった。
 しばらく喜びを噛み締めて、はっと我にかえる。いや、結局何も解決してないし。ニヤニヤしてる場合か。ほだされるな私!

「それなら結婚は諦めてよ」
「それもやだ」
「ワガママか!」

 駄目だ、このままでは堂々巡りだ。何とかしなければ。
 ひとつため息を吐いて、イルミに向き直る。その目は真っ直ぐこちらを見据えていて、微塵も迷いが感じられなかった。オレは譲る気ないよと言われているみたいで、さらに深いため息がもれた。なんだっていうんだ本当に。

「やっぱりおかしいよ。イルミらしくもない」
「オレらしいって?」
「もっと効率重視でしょう。これだけ渋ってる相手にいつまでもこだわるなんてイルミらしくないって言ってるの」
「そうかもね」

 まるで他人事みたいな口振りだ。私は負けじと語調を強めた。

「そんなに私に拘るならちゃんとした理由を教えて」
「だからそれは」
「手取り早くて楽だからは無しね。ちゃんと納得する理由じゃなきゃ絶対に納得しないから」

 釘をさすとイルミは開きかけた口をすっと閉ざす。そして考え込むように視線を落とした。

(さぁ、どう出てくる)

 さっきと似たような理由だったら家から締め出してゾルディック家に強制送還してやる。あとシルバさんとキキョウさんにクレーム入れる。そのくらいの覚悟はできている。
 じっと返事を待っていると、イルミはおもむろに顔を上げてぽつりと言った。

「親父がさ」
「うん?」

 予想外の単語に面食らう。

「親父が仕事から帰ってくるとさ、母さんが出迎えるんだよね」
「はぁ」

 唐突な話の切り口に、曖昧な相槌を打つ。イルミは構わず続けた。

「オレやキルが帰ってくる時も出迎えられることもあるんだけど、親父の時は必ず。で、たまたま出迎えてるところに居合わせると決まって抱き合ってるんだよ。なんかすごく嬉しそうに」
「そ、そうなんだ」

 あの夫婦ってそんなに仲良いのか。意外だ。なんだかこっちまで照れ臭くなってきて、誤魔化すように頬を掻いた。

「で、母さんに言われたんだ。そろそろあなたを一番に出迎えてくれる人を見つけないとねって」
「へぇー……あのキキョウさんが……」
「うん。それ言われてさ、まずナマエの顔が思い浮かんだんだよね」
「――え」

 サラリと投下された爆弾に一瞬思考が停止する。

「結婚するのも、子供を産んでもらうのも絶対にナマエじゃなきゃダメって訳じゃないけど。でも俺を出迎えてくれるのはナマエがいい」
「……」
「それが理由。だめ?」

 こてん、と首を傾げられ、心臓をギュッと握られたような衝撃が走った。

(何なんだ。何を言ってるんだ、この男は)

 だって、そんなのってまるで――。

(特別だって言ってるみたい……)

 そう思った瞬間、とんでもない速さで動揺が全身を駆けめぐった。否応なしにどんどん顔に熱が集まるのが分かる。恥ずかしい。今すぐイルミの視界から消えたい。というか逃げたい。
 でも同時に、体中にじんわりと幸福感が広がっていくのを感じていた。イルミにとって家族以外の人間なんてきっとどれも一緒で、興味の対象ですらないと思っていたのに。私が彼にとっての特別であるかもしれない可能性に、こんなにも喜んでしまう自分がいる。
 ああ、もう。 これじゃあ結局いつも通りイルミのペースだ。悔しいけれど、やっぱりイルミには敵わない。
 私は観念したように小さく息をつくと、真っ赤に染まっているであろう顔を背けながら言った。

「……ずるい」
「何が?」

 イルミは相変わらずとぼけた顔で首を傾げている。どこまでも憎たらしいやつだ。
 きっとはこれからも彼のこういうところに悩まされて、振り回され続けて、そして最後には絆されてしまうのだろう。そんな予感がする。それも悪くないかと思ってしまった時点で私の負けなのだ。

「ナマエ、顔赤いけどどうしたの?」
「……イルミのせいだよ」
「ふーん。じゃ、セックスでもする?」
「なんでだよ死ね!!」

 やっぱり訂正。
 絶対こいつの手には落ちない!


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