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不完全結合 3


 夜中の二時を回ろうかという時間帯。夜から入っていた依頼を片付けた私は、重い足取りで帰路についていた。

「はぁー……」

 家の敷地に足を踏み入れてから数十分。ようやく屋敷が見えてきた所で、堪えきれず盛大な溜息を吐いた。

(最悪だ)

 手に嫌な感触が残っている。これは、ターゲットを苦しませてしまった時の感覚だ。依頼自体は問題なく遂行できたけど、後味が悪いことに変わりはない。

(あんなことで仕事に影響出すなんて、バカみたいだ)

 昼間のカフェでの出来事が自分でも驚くほどに尾を引いていた。そのせいでいたずらにターゲットを苦しめてしまった。プロ失格だ。
 イルミだったらきっとこんな無様な仕事はしない。自分の感情を殺して淡々と依頼をこなすはず。私を苛む張本人の鮮やかな手口が思い出されて、一層気分が落ち込んでいった。

(どうして、こんなにイライラするんだろう)

 不快な、胸の詰まるような感覚が昼間から続いている。その感情をなんと呼ぶのか、私には分からない。 だから余計に苛立ちが募っていった。

「はぁ、ほんと最悪な日だ……」

 愚痴をこぼしながら歩いているうちに気づけば門の前に立っていた。ゾルディック家には劣るけどそこそこインパクトのある門を抜けて玄関までの石畳を進んでいると、誰かが慌ただしく駆け寄ってくるのが目に入った。

「ナマエ様、お待ちしておりました!」

 息を切らして近付いてきたのは、最近私付きになった若い執事だった。そのただならぬ様子に目を瞠る。

「どうしたの?」
「それが……」

 彼女は言いづらそうに視線を落とした。

「裏庭にイルミ様がいらっしゃっています」
「えっ」

 イルミがうちに?  しかも裏庭? 何してるんだ一体。

「何かあったの?」
「先ほど突然屋敷にいらっしゃったんです。ナマエ様が外出されていることをお伝えしたのですが、帰ってくるまで庭で待つとおっしゃいまして、その、地面の中に……」
「あぁー……」

 モグラ顔負けの掘削能力で地面を掘り出すイルミの姿が目に浮かんで、思わず天を仰ぎたくなった。
 困惑するのも無理はない。あのゾルディック家の長男が突然訪問してきただけでも驚きだというのにその上、あの奇行パフォーマンスを見せられただなんて。どれほどの驚愕が彼女を襲っただろうか。

「分かった、すぐ行くよ。対応ありがとう」
「あ、あの、自分もついていきます」
「大丈夫だよ。変人だけど危ないやつじゃないから。一応友人だしね」

 気がかりそうにこちらを見ている彼女に笑いかけ、私は裏庭へと向かった。


 裏庭に着くと、予想通り地面を掘り返された跡があった。こんもりと盛り上がった土を見て、思わずため息が漏れる。

「イルミ、出てきて」

 呼びかけると、土の中からぼこっと人の頭が飛び出した。地上に顔だけ出した状態のイルミと目が合う。イルミは飄々とした様子で「や。さっきぶり」と言ってのけた。人の家の庭で何をやってるんだとか、こんな夜中に何の用だとか、色々言いたいことはあったけどそんな前置きすらも面倒臭くて、私は単刀直入に切り込んだ。

「優秀な遺伝子を探しに行ったんじゃなかったの」

 自分の声が思いのほか不機嫌そうな響きを帯びていることに気づいて、内心戸惑う。もっと冷静に話したいと思っているのにどうしてか上手くいかない。
 イルミは穴から這い出ると、服についた土を払う。そして、いつものように抑揚のない声で言った。

「それなんだけどさ、よく考えたらナマエ以外に女の知り合いがいなかったんだよね」
「はぁぁぁ?」

 予想外の返答に、素っ頓狂な声が出る。
 イルミは構わず続けた。

「ナマエが思ってるよりもオレの交友関係って狭いよ。仕事以外で連絡取るのなんてナマエ以外にはヒソカくらいしかいないし」
「あの変態と同列……? 」

(ていうかイルミの知り合いって、たった二人だけ?)

 たしかに思い返してみればイルミの口から女性の名前が出てきたことは一度も無かった気がする。それでも私が知らないだけで繋がりがある女の人はたくさんいると勝手に思ってたんだけど、まさか私だけだったとは。何故その人脈の狭さで他を当たるなんて台詞が言えたのか。

(いや、だからなんだって話なんだけど)

 話の本筋はそこじゃない。今はただでさえ気分が悪いというのに、これ以上私を苛立たせるのはやめてほしい。

「それで、結局私になんの用なの? 知り合いにいないんだったら丁度いい相手をお宅の執事にでも探し出してもらえばいいでしょ」
「それも考えたんだけどさ、でも結局ふりだしに戻ることになるだろ」
「ふりだしって?」

 意味がわからず聞き返すと、イルミは至極真面目な表情を浮かべてこう告げてきた。

「執事が見つけてきた女に毒の耐性があったとしても、他に問題がないとは限らないし。そもそもナマエと同じくらい強い女ってそんなにすぐに見つからないと思うんだよね。苦労して探し出しても無駄足になるくらいなら最初からナマエに頼むのが一番確実だと思ってさ」
「…………」

 沈黙が流れる。イルミの顔をまじまじと見つめながら私は思った。
 この男は一体何を言っているんだろう。

「つまり、なに? 私だったら取り越し苦労せずに済むから楽だってこと?」
「うん、まぁそういうことかな」

 あっけらかんと言い放つイルミに、もはや怒りを通り越して呆れてしまう。

「あのさぁ、そんな理由で結婚申し込まれても全く嬉しくないし、受け入れるわけないでしょ」
「ふーん。じゃあどうすれば受け入れるの?」
「だからさぁ……」

 なんだが頭が痛くなってきた。聞き分けがない子供を相手にしている気分だ。イルミってこんなに諦めが悪いやつだったっけ。
 どっと疲れが押し寄せてきて、無意識に言葉がこぼれでた。

「あんまりしつこいようなら今後の付き合いも考えるからね」

 言った瞬間に、しまったと思った。昼間の出来事が脳裏に蘇る。きっとまた「そっか、分かった。ならもういいや。今までありがとう」とでも言ってくるに違いない。そしてあっさり私から離れていくのだろう。そう思っていたのに。
 イルミの反応は私の予想とは全く違っていた。


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