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不完全結合 2


「……」
「……」
「……ご、ごめん。やりすぎた」
「いいよ別に」

 コーヒーを浴びても表情ひとつ変えないイルミを見て、頭に上った血が引いていく。怒りのあまり我を忘れてやってしまったけど、これはまずかったかもしれない。恐る恐るハンカチを差し出すと、イルミは特に気にした様子もなく顔を拭きだした。そして何事もなかったかのように話を続ける。

「体だけの関係は嫌って事か。じゃあ付き合う方向で話を進めよう」
「その話まだ続くんだ……」

 はぁ、とこれみよがしに溜息を吐いてみるけど、全く効果はない。それどころか声色だけは意気揚々に「もちろん」と返される始末だった。ダメだ、これは怒りをぶつけるだけじゃ解決しない。ちゃんと話し合って諦めさせないと。
 どう納得させようか頭を悩ませている私に、イルミは斜め上の方向で攻めてきた。

「オレって結婚相手としてはそれなりに優良物件だと思うよ」
「自分で言うかそれ」
「事実だからね」

 自信満々に言い切るあたり、本気でそう思ってるのだろう。でも、確かにそうかもしれないと納得している自分がいた。あのゾルディック家だ。家柄的には最高峰と言えるだろう。あの家族はだいぶ問題だと思うけど私は昔から交流があるから慣れてるし。イルミ自身も実際はそこまでヤバい奴じゃないと私は思っている。家のために実直に仕事をこなす苦労人。それがイルミに対する私の印象だった。あの弟くんが絡むとネジが外れるとはいえ、すべては家の繁栄のためにやっていることだ。ゾルディック家の長男として、そしてキルアの教育係としての責務を果たすべくイルミなりに努力してきたのだろう。似たような境遇で育ってきた私からすると、ここまで徹底して家のために尽くせるイルミには尊敬の念すら抱いていた。
 イルミにとって家族は絶対的なもの。つまり、結婚してイルミの家族になればきっと大切にしてもらえるんだろう。

「……それでも嫌なものは嫌。私は結婚するなら好きになった人としたいの」

 大切にしてもらえたところで、それは後継ぎを産むための存在として価値を見出されてるだけだ。イルミとそんな虚しい関係になりたくない。

「ふーん、そんな悠長なこと言ってられるんだ。今までろくに男と付き合ったことないのに」
「ぐっ!」

(こいつ、今それを言うか!)

「別に、そんな焦ってる訳じゃないし」
「この前会った時は婚期逃したくないって騒いでなかったっけ」
「……」

 その通りだ。ていうかこの前どころか会う度に愚痴をこぼしてる気がする。

「ナマエもそろそろ適齢期なんだし、いい加減夢見がちな妄想は捨てた方がいいと思うけど」

 ぐさりと突き刺さるような一言だった。
 いや、負けるな私。間違ったことは言ってない。ていうか至極真っ当なことを言っている。おかしいのはイルミの方!
 自分にそう言い聞かせ、反論しようと口を開くが、その前にイルミが言葉を続けた。

「ナマエはオレのこと嫌いなの?」
「……や、そんなことはないけど」
「じゃあいいじゃん。付き合ってよ」
「だから付き合わないって。そんな簡単なもんじゃないでしょ。そもそもイルミと付き合うとか考えたことないし急に言われても困るよ」
「じゃあ考えて。今。」
「えええ……」

 あまりのしつこさにうんざりしてしまう。どうしてそんなに食い下がってくるのだろう。無駄を嫌うイルミらしくもない。

「そもそもなんで私なの?」
「さっき言っただろ。優秀な遺伝子を残すために、」
「だーかーらー! それだけが理由なら私じゃなくても良くない? 私より強い人なんてたくさんいるし、探せばもっと相応しい人がいるはずでしょ」

「……」

 急に沈黙が降りた。
 イルミは無表情のままほんの少しだけ口を開いた状態で固まっている。何か言い淀んでいるようにも見える。即決即答のイルミには珍しい反応だった。

(え、この反応ってもしかして……)

 微かに、心臓の音が早まっていくのを感じる。あのイルミに限って絶対にありえないと思っていたけど、もしかしたら、もしかするのかもしれない。
 そんな淡い期待を胸に次の言葉を待っていると、イルミが口を開いた。

「確かにそうだね」
「えええ……」

 バッサリと。私の愚かな期待は切り捨てられた。
 呆気に取られていると、イルミは「さっそく他をあたってみるよ」と言い放った。そのまま席を立ち、用は済んだとばかりにスタスタと立ち去ってしまう。その一連の行動を、ただ呆然と眺めることしか出来なかった。

「……うそでしょ」

 一人残されたカフェで、ぽつりと呟く。イルミが去った後のテーブルの上には、空っぽのカップが二つ並んでいた。


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