▽おぼえてますか






最近、団長の機嫌が悪い。


理由は皆わかってるからあえて触れるようなことはしないものの、いい加減無言で殺気をばら蒔くのはやめてほしい。
まぁ、オレは暫くこのままでもいいと思ってるんだけど。

なにせ原因はつい最近会った彼女だ。
オレ達に一般常識を教えてくれた先生、オレの悪遊びに昔から付き合ってくれるナマエさん。

本人は自覚してないようだけどクロロは昔から先生が好きだったから。
あの本か宝にしか興味を持たないようなクロロが、どんな美人でも女に誘われたら見向きもしないクロロが、過去に関わったたった一人に焦がれて一喜一憂する姿は見ていて中々に面白い。


彼女を探すよう指示を出してからもう2ヶ月が経とうとしている。
目撃情報はおろか名前すら未だわからない事態に団長の苛立ちは最高潮に達していた。

最近じゃ本を開いたまま上の空で固まることも増えたし、意味もなく同じ場所を彷徨いたり酒のペースが前より早かったり、表情は平然としてても行動が明らかにおかしくなってる。



「ありゃあ重症だよな」


本棚の前で棒立ちになってる後ろ姿を見たフィンクスが小声でそう耳打ちしてきた。

思わず口の端がつり上がる。
オレの方が先に会って、名前も携帯番号も知ってるなんてちょっとした優越感に浸れるのも悪くない。

気分が良いから訝しげに此方を見つめるフィンクスに顔を近付け、内緒だよ?と勿体ぶった前置きをした。

案の定、興味を引かれたフィンクスは更に身を寄せて聞き耳を立てる。



「……なにニヤついてんだよ」

「実はオレ、この前先生に会っちゃったんだよね」

「はぁ?」

「団長には秘密だからね?ずっと放っといて先生との約束を破った自業自得ってことで」

「おい団長、シャルの野郎が先生に会ったとよ」

「あっ、バカ!」


秘密だって言ったのに!

あまりにもクロロらしくない行動に浮かれすぎてた。

ついつい口を滑らせてしまったことに後悔するも時すでに遅し。
慌ててフィンクスの口を塞いだが、遠くから鋭い視線が刺さる刺さる。
言わなきゃよかった…先生ごめん。

びしびしと突き刺さる視線に堪えかねて振り返れば、どういうことだと目で問う団長が無言でこちらを凝視していた。


正直言って怖い。


「た、たまたま、一昨日、見かけて」

「…………」

「まっ…まだ!この辺りにいるかもよ?」

「少し出てくる」

「いってらっしゃい!」


ダメだ。
オレには今のクロロを誤魔化せる勇気はなかったみたいだ。
キレられなかっただけマシだろう。

迷いない足取りで本棚から外へ直行する背中を見送り、やっぱり言わなきゃよかったとため息をついた。



「…………やっぱ重症だよな」

「重症だよな、じゃないよ…もう。あの様子じゃ先生今日中にでも見つかっちゃうかな」

「シャル、あんた何で先生に会ったこと黙ってたんだい?」

「そんなの一人占めに決まてるね。団長の次にあの女に懐いてたのシャルよ」

「そういうフェイは一番先生を避けてたわね。懐かしいわ…先生は元気だった?」

「まぁ元気なんじゃない?変わりないようだったし」


見た目も20年近く前から変わってない……というのは今度こそ黙っていよう。皆の驚く顔が見たいから。

黙ってた理由もフェイタンの指摘した通り俺の独占欲みたいなもんだし、曖昧に笑って返答は避ける。
彼女を知るメンバーは思い出話に夢中なようで、誰も俺の誤魔化しには気付いてないみたいだ。


「あれからもう10年以上経ってんのか。道理でノブナガが老けるわけだ」

「テメェも似たようなもんだろが。オレやお前が老けたんなら先生はもっとババアになってんだろ」

「ば、ババアって…先生は今も綺麗だったよ!」

「へーへー、団長もシャルも本当に先生が好きだよな。暇さえありゃあ常にくっついててよ」

「まぁ、あの場所で唯一まともだと思った大人だったからな。オレ達子供にも対等に接してくれるのは先生くらいだった」

「優しい人だったからね、先生は。あたし達に何でもしてくれた……今思うとちょっと怖いくらい」

「あの女ワタシ嫌いよ。ぜたい何か裏ある決まてるね」

「裏って?オレ達に一般教養を与えることに何のメリットがあんだよ?」

「考えすぎでしょう。先生は確かに頭はいいけれど他は普通の女性なのよ?」

「これだからひねくれ者は…実際今という今まで何もなかったんだからいいだろ」

「…………、ふん」


オレやクロロが特別懐いてたのは否定しないけれど、皆もわりと先生のことは気に入ってただろうに。
オレ達の疑問に全て答えてくれて、他にも外の世界のあらゆる土地や文化、生き物の話……先生の話は流星街しか知らなかったオレ達の世界を広げてくれた。

……約一名は先生の優しさを最後まで信用してなかったみたいだが。


「…………あぁ、先生の話で思い出した」


ふと、話を聞いていたフランクリンが「すごい疑問に思ってたことがあってな」とポツリと呟く。

昔話をしたせいか全員がすっかり先生の話に興味を引かれたようで、視線が一点に集まる。
それを確認してから1つ頷き、大したことじゃないんだが……と前置きしてオレ達が先生の元を去った最後の日の話をした。


「先生から学ぶことがなくなって卒業した時、オレ達には『またいつでも来てね』って言っただろ?けど団長にだけは条件をつけたんだよ」

「条件?」

「『知りたいことがあったら会いに来てね』ってよ…まるでそれ以外の目的では来ちゃいけないみたいで不思議だったんだ」

「……そうだっけ?」

「覚えてないな。でもまぁ団長は特に先生に付きまとってたし、何かしら理由つけないとまたすぐ来ちまうからじゃねーか?」

「じゃあ同じく鬱陶しいシャルに言わなかったのは?」

「鬱陶しくないよオレ!」

「ガキだし言葉の意味に気付かないと思ったんだろ」

「酷い!」


先生がオレを鬱陶しがるわけないじゃないか!
皆の知らない一面を知ってるのはオレだけなんだから。連絡先だって教えてくれたんだし!


好き勝手言い始めた皆に非難の目を向けながら、内心さっきの言葉に首を傾げる。


“知りたいことがあったら会いに来てね”

“会いに”来てね……?

条件をつけたことより後半の方が何か違和感があるのだけど、それが何だかわからない。
たまたまその言葉を選んだのかもしれないけど。

迎えに行くと言ったクロロと、会いに来てと言った先生。

微妙なズレというか何かを見間違えてるというか、変な気持ち悪さだけが胸に残った。


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