▽間違いさがし






「改めましてこんにちはイルミさん。この前はごめんなさいね?」

「別に。オレもナマエに興味あるし会えてよかった」

「ふふふ!」



オレの言葉を社交辞令か何かと受け取ったのか、可笑しそうに笑う女をまじまじと観察する。


ヒソカと付き合っていた女。
ヒソカが執着する女。
それを除けば、何の変鉄もない普通の一般人だ。
試しに軽い殺気を当ててみても気付きすらしない。

その気になれば一瞬で殺せてしまう弱い存在。
暗殺者でなくてもその辺の不良まがいにすら勝てないだろう。

しかし仕草や言動の節々から高い知識と教養が見られたが、ミルキに調べさせても名のある家の娘にはナマエの名前は見つからなかった。
貴族でもないのに女でここまで洗練された動きができるのも珍しい。

あとは柔らかい表情と穏やかな雰囲気が妙に居心地がいいことくらいか。
慣れない感覚だが悪くない。


少なくともその程度じゃヒソカが特別視する理由にはならないだろう。




「……私とヒソカの関係を聞きたくてたまらないって顔ね」

「え」

「そんなに見つめられたら照れちゃうんだけど」


クスクスと品の悪さを感じない笑い声を漏らしながら、ナマエが両手で顔を隠す。

バレるとは思わなかった。
そんなにわかりやすい顔をしていただろうか?
首を傾げて自分の顔を触ってみてもよくわからない。

家族にも何を考えてるかわからないと言われるのに。



「ナマエって何してる人?」

「少し前までは子供に文字の読み書きや一般常識を教える仕事をしていたわ」

「先生ってやつ?……ますますヒソカとの繋がりが見えないんだけど」

「ふふ、そうね。あの人と会えたのは偶然だもの」

「偶然?」

「もう1年くらい前かしら。雨の日にね、たまたま同じ店の屋根で雨宿りしてたの」

「で?」

「少しお話しして、暇潰しにって手品なんかも見せてもらって……そしたら、突然ナイフを持った男が襲いかかってきたのよ。その人は少し前から悩まされていたストーカーでね」

「それをヒソカが殺したんだ」

「そう。びっくりしたけど助けてもらったからお礼がしたくて。連絡先を交換してから食事に誘ったの。あとは何度か会ってるうちに自然と恋人みたいな感じになってたわ」


思い出話を楽しむように時々笑みを交えながら、ナマエは事細かに出会った当時のことを教えてくれた。

頭は良さそうだという最初の印象通り、教師というそれらしい職業に納得する。
表社会のことはあまり知らないオレでも似合うとわかるんだから天職なんだろう。


しかしナマエの話を聞く限り、ヒソカが何故ナマエを特別視していたのかが全く見えてこないのはどういうことだろうか?

そのストーカーとやらを殺したのも奴の気紛れだろうし、何か弱味を握られた様子もナマエが特別何かをした様子もない。
容姿も頭脳も態度も上等な女とはいえ、それだけで入れ込むような男ではない筈なのだ。



「別れたのは何で?」

「あの人は私がフったって言ってたけれど、正しくは自然消滅ね。イルミさんも知っての通り、ヒソカって恋愛とか似合わないでしょう?」

「うん。ナマエと付き合ってたのも遊びだと思ってる」

「実際そうだったでしょうね。いつ捨ててもいい、後腐れのない相手が一番似合うのよ彼には」

「でもヒソカはナマエを特別視してるよね」



ハンター試験のあの日、ヒソカの反応は明らかに動揺していた。

オレに近付けるのも嫌がる程の何かをナマエは持っている。
ヒソカが本気で惚れていたとも考えにくく、だからといって遊びの相手でしかない女にあの反応はおかしいから。


オレの質問に、ナマエは桜色の唇をつり上げて目を細めた。




「知りたい?」



ふわふわとした雰囲気が一瞬歪む。


ゾクリと、背筋を走る得体の知れない危機感。

殺気ではない、何か。



「……そう、そうね。私もあの子と同じなのよ」


即座に掴んだ鋲にも動じず、女は徐にカップに残った紅茶を飲み干す。



「恋愛ごっこなんて遊びは後腐れのない相手が一番でしょう? 本気になった相手には用はないの」


ねぇ、1ついいことを教えましょうか。

どこからともなく取り出した紙幣を1枚テーブルに置き、立ち上がる。
その動きはどう見ても一般人…の、筈だ。

わからない。

この女は何なのか。
オレの今までの判断は正しかったのか。


弱そうで、純真無垢で、柔らかい雰囲気の少女。

本当に?



「嘘の上手な隠し方。真実の中にね、ほんの少しだけ偽りを混ぜること」


何処から、何れが、何時から。


目の前の、悪戯をする子供のように無邪気に笑う姿は?

穏やかに過去を語る微笑みは?


彼女の話のどれが、あるいは全てが。



「悪いけれど、私あなたと遊んでる暇はないのよイルミさん。あなたもすごく素敵だけれど、近々とっておきの子が会いに来るの」



それを最後に、ナマエは興味が醒めたようにあっさり此方に背を向けた。

シンプルな白いスカートを翻し、ヒールの音を響かせながら彼女は軽い足取りで離れていく。

念を纏った鋲を投げなかったのは何故だろう。

自分より良い相手がいると仄めかされた時、ほんの微かに感じた苛立ちは。
澄んだ瞳から自分が外された時の焦りは。


「……困ったな」


悔しさと、久々に感じる愉しさ。

もっと、もっと彼女を知りたくなってしまった。


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