被害者あにき


依頼された仕事を終わらせ、深夜0時をまわった腕時計を確認してから帰路につく。

辺りは暗く人気はない。
普段ならこのまま自宅まで戻るのだが、今日はそうするわけにもいかず、どうしたもんかと頭を掻いた。
自分の後ろについてくる隠しもしない気配――――悪質なストーカーのせいである。


「……この辺りにホテルか宿なんてあったっけ」

「クク…大胆なお誘い嬉しいよなまえ◇」


うぜぇ。

振り返るまでもなく横に並んできた男へ落ちてた空き缶を蹴り飛ばす。
オーラを纏ったそれは奴のトランプによりあっさり弾かれ壁を砕いた。
ごめんなさいこの家の人。


「不審者を引き連れて帰るわけにもいかないだろ…」

「キミの実力ならボクを振り切って逃げることもできるんじゃない?」

「実家知られてるのに?逃げたら諦めるのか?お前が?まさか」

「ボクのことよく知ってるね◆そんなに好かれるとは思ってなかったな◇」

「オレだけじゃ飽きたらず弟達にまでちょっかいかけなきゃ無視できたんだが」


数年前に喧嘩を売られて以来オレのことを気に入ったらしく、それからというものストーカー行為を繰り返すこの男の名はヒソカ。
変態で戦闘狂で変態で自分の欲望に忠実な迷惑極まりない変態である。最近は見かけないと思って安心していたのに、気を抜いたタイミングで現れるとはやはり趣味が悪い。

そして、どんなに関わりたくない変態でもオレにはコイツを無視できない訳があった。
言わずもがな、可愛い弟達を毒牙から守るためだ。
イルミと知り合ったと聞いた時に嫌な予感はしていた。ただのビジネスパートナーだとは言っていたがこの男の言葉は信用ならない。
予感が確信に変わったのは四男キルアの口からヒソカの名前が出てきた時で、その頃にはもう遅かったのだと後悔したものである。
初めて自分の意思でぶっ殺そうかと考えた相手でもある。喜ばせそうだからやらないけど。

オレが帰ることを早々に諦めると、それに気付いた男は満足そうに笑った。


「……で?用件は何だ。殺し合いか?依頼か?」

「それもイイけど今日はなまえをデートに誘おうと思って◇」


でーと。


「…………すまない。オレは今まで仕事か家族の事ばかりで世間の常識にはかなり疎いんだ。オレの記憶では“デート”とは恋人同士で買い物や食事に出掛ける行為を指す言葉だと認識していたのだが間違っていたのか?」

「合ってるよ◇」

「………………、ならオレの聞き間違いか」

「合ってるよ◇」

「オレに彼女はいない」


爺ちゃん達は作れ作れって煩いが、他所の女より弟達の方が大切なんだから結婚どころか恋人など無理な話なんだよ。どうしても必要なら弟全員が自立してから考える。

そんなことよりヒソカは何故オレを誘おうとしたんだ?
デートなら勝手に行けばいいじゃないか。恋人同士の外出に同行者が必要なんて聞いたことがない。いや、聞いたことないだけで普通にあるのか?場違いじゃないか?ヒソカとヒソカの彼女+オレ、なんて絶対に変だと思うんだが。

しかし目の前の変態は更に奇妙なことを言い出した。


「ボクもいないんだ◆」


なに言ってんだコイツ。


「……至急彼女を作ってこいって話か?」

「いいや?ボクの恋人なら目の前にいるから◇」

「なるほど」

「っ、ノーモーションで殴りかかってくるのやめてくれない?」

「あまりにも気持ち悪くてつい」


やはり変態だったか。

ギリギリかすった拳を再び握りなおし、今度はオーラも込めればヒソカの表情が微かに引きつった。
オレは強化系。本気で殴られたことは一度や二度じゃないコイツはこの威力を身を以て知っている。当然、手加減がないことも。


「いいじゃないかデートくらい、同性の友人同士で出掛けることもデートって言うんだよ◆」


……が、右足を踏み込む前に放たれた言葉に動きが止まる。

そういえば前に町で若い女同士がそんな話をしているのを耳にしたことがある。
その時は疑問にも思わなかったが、ふむ、そうだったのか。さすがに本で得られる知識にも限界があるな。
だとしたらヒソカはオレを外出に誘っただけで、それならば別に断る理由もないと考え直す。

何より、世間知らずな自分に必要なのは生身の人間の話なのだから。


「ならいいや。デート行く」

「そう◇ 良かった、じゃあ明日ここで待ってるから◆」

「わかった」


買い物や食事程度なら特に抵抗はないし、それだけで弟達の平穏が守れるのなら安いもんだ。
快く頷いたオレにニコリと笑った奇術師は上機嫌で闇の中へと消えていった。


後日、ヒソカとのデートについて話したらゴトーがティーカップを握り潰して動揺していたのであの変態野郎はやっぱ殴るべきだったと己の無知を深く反省した。


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bkm
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