大好きなあにき


ボクの兄、なまえ=ゾルディックはとても不思議な人だった。

なまえ兄様は優しい。
一人前の殺し屋になれるように訓練をしている時だって側で励ましてくれる。怪我をしたら心配して手当てしてくれる。誉めてくれる。叱ってくれる。守ってくれる。大切そうに頭を撫でてもらえば幸せになれたし、穏やかな瞳で見つめられれば安心できた。
拷問の訓練が嫌で逃げたくなった時、なまえ兄様は否定もせず怒りもせず庇ってくれた。ゾルディックにふさわしい暗殺者になれなくても兄様はきっと受け入れてくれるだろう。
いや、むしろ暗殺者としてダメになる麻薬のような甘さをなまえ兄様はボク達に与え続けた。

それはこの家系からしたら排除すべき障害でしかないのに兄様が咎められないのは、単に兄様が強くて仕事にストイックな努力家だからだろう。
だからボク達も兄様の麻薬に侵されながら兄様の背中を追うように暗殺者になった。
家族の中でも一人だけ異質ななまえ兄様をボク達兄弟は大事にしていたし、みんな特別に思っていた。


「おはようございますなまえ兄様」

「おはようカルト」


朝、兄様の帰りを聞いて部屋を訪ねるとコーヒーを片手に寛いでいる姿が目に入る。
ボクを見るなり読んでいた新聞を畳んで笑顔で迎えてくれるなまえ兄様に思わず頬が弛んだ。

今日はイルミ兄様は仕事でいない。
思う存分独り占めできる嬉しさにはしゃぐ気持ちを抑えて側に寄れば、いつものように大きく繊細な手が頭を撫でる。
あぁ、幸せだ。


「随分とご機嫌だね。何かあった?」

「……いえ、」


なまえ兄様がいるから。
そう素直に言えばきっと兄様は微笑んでくれるだろうけど、それは逆に兄様を困らせることになる。仕事に行く兄様に泣いてすがった昔の愚かな自分はもういないのだ。
眉を下げて苦笑いするあの表情を見ないために、ボクは早く立派な大人にならなきゃいけない。

イルミ兄様のように、なまえ兄様に信頼されるような頼れる存在になりたいから。
だからまさかそのイルミ兄様がボク達の知らない所で全力でなまえ兄様に甘えてるなんて知りもしなかったのだけど。


「なまえ兄様、あとでボクの稽古を手伝ってくれますか?」

「……うーん…あんま実の弟に手をあげたくないんだけどなぁ。一緒に遊ぶのは?だめ?」

「早く強くなりたいんです!殺すつもりで来てください!」

「うちの弟ってなんで皆こんな好戦的なんだろ…」

遠い目をして笑う兄様が誰のことを考えているのかは知らない。
でもなんか面白くなくてシャツの袖を軽く引っ張れば視線がちゃんと戻ってくる。ボクといる時くらいボクだけを見ててくれればいいのに。

優しくて、強くて、綺麗ななまえ兄様。
そんな兄様の周りには家族だけじゃなく薄汚い虫もたくさん集まってくる。
図々しく近寄ってくるそれを振り払ったりしないなまえ兄様の優しさが時々憎くもあり悲しくもあるけれど、でもやっぱりボクは兄様が大好きだから。


「……いつか、強くなったらボクが殺してやるんだ」

「えっ、誰を?オレを?えっ?」

「なまえ兄様に近付く虫は一匹残らず駆除してみせるから、待っててください兄様!」

「カルそんな虫嫌いだったっけ?」


樹海だしなぁ…殺虫剤いくつ買えばいいんだ?なんて呟く兄様に寄り添い、頬に唇を落とす。

きょとりと目を見開いたあと、嬉しそうに破顔してお返しのキスが額に降ってきた。
やっぱり、なまえ兄様は麻薬みたいだ。
無条件でこんなに愛情を注がれて、もし兄様がいなくなった時ボク達がどうなるのか――――優しくて残酷なこの人はきっと考えもしないだろう。

ボク達は、あなた無しじゃあ呼吸すらできなくなるのに。


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