オレ、なまえ=ゾルディックは暗殺家業を営む一族の長男である。
家族は高祖父に祖父、両親、弟が5人。
商家だろうが農家だろうが暗殺家だろうが、家業を継がねばならない家の長男というものは生まれながらにして期待と苦労を背負わなければならない運命にある。実際、オレは両親(特に母親)を喜ばせるため特訓やら拷問やら数々のスパルタ教育をこなしてきた。
暗殺に関係あるなし拘わらず幅広い知識を身に付け、物心ついた頃には仕事に参加して社会の常識を学び、暗殺に必要な強さと技術を得たオレ(5才)は、ある日悟ったのだ。
「あなたの弟のイルミよ。今日からなまえはお兄ちゃんになるの」
あ、この家から弟守んなきゃ。
5才にしてオレはこのゾルディック家がどれだけ普通の家庭とかけ離れているかよく理解していた。
そして気付いた時には遅かったので自分は早々に真人間になるのを諦め、キチガイの道を歩ませないためにも弟イルミを魔の手(拷問とか拷問とか毒とか暗殺とか)から守ることを決意。自分が両親にされなかった代わりに全力で弟を甘やかした。怪我から庇い、手を差し伸べ、色々な外の話を聞かせ、それはもうベッタベタに甘やかした。
暗殺なんて恐ろしい世界など知らず自由にのびのびと生きてほしい。そんな期待を込めて。
「……それなのに何を間違ったのかな…」
「? どうしたの兄貴」
その結果、感情表現に乏しいブラコン能面暗殺マシーンができてしまったんだが何故だ解せない。
何をどう失敗した?
昔は表情豊かだったのに今のイルミの表情筋は死んでる。息してない。
それどころかオレみたいになりたいという謎の目標を掲げ積極的に暗殺訓練に励むようになってしまったし、なのにオレより容赦ないし、後から生まれたミルキやキルア達にもそれを強要するから次期殺し屋が量産されてゆく。これはひどい。
どう足掻いても暗殺家業から逃れられないのはゾルディック家の呪いか?オレもだが誰一人として暗殺教育に抵抗しないのは血のせいか?
あぁ、いや、一人いたな。四男キルアはある意味オレの願った通りに育ってくれた。心優しい子でちゃんと自分の人生を考え家を出たのだ。友達なんて素晴らしいものもできたらしい。跡取りだ何だと周りは煩いが、気にせず望むように生きてほしいと兄ちゃん影ながら応援してるからな!
「兄貴……なまえ」
「…イル、重いから降りなさい」
「やだ。カルトは注意しないくせに」
「お前はもう大人だろう」
「やだ」
…………でもまぁ、無愛想でも暗殺者でもオレにとって可愛い弟には変わりない。
こうして一人考え事に耽って放置してると背中にもたれかかってきたり肩に頭を擦り付けてきたり、どんなに成長しても甘えてきてくれるのは悪くないものだ。
「なまえ、……なまえ」
「はいはい、オレが留守の間ミルキ達の面倒見てくれてありがとう」
「ん」
「今日は仕事休みだろう?1日家でゆっくり過ごそう」
「なまえがいるならオレは何でもいいや」
背中に張り付いた弟を背負ったままソファへ動く。
家を空けることの多いオレに代わって“兄貴”をしてくれるイルミは、他の弟達の前では絶対にオレに甘えない。
その反動として二人きりになれば、それはもう子供に戻ったような甘ったれに変わるのだ。そんなイルミをまた可愛がるのもオレの仕事である。
さてさて、何をしようか。
最近行ったジャポンの話をしようかな。それからお茶をして、ミケのシャンプーを一緒にして、少し昼寝もさせよう。仕事続きで疲れている筈だ。
「………母さんやカルト達に見つからないようにしなきゃな」
「近付けさせないから大丈夫。今日のなまえはオレの兄貴だからね。カルト達には譲らない」
ソファに座ると背中から膝の上に移動したイルミがオレの腹に顔を埋める。
膝枕のままがっちり胴体を抱き締められて少し苦しい。もういい大人なのを忘れてるんじゃないかと思うが、兄離れされるのも寂しいから暫くはこのままでいいのかもしれない。
帰ってきたのに顔も見せなかったら後でアルカとカルトは泣くだろうな。
母さんはまた金切り声で騒ぐだろう。
父さんには小言を言われて、爺ちゃん達には曾孫の顔が見たいって結婚の話をされる。
ミルキはまたスナック菓子ばっか食ってるだろうから歩かせなきゃ。
キルアにも連絡をとって、ゴトー達に暫くぶりに稽古をつけて、ミケに構ってやって。
仕事も溜まってるのに大変だ。
またご機嫌を損ねないよう自分と同じ黒の髪を撫でながら今後のスケジュールを練る。
いつだってオレの世界は家族を中心に回っている。
寝息を立て始めた可愛い弟を起こさないように、まずは軽く昼寝といこうか。
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bkm