今日、花嫁を殺します。 中

・今日、花嫁を殺します。 中(全3編)。
・R-18。性描写有り。
・静雄×臨也。


【3】

結論から言うと、俺は臨也を殺せなかった。
この村には何もなかった。初日、ひび割れすぎたアスファルトを歩きながら集落の隅々まで探検したが、ススキの伸び切った畑にも、民家の少ない交差点にも、誰一人いなかった。草の揺れる音に驚いて振り返ったら、子連れのタヌキらしき生き物が草葉の陰からひょこっと此方を見つめていた。あはは、かわいい、こっちおいで、と臨也が喜んでいる中、俺が民家の一つにお邪魔させてもらうと、二階の和室の布団の中で白骨遺体を見つけた。骨は茶色く、その手の知識がない俺でも相当な時間が経っていることがわかった。その隣の民家も覗こうと一時間もの時間をかけて、歩いたが、その中はガランとして何もなかった。昔人が住んでいた形跡があったが、随分前に引っ越したらしく、此方も廃屋となっていた。十月だというのに緑は鮮やかで、壁にドアにツタが張り付いていた。
海岸側にも出たが、どの家も空き家だった。山の方面とは違い全体的に潮風の影響で風化が進み、夏場の陽射しにやられたのか、家具や庭に置かれたバケツなど、ほとんどの物体が日焼けして脱色していた。
地方の過疎化という言葉はよく聞く言葉だが、これ程までとは思わなかった。都会で暮らしてきた俺たちには想像を絶する世界だ。まるで世界ごと壊れたのではないかと錯覚した。あんまり人が居ないから、俺たちが互いに喋らなければ日本語くらい簡単に忘れてしまいそうだ。臨也は至って平常そうに、誰も居ないことに安堵していたけれど、やはり不安を隠しきれないらしい。歩幅が違うので、俺が少しでも歩こうとすると、ぱたぱたと後ろから追って来ては、さり気無くベストの裾を摘まんでいた。
日が暮れてきたので、海沿いの小さな小屋を見つけて、そこで休むことにした。小屋は元は倉庫だったらしく、漁師が使っていたと思われる網から、芝刈り機までなんでも置いてあった。中には非常食が詰められた衣装ケースもあった。賞味期限はとっくに過ぎていたが、臨也曰く、缶詰はきちんと保管すれば十年は持つらしい。俺はよくもまあ、こんな古い缶がここまで持ったものだと目を丸くした。一体どんな防腐剤を入れたらそんな効用が現れるのかわからなかった。臨也は、それよりも内装が汚いとか狭いとか埃っぽいとかで、ぎゃあぎゃあ文句を垂れていたが、仕方ないだろ、と言うとそれきり黙ってしまった。
倉庫の奥にマッチと蝋燭があったので三本だけ焚いた。電気の通らない世界で、臨也は、キャンプみたい、と面白がっていた。誰のせいだと思っているのだろうか。困った配偶者だった。
けれども、適当にあった茣蓙を敷いて雑魚寝をすれば、最初は疲れてすぐに眠ってしまったが、三十分もしない内に起き出してひっそりと泣き始めた。俺がまだ起きていることも知らずに、体力も消耗するのに、ベソをかいていた。元はと言えば自業自得なのだ。ここで覚悟を決めないと、もっと苦しみながら生きなければならなくなる。
できることなら生かしてやりたい。それは誰しもそう思うだろう。しかし、こいつが起こした過ちは余りに大き過ぎた。誰にもフォローのできないことでもしたのだろう。懺悔して許される問題ではない。俺はその内容など聞きたくもなかった。やはり臨也は宿敵だからだ。どんなに想いを伝えあって好きあって一緒に過ごしても、こいつが今まで俺にしてきたことが無くなるわけではないからだ。むしろ、無くなったら困るのだ。俺は何のためにこいつと一緒にいるんだろう。最後は、この手で殺すためではなかったか。殺すために一緒にいた。家畜と同じだ。だが、家畜よりも情を持ち過ぎた。失敗だった。
情を持ったからこそ、俺はこの手でこいつを殺さねばならない。他の誰の手にも渡してはならない。まして、人生最期の時を他人に奪われるなどあってはならない。他の誰かに殺されたところで、臨也は幸せになれないからだ。俺の独り善がりな妄想ではない。それは俺に殺されたいと、俺を指定した時に知っていた。
啜り泣きは何時の間にか無くなっていた。そうして、俺は始めて臨也を抱きかかえて眠ったのだった。

次の日、日の高く昇る頃、俺たちは目を覚ました。昨日と同じ缶詰を食べて、一息をついた。無音の時間が続いた。互いに、何時、それを行うのか様子を伺っていた。微弱な空気の振動にも驚く俺たちは、目に見えて神経を尖らせていた。ここには誰も来ないとは思っていた。しかし、それも時間の問題だろう。生き延びようと思えば思う程、もっと苦しい終わりが目を光らせて臨也を喰らおうとしているのが分かるのだ。時間という闇が虎視眈々と臨也の息の根を止めようとしているのだ、早く俺が殺してやらなければ、こいつは地獄にも落ちられない。俺ができることは、こいつの最期の望みを叶えてやることなのだ。そのために、じっくりと密やかに、誰にも邪魔されずにできるように、セルティも新羅も協力してくれた。池袋に残してきた数少ない仲間たちが、きっと少なからず時間を稼いでくれているのだ。カラーギャングの情報網があれば、この自殺に持って来いの場所などすぐに炙り出せる筈なのに、今日も至って穏やかだ。誰の侵入もない。来良のガキたちが動いていることくらい、俺みたいな馬鹿でも予想できる。そのことは、俺以上に本人が自覚していることだろう。
俺は隣に座る臨也を押し倒した。着込んでいたコートの前を開ける。そして首に手をかけた。臨也は何も言わない。殺されることを待っているのだろう。蝋燭の明かりに頼らない、薄い窓から漏れる日光に照らされて見えたその顔に、涙は無かった。ただ、俺だけを紅い視界に捉えている。俺だけを見ている。紅玉は揺れ動かない。何も物を言わない。憎らしい口元は弧すら描かず、閉じられたままだ。らしくない、人形のようだ。両手の力を増やす。抵抗もしない。俺の名前すら呼んでくれなかった。更に力を込める。込めた。込めたつもりだった。臨也の首はキュッと締まり、絶命する筈だった。何も起きない。何も起こらない。何も起これない。本能が、こんな時だけ都合の良いように、俺の力を制御しやがったのだった。
殺せない。俺に臨也は殺せない。
手が震えて、臨也の首から離してしまいそうになる。すると臨也は、俺の手を自分の手で包んで、首を掴ませた。自らの手で、首を締めるように俺を誘導した。そして、怒鳴り散らした。

「女々しいんだよ、バカシズ!!さっさと殺せ!!」

俺はそれに、はっとして、つい臨也の首から手を離してしまった。それに気付いて、臨也はぼろぼろと涙を零しはじめた。どうして、という臨也に怒鳴り返した。

「できない、できねえよ!」

そうして二人して泣き叫ぶことしかできなかった。煌めく朝日に似つかわしくなかった。臨也は、美しくなんて死ねやしなかった。紛れもない、俺の弱さのせいだった。



【4】

「人は愛する人を殺す時に、絞殺という手段を選ぶことが多いんだよ」

臨也は掠れた声で言った。その日の晩の話だった。

「シズちゃんは今、未遂に終わったから、俺のことを本気で愛してなんて無かったんだね」
「手前ら人間の、そのクソみてえな定義が俺に当てはまるのならな」

外は雨だ。蝋燭から発せられる炎は暖かいけれども、それでもまだ足りなかったから、影製マフラーを二人で巻いた。おしくらまんじゅうをしているみたいに寄り添って、焔を見た。

「俺、本当は分かってたよ。シズちゃんが俺を殺せるわけなんてないってさ」

それは、俺自身も危惧していたことだった。どんなにこいつが頼んできても、こればかりは願いを聞いてやれないかもしれないということ。そしてその予想は現実となった。臨也は、こうなる結末を知っていて、俺にこんなことをさせたのだろうか。

「何処かで、シズちゃんが何とかしてくれると思ってたんだろうね。その推測は半ば当たったよ。君はこうして俺を何とかしようとしてくれた。それが、たまたま俺の願いを満たせなかっただけ」

愛が足りないと言うのだろうか。そうであるなら、俺とノミ蟲の愛の定義とは大分違ったものになるだろう。そしてノミ蟲の規範に従う程、俺は従順ではない。

「それは、俺のせいにしてえのか」
「とんでもない」

ノミ蟲は、いつも通りのへらへらした笑顔に不安を混じらせながら、もう羞恥心なんて何処にもなさそうにして、言ってのけた。

「だって、愛してるのは確かなんでしょう?」

純真な瞳が此方を射ていた。ああ、俺は一つだけ得をした。こいつのこんな顔を見れて、ここに来れて良かった。もう全てを投げ出して、二人だけになって、その先に見えた死を目前にして、足掻くことなんてできないのだ。同時に、死に行く者に咎めなど誰もしないのだ。全身全霊で愛してやっても、誰も怒らない。モラルなど、このちっぽけな廃屋の下には通用しない。
臨也の唇に噛み付いた。唇はすんなり開いて、彼の舌を舐めて吸う。彼自身も俺の舌に絡めてきたし、俺が如何にこいつを愛しているかを身を以て知る覚悟があった。口を離してやると臨也は案の定、余裕無く赤面している。その心をつつく。

「教えてやらなきゃ分からないんだろ」

だから続けてよ。って、何だ、知ってるんじゃないか。忘れられても困るけれど。シャツを捲り、白くて滑らかな肌に舌を這わす。んっ、と小さく声を上げられる。そのまま胸を舐めてやれば大袈裟な程に体を震わせた。と、ここまでは衝動だったが、これ以上このまま進むと汚れてしまうので、互いに服を脱ぐ。薄暗く、雨音に囲まれる中で微かに聞こえる布擦れの音が扇情的だった。今までなら絶対に意識しなかった、こんな小さな物音に興奮せざるを得なくなるなんて、人は、機械に蝕まれているのかもしれない。俺には未だに人類愛は理解できないが、もう文明を味わえない以上、原始に包まれるのには、とても蠱惑的であった。

まだ、もたもたと脱いでいる臨也が焦れったい。

「いいよ、自分でやるから」

手伝ってやろうかと申し出たら断られてしまった。蝋燭に服が引火しないように気をつけて服を畳むのを見て、なんて人間臭いんだと思った。普段は散らかしっぱなしなのに、どうして今だけそうするのだろう。

「ふ、腹上死したら恥ずかしいじゃないか」
「真っ裸で殺してやろうか」
「もう池袋帰る」

聞けば、俺以外に殺されたいという。何のための逃避行だったんだ。意見がコロコロ変わるところは、昔からちっとも変わらない。たぶん飽きっぽいのだろう。
筵に横たわらせる。なんだか背中がチクチクする、というので、遠慮無く乳首を舐めてやった。ひゃっ、と声を上げて身を捩る。最初からこんな反応じゃ、床を気にする余裕なんてすぐに無くなるだろう。そういえば、最後に会ったのが半年前なのだから、それまでお預けを食らっていたと考えると、この初々しくも感じられる反応は正しいのかもしれない。早くも反応を示した性器がそれを物語っていた。手で扱いてやりながら舌はそのまま、同じところを攻め立てて、時々首筋に痕を付ける。

「や、やだ、でちゃう」
「出せよ」

爪を立ててやれば、高く啼き、体を跳ねさせながら射精する。俺の手の中に収まり切らない量の白濁が、臨也の腹の上にどろどろと広がった。俺の知らないところで息つく暇も無く逃げ回っていたのだから当然だろう。既にあんまり呼吸を荒立てるので、正直この後を行うべきかどうか迷ってしまった。

「いいよ、続けて。最後までして」

無理しているんだろうなと感じられざるを得なかった。しかし臨也は、腰が引けてしまう俺の首に腕を回して、逃げないで、と言った。今の俺には痛い言葉だった。それは、この行為からか。殺すことからか。
臨也の腹部に溜まった精液を掬い、狭い穴に指を増やし慣らしていく。一緒に暮らしていた時は時間をかけなくてもすんなりできたのに、今はそうではないのだと知って時の重みを感じる。いや、逆を言えば、それまでこいつは誰の手でも暴けなかったということだ。もし俺の目の届かないところで乱暴されていたとしたら、臨也はきっとこんな所まで俺と一緒に居たがらないだろう。汚れてるから、なんてそれこそ女々しく、俺の前から逃げ出すだろう。そうならなくて本当に良かった。
安堵の溜息を付くと、臨也は何を勘違いしたか、不安そうに此方の顔色を伺ってきた。こいつのことだから、俺に嫌われたんじゃないか、とか要らない心配をしているのだろう。

「余計なこと考えるな。手前が考えてることの九割九分は、たぶんハズレだ」
「それでも」

本当に馬鹿だ。俺よりも頭が良いくせに、こんなところだけ子供じみても仕方が無いのにな。頬を撫でて触れるだけのキスをしてやる。途端に臨也は顔を手で覆った。

「挿れるぞ、ナキ蟲」

せめて今だけは泣き言なんて言わなくて済むようにしてやりたかった。一気に奥までねじ込む。手で隠しきれなかった口元から嬌声が飛び出る。何処か懐かしいなと、遠い昔を思い出した。付き合い始めの頃、十分に慣らす前に突っ込んでしまったことがあった。その時もこんな風に顔を覆って泣かれた。あの時は、その後に引っ叩かれたからただ単に痛かったのだろうけれど、きっと今日のは違う痛みなのだろうな。
やはり、泣き言を忘れさせてやりたいなど、できない相談だった。俺自身が快楽に溺れられない。何のための行為なんだろうか。何も楽しくないなら、ただ臨也を痛めつけるだけじゃないか。もう、やめたい……俺も随分ワガママだ。
是と否とが混濁しながら腰を振った。がくがく揺れる臨也の目尻から、やっぱり涙が落ちるのを見て、セックスなんかじゃ予定された未来を忘れるなんて、ひと時もできやしなかった。
それでも臨也は甲高い声で啼いてはまた出していたし、俺も胎内に精を吐いたあたり、俺たちは馬鹿なんだろう。彼が腹に手を当てて余韻に浸っているのが苦しい。
有難うなんて言われる立場はねえよ、臨也。


2013.12.22
2013.11.09

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