土方は、今夜非番で。新八に舌打ちされる程度には、電話台の目前で右往左往していて。けれどただの一度として、ベルが鳴り響くことは無くて。
この忙しい時期に非番を、あのワーカーホリックの代名詞みたいな男がもぎ取るなんて、只でさえ細い身体をこれでもかと窶れさせる位には大変なはずで。事実、一昨日久方ぶりにテレビの画面越しに見えた彼の横顔は、酷く張り詰めていて、頼りなくて。ああ、俺が甘やかしてやらないと、と思うのに。交通安全キャンペーンだか何だかの警護中だという彼に向かって伸ばした手は、宙を切った。
そんなにまでして、彼は誰かと今日という日を、過ごしたかったのだろうか。

それは、誰、なんだろうか。

「愛してる」、なんてらしくもない台詞を吐いて、土方も些か照れたように眉を顰めてそっぽを向いて。通じ合っている、それは自分の独善に過ぎなかったのだろうか。「恋愛」をしていたのは、俺だけだったのだろうか。
(そんなこと、ねぇ)
そう、思いたいのに。

自分は、今夜が非番であることすら、知らなかった。
好きだ、なんて一言すら、聞いたことなかった。
何と弱いんだろう。
何と無力なんだろう。
何と情けないんだろう。
アイツが自分にほんの一時の気の迷いであっても、近づいたのは、求めたのは。
きっと、己の強さだろうに。
いつだって、飄々と、誰よりも強くあろうと、真っ直ぐであろうと。懐に背負い込んだ奴らを、護り抜くんだと。気付けば、そんな物達で自分は出来上がっていた。
その一本の志は、決して偽りでは無い。けれど、自分を形成立てているのは、それだけじゃないから。
捨てられて独りぼっちだったという、幼い餓鬼が。背丈に合わない、酷く錆付いた剣だけを頼りに身体を強張らせ、濁った双眸で世界を眺めていた餓鬼が。
───────何よりも、愛なんて存在しないと、誰よりも愛に飢えていた寂しがりやの小さな餓鬼が。未だ己の中に巣食っていて、染み付いて消えなくて。

土方が、冗談半分で男に気を許すわけがないなんて、己と等しい想いじゃなくとも、きっと何処かで求めてくれているなんて、解りきった事実なのに。
それなら、普段よりもずっと煌びやかな歌舞伎町を宛ても無く彷徨うこの胸奥は、どうしてこんなにシンと冷えきっているのだろうか。


「どうする、か」
いつの間にか、駅前の賑やかな通りに出ていた。四方向から耳につくクリスマスソングも、町中を照らし出すイルミネーションも。
この上なく苦々しくて、眩し過ぎて。土方に渡そうと張り切った、懐の菓子はすっかり冷めきって美味しくないだろう。
「…………雪、」
ネオンの光に淀んだ夜空から舞い落ちる、白銀。
己の白い着流しにふわりと沈むそれらは、あまり綺麗に思えない。

(俺も、相当へこんでんな)
客観的に見ると、何だか可笑しくなって来た。クリスマス、恋人にも相手にされないなんて哀れだよなぁ、なんて。
(らしくもねぇ、じゃねーか)
ほら、いつも通りに。
飄々として、軽く笑みを溢して。
年末辺りに駆けずり回る奴に偶然出くわした時には、何でもないように言ってやるのだ。
「あ、多串くん久しぶりじゃん、元気してた?─────」
なんて、ニヤリと唇の端を上げて。
ツン、と外方を向いて煙草を吹かしたら、腰に腕を回して感触を確かめて、
「おい、また痩せたんじゃねぇの。ちゃんと飯食って、毎日寝てる?」
無理し過ぎるなよ、と抱きすくめて、
「んなに照れんなって………え、多串くんたらへんたーい昼間っからエッチなこと考えんなっての」
そうして、怒鳴り付けてくるであろう照れ屋な彼の耳朶にそっと囁くのだ。

「今度の非番いつ?手加減しねぇから」
──────そうそう、十四郎、愛してるよ


そう、舞い散る粉雪が酷く似合う丁度こんな黒髪を、くしゃくしゃになるまで撫で回し。指通りのいい絹糸のようなそれが羨ましくない、なんて言ったら嘘になりそうだけれど。しかし、やはり惚れた奴の滑らかな毛先は酷く愛おしくて、
「………………」
後ろ姿でも解る、またベルトの穴が些か減ったであろう細腰に、ぎゅうと抱き付く。無理すんな、言っても聞かない仕事馬鹿に少しでも伝わるように、ぎゅう、って。

案外初心な恋人の耳は、それだけで朱赤に染め上げられるのだろう。
「照れちゃって可愛い多串くん」

「うっせぇ、寒いからだ馬鹿」
だから、温めろ
そう呟いて抱き付いて来た身体は、氷のように冷えきっていた。


「……………多串、くん?」
やけにリアルな身体の感触、頭が混乱する。だってあいつは誰かとクリスマスを過ごす為に何処かへ行って、せっかく作った菓子も冷えてしまって。流石に自分でも落ち込んで、あいつに出会った時に普段通り振る舞えるように脳内でシミュレーションして、て。

だから、此処にいる筈が無いのに。
「歌舞伎町の外れでクリスマスにもかかわらずふらふらしてる憐れな変質者がいるってタレコミがあったからな。ちょっと話聞かせて貰うぜ」
酷く真面目な面差しでらしくもなく饒舌にそう告げた土方は、真っ赤になった鼻をずずっと歃る。

「クリスマスに犯罪、って放っぽく恋人の所為じゃね?まあ俺何もやってないし、無実だし?」

それでも、

「─────…てめぇに、逢いたかった」
そう呟いて、抱きしめられる恋人が居てくれるのは、酷く幸せだと思った。

「クリスマス、なんざ糞食らえ。街に人が増えるしそれに比例して馬鹿みてぇに犯罪も増えっし」
だけど、
小さく続けた土方に、うん、と短くいらえを返す。

「あれほど誕生日に五月蝿かった腐れ天パは嘘みてーに何も言わねえし、電話の一つも寄越しやしねぇ」
「土方………」

もしかして、彼は待っていたのだろうか。
己が、電話台の目前で拳を握り締めながらカレンダーを苦々しく見つめていたとき、受話器を手に取り何度も溜息をついていたとき。
自室で携帯電話の画面を眺めて、自分からの連絡を待ってくれていたのだろうか。
一緒に今夜を過ごしたい、そう思ってくれていたのだろうか。

「クリスマスは世に蔓延る恋人共の為の聖典だ、って総悟が言ったんだ。クリスマスイブの夜一緒にいねぇのは三行半突き付けてるようなモンだって、だから俺はっ……!」
ひじかた、そう動かした筈の口唇は音を発さなくて。
「てめぇが連絡寄越さないのは、俺に遠慮してるからだろう、って。俺がいつもてめぇを蔑ろにしてっから、偶には自分から誘うぐれぇしねーと愛想尽かされんじゃねぇかって」
だから、無理矢理非番をもぎ取ったのだと。
そう告げた目前の口唇は紫色に変色していて、寒々しくて。

「万事屋行ってもてめぇはいねーし、町中探しても見つかんねえし」
「え………、俺屯所行ったんだけど……」

「おめーが俺とクリスマス過ごしたくないんじゃねぇかって」
「そりゃあお前の方だろ、んなベタベタしてられっかってお前言いそうじゃん明らかに!」

互いに顔を見合わせ、小さく吹き出す。
二人で同じ事考えて、迎えに行って、勝手に勘違いして、落ち込んで。

「ははっ、そんなんありかよ、クリスマスでも擦れ違うって俺ら何なの」
「うっせぇてめーの所為だ」

たとえ煌びやかなイルミネーションの下でなくても、暖かな部屋の中でなくとも。
寂れた裏路地で掠め取った唇は愛おしくて、何だか幸せだった。




(Missing Xmas)



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