[missing Xmas]


「銀さんアンタ───一日に何回ソレやったら気が済むんですか、つかこれで今日何回目だよ!」
「あー………っと、……十二回目?」







坂田銀時は、迷っていた。
この上なく、迷っていた。

気付けばもう暦は師走へと突入し、江戸一帯にも異国の何たら教の祝日ムードが漂っていて。別段神だとか仏なんかへの信仰心も持ち合わせてはいないが、歌舞伎町中が夜のネオンのけばけばしいソレでは無く、星空を散らしたように鮮やかなイルミネーションで飾り付けられれば素直に聖夜が待ち遠しい、なんて思う。特に今年は、
(クリスマス、なんざ恋人達の為の聖典だろ)
歌舞伎町中が公認する、武装警察の副長殿と只今絶賛恋愛中の身だから。
自分から告白した手前一応相手の都合に合わせよう、と一ヶ月程は密かな逢瀬を重ねていたのだが、ふとしたことがきっかけで何時の間にやら噂は光ファイバー並みのスピードでもって瞬く間に拡大し、今では以前と変わらぬ往来での応酬、抜刀騒ぎでさえも、また痴話喧嘩かなんてからかわれるくらいで。まあそのきっかけだって元はと言えば、例のドエス部下が心底嬉しそうな笑みを浮かべて、イロイロと謀ったりしたことなんだが、そこはまあ自分もちゃっかり一枚噛んでいたりするので気にしない。

漸く、周囲に恋仲を認められて現在お付き合いから三ヶ月目、順調に進んでいるこの関係に、何一つ不満なんてありはしなかったけれど。

今頃、仕事を比喩でなく本当に山のように抱えているだろう恋人に、クリスマス逢いたい、なんて。
この子供じみた要望を伝えるか、否か。

何時だって、デートの約束を取り付けるのは自分だった。うっかり仕事中に言おうものなら三行半突き付けられかねない、と地味な監察を半ば脅迫したり、なけなしの金で栗髪のドエス隊長を買収したりする事で、シフトを知り得て。正直、此処まで余裕ない恋人もどうなのかとは自分でも思っちゃいる、最近じゃ子供達や隊士らから哀れみの視線をひしひしと感じるけど。
こうでもしないと、仕事一筋の副長サンは振り向いてくれない。
勿論電話一本鳴れば、仮令一ヶ月前から約束していてもデートの約束は反古にされるし、断られるし。でも、断られたとしてそも自分は不満など言える立場なんかにはいないから。硬く身を強張らせ嫌だと零す土方を何度も抱きすくめ、説き伏せてどうにか此処までこぎつけたのは、単なる己の我儘だ。
老若男女にモテるとはいえ、あくまでもそっちの趣味は無いであろう土方に、半ば押し切るようにして幾度と告白した。
けれど、土方が自分に対して負の感情だけを映してはいない、その事実に縋って、見ないふりをして。時折感じていた、己を食い入るような灰碧の双眸が、恋情によく似た憧憬を湛えていたことに。そして土方自身が酷く大きな勘違いをしていることに、何故かジワリと染みる自身の胸奥の小さな裂傷に眉を顰め、ただ目を背け続けた。

初めて、だったのだ。
初めて、知った。
人を、こんなにも愛しいと想うこの温かな感情を。
人を、こんなにも欲しいと焦がれるこの焦燥を。

だから、本当に、聖なる夜にデートして、イルミネーションを眺めながら夜闇に紛れこっそりキスだとか、イチャイチャしてみたかったわけで。従業員の子供達に思いっきり馬鹿にされるような、餓鬼じみた恋愛なんかを夢見ていて。

だが今、間違っても、逢いたいなんて駄々を捏ねてみろ。仕事が恋人の鬼の副長殿は一切の未練を見せることなく、俺をばっさり捨てるだろう、間違いなく。

何度も受話器を手に取り、指先をダイヤルに滑らせようとして、また引っ込めた。本日十二回目のその動作を繰り返した銀時は結局そう結論付けて。

それならば、テロも事件も書き入れ時であろうこの年末に、只でさえそのシャープな頬のラインをげっそりやつれさせているであろう愛しい恋人のために。甘味を嫌う彼に、聖夜の逢瀬の代わりに何か温かい物でも作って届けてやろうか。

そうと決まれば買い出しだ、と銀時は赤い襟巻を首に巻きつけて玄関の戸を引いた。
何故かヒシリ、と酷く冷たい痛みを抱えた左胸を押さえながら。





「─────本日はクリスマスイブということで、家族連れやカップルを始め大変人で賑わっています。それにしても、此処、ターミナル周辺のイルミネーションは格別ですね!」
十二月二十四日。何処かの聖職者の復活日だかの前日で、なんてことはない、たかが真冬の一日。
「今年の装飾や照明はブルーを基調としているそうですが……、何ともロマンティックなムードが漂っていて、本当に素敵なんです!」
酔いしれたように、まさにうっとりした眼差しでターミナル前の巨大なツリーを眺めるリポーターも。角で画面に映る、白藍の照明に照らされたカップル達の横顔も。何でもないただの今日という日に躍らされる彼らに、そして何よりそれを苦々しく見つめる自分に、どうしようもなく苛々する。みっともない完全なる八つ当たりだと解っていたが、些か乱暴にしてテレビの電源を切った。

「よし、作るか」
ふとすれば拡がる苦い感情を誤魔化すように、殊更ゆったりと銀時は立ち上がった。


「銀ちゃん、何作ってるアルか!」
いい匂いがする、と居間から飛んできた神楽に苦笑して振り返る。
「うーん、こっちは多串くんへのプレゼントだから、お前はこっちな」
たった今出来上がったばかりのそれを、その辺にあった袋で丁寧にラッピングしていく。隣で唇を尖らせる神楽には残り物のシチューをよそった。途端に機嫌を直した彼女に、まだ温かい袋を懐に入れて告げた。
「じゃあ今からちょっと出かけて来っから、大人しくしとけよ」
「あいあいさーネ、シチュー全部食べとくヨ!トッシーによろしくアル」
もぐもぐとじゃがいもを咀嚼しながら笑って送り出す年端もいかない同居人には、色々と見透かされているようで。襟巻を忘れた首元は嫌に肌寒い。白い息を一つ吐いて、銀時はキンと冷える寒々とした階段に足をかけた。


「………………は?」
薄く雪の積もった屯所の正門の前で、些か寒そうに直立する隊士に、銀時は信じられないと素っ頓狂な声を上げた。
「いやだから、副長つい先程私服で出かけましたけど。てっきり旦那のとこかと思ってたんですけど、違ったんですか?」
その人の良さそうな平隊士は律儀に再度応えを繰り返して。
「あ………そう、土方、今夜非番だったんだ……」
「旦那、副長と約束してた訳じゃないんですか?副長、今夜の非番確か初めて申請書書いてもぎ取ったとか何とかで、隊長が騒いでたんですけど」
独り言のように呟いた銀時に、流石に同情の念が湧いたのか、隣の門番が躊躇いがちに発したそれに、ぐさりと止めを差されて。心持ちうなだれてのろのろと引き返した、可哀想な上司の恋人の後ろ姿を憐憫の眼差しで見送った隊士は揃って深く嘆息した。

_


prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -