夢を見た。いや、いつもいつも見ている夢だけど、いつもより、濃く鮮明に。
夜、その人の背は高くて
右手には杖
場所は医務室
自分の腕にはブレスレット
夜中目が覚めた私はなぜか泣いてた。
‐‐‐‐‐‐
オルガは眠たい目を擦り、半開きの目で隣のベッドを見た。ベッドにいるはずのレディーはもういない。昨日の夜はちゃんと消灯時間には帰ってきて眠りについたはずだ。眠たい目で部屋を見渡すと人影が目についた。
「レディー・・・?」
「あ、おはようオルガ」
「どうしたのこんな早くに着替えて。学校は休みの日でしょう?」
「ちょっとね、もう行かないと。行ってきます」
「レディーあなたどこに・・・」
オルガが呼びかけている途中で、レディーは出て行ってしまった。バタンとしまったドアを、オルガはジッと見つめ眉を寄せた。
「レディー…」
‐‐‐‐‐‐
医務室に行くとドラコは本を読んでいた。ベッドの横に置かれている椅子に勝手に座ると、今までに見たことがないほどに冷たい瞳で睨まれる。
「ド・・・ドラコ?」
すぐに目を逸らして本に目を落とした。冷たいのは瞳だけではなく、声もだった。低い声で「帰れ」その一口だけ言われ、肩を落としてドラコを見据えた。
「・・・嫌よ」
「迷惑なんだよ、お前にいられると。」
「私を守るために言ってるの?私が死喰い人といたら危険だから?校長のいるホグワーツにいさせるのが一番安全だから?」
「自惚れるのもいい加減にしろ」
「ドラコ私は…」
「早く行け、二度と来るなエジワール」
悲しい顔をして、レディーは何も言わずに出て行ってしまった。最後に見た顔が酷く苦しそうで、心が酷く痛む。
「・・・っ―」
ドラコは歯を食いしばり、読んでいた本のページをぐしゃっと握りしめた。
‐‐‐‐‐‐‐
夜になった。
目が覚めて思い知る。ついに来てしまったこの時。あいつらがあのキャビネットをくぐってホグワーツに来てしまう日。
キャビネットを直しに行くたび、ランドールに「何してる」と何度聞かれたことか。でももうそれも終わる。そう、全て終わるんだ。
「……っ」
ベッドの端を使って眠っていたのは他ならぬレディーだった。均等な呼吸が医務室に響く。
昼間あんなに冷たくしたのに。
嫌われたと思ったのに。
突き放せたと思ったのに。
抱きしめたかったけど、歯止めが効かなくなるからやめた。杖を持つこの右手は、もう彼女に触れることはできない。
でも大丈夫。恋人でいることだけが愛じゃない。今はレディーを守ることが一番だ。そう言い聞かせれば、自然と背筋が伸びる。
「もう行かないと・・・」
そう呟いてベッドを降りたとき。先程まで眠っていたレディーの声が静かに響いた。
「ドラコ・・・?」
「エジワール」
「どこ行くの?」
「…お前には関係ない」
「待ってよ!!どこに行くの!?私も連れて行って!」
「黙れ!!!」
「私ドラコが好きなの!」
「うるさい・・・!!!」
僕はいつの間にか杖を振るって無言呪文を唱えていた。レディーは壁に飛ばされて、気を失っている。
僕の目から溢れる涙は止まらずに頬を伝い続けた。どうしてレディーに会ってしまったんだろう。会わなければこんな辛い思いしなくてよかったのに。
そんなことばかりが脳を過ぎる。
「レディー・・・」
レディーのこのか細い腕を掴んで、このまま誰もいない場所へと逃げられたらいいのに。
だけど非力な僕は、せめてあの人からレディーを少しでも遠ざけることしかできなくて。レディーには完全なる闇に染まってほしくなくて。こうすることしかできなかった。
涙でぐしゃぐしゃになる顔も、今は呪文を唱えるために気にもならない。荒くなる息なんて考えてる暇なんてない。
「レディー・・・僕だって好きだ。一年生の時、会った瞬間から好きで好きで堪らなかった」
気絶するレディーにそっとキスをし、杖をゆっくりとあげた。全エネルギーを使ってレディーに呪文を唱える。
「オブリビエイト」
今度は一定の時間の記憶を消すわけじゃない。レディーの中にある『僕』という存在を消した。忘却の呪文はこれで二度目。都合のいい呪文だ。本当に。
喧嘩をした時も、笑いあった瞬間も、恋をした日々も。今儚く消えていった。
でも一つだけ僕といた日々を証明させておきたいから、彼女の左手の指に、銀色に光る指輪を入れて指輪にキスを落とした。
僕がずっと愛しているという意味の魔法をかけて。
「The goodbye of a dear person」
そうして僕は闇に姿をくらました。
さようなら
僕の愛しい人。
僕はこの日
レディーの記憶から
『僕』を消しさった。
‐‐‐‐‐‐
キャビネット棚の場所へと向かう途中、真っ暗な廊下で逢いたくない男に出会ってしまった。壁に背中をつけ、腕をくんで、相変わらず偉そうだ。
「よぉ、ケガは平気なのかよドラコ」
なぜこんな夜にこんなところにランドールがいるのかが不思議でしょうがなかったが、無視をして前を通りすぎた。
「ドラコ、行くのか?」
その言葉にドラコは足を止めた。ゆっくりと振り返り眉間にしわを寄せるランドールへと目を向ける。
「いつから知ってた?」
「お前が一人でよくいなくなるようになってから。お前の父さんがアズカバンに捕まって、怪しいとは思ってたけど、ずっと俺のどこかが否定してたんだ。『ドラコは死喰い人なんかにならない』って」
「・・・・・」
「俺は嫌だったんだ。友達が・・・死喰い人になるなんて。でもレディーは違った。好きな奴が、恋人が死喰い人でも関係ないと言った。だから俺思ったんだ。ドラコが死喰い人になっても、きっとレディーがドラコを取り返してくれるって」
ランドールが一歩ドラコへと近づいた。
「・・・ランドール、お前の考えはいつも無鉄砲だ。レディーの中にもう僕はいない。僕を死喰い人たちから離そうなんて無理なんだ」
「え・・・」
ドラコは杖をあげた。瞳に涙を溜めていたドラコにランドールは駆け寄ろうと足を勧める。
「ランドール、レディーを頼む」
「ド・・ラコ・・・お前泣いて・・・」
「ステューピファイ!」
ランドールに失神呪文をかけ、倒れこんだランドールを壁沿いに寝かせた。ドラコは杖を服の中にしまい、暗い廊下を再び歩き出した。
ランドール、お前は不思議なやつだ。
レディーの次に頭に浮かぶ。ランドールの話をするとレディーはよくこう言ってたよ。
(人はそれを親友と呼ぶのよ)
‐‐‐‐‐
・・・キャビネットは開けた。
僕がすべきことはもうひとつだけ。
「ごきげんようドラコ、どうしたのじゃ?この素晴らしい夜更けに」
校長を殺すことだけだ。
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