いっしょ

 宮治は最高の休日だと心の中で頷きながら、コーヒーを入れていた。治の柔い視線の先には、リビングのソファでそわそわと落ち着かない様子で座っている恋人の名字名前だ。普段双子の侑とチャンネル争いをしているソファの上に、可愛い恋人がかしこまって座っている姿は眼福でしかない。今すぐフレームにおさめたい。治の危なげな視線にも、発想にも、気が付かない彼女は失礼かもしれないと思いつつも、宮家のリビングが気になって仕方がない。治の身に纏う匂いがしている気がする。この空間で治は朝食を食べたり、家族と団らんしたりするのだろうか。

「コーヒー」
「あ、ありがとうございます」
「熱いかもしれへんから」
「はい」

 両手でマグカップを受け取る彼女の隣に座って、治は特に見たい番組があったわけではないがリモコンを手に取った。カチカチ、とチャンネルを回す治を横目に、彼女はコーヒーを冷ましてから一口飲んだ。注意されていたのに、熱かった。目敏く治は少し舌を出して熱がっている彼女に気付いて、自分のマグカップをローテーブルへ置く。そして、彼女の腰に腕を回して、こめかみ辺りに唇を近づける。

「だから、言ったやん。熱いって」
「さ、冷ましたつもりだったんですけど……あの」
「うん?」
「治くん、近いです」
「うん」
「おさ」
「ええやん。今日二人きりやし、誰も見てへん」

 治は彼女の手からマグカップを取って、自分のマグカップと同じようにローテーブルへ置いておく。ああ、せっかく温かいのに……。彼女はこめかみ、頬と治からのキスを受け止めながら、これから起こることにドキドキしていた。今はまだ昼間で、白いカーテンから漏れる日差しも穏やかだった。治の大きな手が彼女の背中を撫でて、くすぐったい彼女は顔を背けてしまう。恥ずかしい気持ちを可愛らしく照れるに表せない彼女は治のシャツをぎゅっと両手で掴むので精一杯だった。

 治がイチャイチャしよと近付けば、「恥ずかしいです、無理です、鳥肌立ちます」と両腕をぴん!と伸ばして距離を取っていた頃の彼女が懐かしい。白い頬にちゅ、ちゅとキスをして、そろそろ唇が恋しくなる。目をぎゅうっと瞑っている彼女の顔を両手で挟んで、彼女の唇へやっとキスができる。いきなりキスをすると、未だに抵抗される可能性があるのだ。学校で会うときとは違って、リップは色付きなのか。いつもよりも、唇がはっきりして見えた。彼女を迎えに行った治が自分の唇を指で差して「かわええな」と、言葉を掛ければ彼女は恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうにその唇を緩ませた。

 そのかわいいが崩れてしまう。でも、その瞬間が好きだと彼女に言ったら、どう思われるだろうかと治は頭の隅で考えた。きっと面白い顔をして、彼女はショックを受けるだろう。一つ年下のかわいい彼女は治に夢を抱いている。余裕があって、大人っぽくて、色々な夢。たぶん名前は、別にその夢通りに、期待通りでなかったら、がっかりするとか、俺に幻滅することとかはない思うんやけど。でも、まだ名前に男の下種なところを知って欲しくない。そんな治のワガママだ。治も気付いていない。彼女に夢を抱いている、と。

 年下のかわいい恋人には、純粋で、可愛くいてほしい、と無意識のうちに思ってしまっている。治が知らないだけだ。彼女が恥ずかしがるのも、自分から動けないのも、そうしか出来ないだけ。本当はどうやったら男の人が、治が喜んでくれるのか。夜な夜な研究していることも、治には言えないようなお喋りを友達としていることも、治は知らない。

「んっ……おさむ、くん」
「名前あーん」
「……えっと、あー、ん」

 少し色が落ちた唇が小さく開く。その隙間に治は舌を差し込んで、すぐに彼女の舌を見つけて絡ませる。彼女のしっとりとした肌も好きだが、この温かく濡れているところに触れると、彼女の中に触れていると実感するから、治はキスが一等好きだった。舌を摺り合わせると、セックスしているみたいだなと治は思う。抱き締めることも、手を繋ぐことも、相手と繋がっていると確かに感じる。けれども、舌と舌と絡ませて、くちゅくちゅと本能に任せて動かしてるときの方が、ひとつになる、って感じがするし、興奮する。

 キスしか、していないのに、治の腕の中で彼女は腰をびくんと揺らしてしまう。それに気付きながらも、治は唇を離して恥ずかしそうにする彼女の額にキスをしたり、鼻先同士を触れ合ったり。じゃれ合いを繰り返した。少しずつ彼女の背中がソファの背から離れて、ソファに押し倒されているような形になった。治はそーっと下げていた手を、彼女の太ももに滑らして、そのまま彼女のショートパンツの上から指先でぐりぐりと刺激を送る。

「やぁっ、治くん……するの?」
「……あかんの?」
「んあっ、まって、おさむくん」

 分かっているくせに、聞いていくる彼女も愛らしい。治にはとっては狭いソファの上で、彼女は腰をくねらせながら、甘えるように治を見上げる。ずっと固まっていた彼女の両手がやっと動いて、治に向かって広げられる。治は意地悪をしないで、彼女を抱き締めた。「これ脱がしてええ?」治の言葉に、彼女はすぐに頷いた。後ろのファスナーをゆっくりと、治の指が下げる。

「はー……名前も大人になって」
「その感想なんかいやです」
「初めて会ったときはちんちくりんやったもん」
「失礼です」

 治は彼女の服を上も、下もすぐに脱がしてしまう。いつももう少し焦らそう焦らそうと、毎回反省するのに。結局、彼女に触れたくて脱がしてしまうのだ。下着姿で恥ずかしそうに胸元を隠して、足を閉じる彼女に、治も自分の服に脱ぎ始める。そして、彼女の真似をして胸元を隠してみた。

「もう治くん何やってるんですか」
「知らへんの?名前……男もブラするんやで。今日はたまたましてへんから、手ブラやけどな」
「いつもしてないくせに」 
「どうやろうなぁ。
 今度学校で確認してもええよ」
「絶対しません」

 強く否定する彼女に治はケラケラと笑って、彼女の髪に指を差し込んだ。彼女は甘やかされるように髪をくしゃくしゃと崩される気持ち良さに、目を閉じた。治は白い瞼に唇を押し付けて、そのまま大きな手で下着の上からやさしく彼女の胸に触れる。輪郭通りに大きな手に包み込まれて、彼女の頬が熱くなる。瞼の薄い皮膚越しに、治の唇の感触が生々しく残っていた。彼女は思う。こういう雰囲気のとき、治とよく目が合う、と。彼女がドキドキして、不安になって、視線を泳がすとすぐに治は彼女の方へ視線を向ける。そして、小さく笑ってから、彼女にキスをする。髪に、額に、首筋に、耳に。

「名前?」
「な、なんでもないです」
「ふぅん、ならええけど……何かあったら、すぐ言わなあかんよ。
 名前はすぐだんまりする癖あるから」

 そう言いながら、治は彼女の耳に何度も、ちゅ、ちゅとキスを繰り返した。それは返事と催促されているようで、彼女は首をすくめながら「は、はい」と必死で頷いた。彼女が頷いたことを確認して、治は下着の肩紐を落とした。彼女が気付いたときには、ふわりと下着が落ちかける。

「あの、……おさむくんって」
「うん?」
「いつの間に外してるの……」
「ホック?」
「うん」

 彼女の疑問に治はきょとん、としてから、にんまりと笑う。意地の悪い笑みに、彼女は眉を寄せた。基本的に治はやさしいが、宮家のDNAを舐めてはいけない。

「いつやろうなぁ」
「あっ」
「んっ、……名前」
「やぁ、だッ」

 治の手がふにふにと胸を揉んできたと思ったら、胸の先を口に含み始める。彼女は治の肩に手を置いて、逃げようとする。意味がないと分かっていても、やってしまうのだ。治の前髪が胸に触れて、くすぐったい。ちゅう、ちゅうと音を立てられるのも、舐められるのも、吸われるのも、ぜんぶぜんぶ恥ずかしい。我慢が出来なくなった彼女は腰をもじもじと揺らしながら、治の顔を押し退けて、自分の胸元を両腕で隠してしまう。何するんや、コイツ……という目で治に見られても、彼女は首を横に振る。

「や、やです、だめです」
「いやや」
「あっ、もうっ」

 治は彼女の両手とも、手を繋ぐ。そのまま恋人繋ぎにして、指を全てを抑え込むと、ソファの背に押し付ける。彼女は胸を隠せなくなって、治も両手は使えないが、上手いこと彼女の胸に顔を埋める。彼女は胸を反ってしまい、治の舌の刺激に身体が反応するたびに、治の顔に自分の胸を押し付ける形になった。なんだ、これ、恥ずかし過ぎる。治くんはこんなやり方どうやって覚えてくるんだ。治はいつもそうだ。クールな顔をして、彼女に恥ずかしいことをしてくる。侑くんが治くんことをむっつりスケベと言っていたことは、本当だったかもしれない。

「やんっ、な、なに?」
「……今変なこと考えたやろ」
「かんがえて、ないでっ、あっ」

 ちゅう、なんてかわいらしい音はどこかへ行ってしまった。治の口は本当に雑なようで、器用だ。あんなに一口が大きくて、美味しそうに食べる癖に、彼女を可愛がるときは繊細に、そして意地悪くなる。アメを舐めるように、れろれろと動く舌の動きに彼女は首を横に振って泣きそうになる。もう、下着の中が気持ち悪い。

「あらら……右ばっか構ってもうたから、左がこないになっとる」
「え?」
「触っとらんのになぁ」
「やぁ、も、もうっ、おさ」
「んー?」

 構って貰えなくても、健気に反応している彼女の胸の先をすりすりと鼻先で治は可愛がる。些細な摩擦でも、刺激になる。ちゅう、とこちらも治が吸い付けば、彼女は治の手を強く握りながら治からの刺激に耐える。じわじわと下着が汚れて、早く治に触れて欲しくなる。太ももを合わせて動かしても、余計にもどかしくなるだけだった。今、自分の手をぎゅうと、強くでも優しく握る治の手に触れて欲しい。彼女は治に視線を向けるが、こんなときばかり治はこちらを向いてくれない。

 かり、と時々胸の先を噛まれる。甘噛みと分かっていても、少し痛い。舌先でつんつんと押し込むように触れられるのにも、慣れない。

「おさ、むくんっ」
「んー?」

 んー?ばっかりだ、治くん。彼女は閉じていた足を開いて、膝立ちになっている治の腰に足を回してみた。かなり恥ずかしい。でも、胸に夢中になった治をこちらに意識を戻すことはそれなりに工夫がいるのだ。治がびくっと肩を揺らして、大きく目を見開く。

「……積極的やん、名前」
「う、うん……治くん、あの、そろそろ」
「ここ?」

 治は手を解くと、彼女の下着の上から少し強めに、指先でぐりぐりと触れる。ぐちゅ、と濡れた音がして、彼女は腰を揺らした。彼女はどうでもよかった。恥ずかしいとか、はしたないとか、そういう女の子が気にしがちなこと、気にしなきゃいけないと勝手に思ってしまうことを放置してしまう。治の指に自分から腰を押し付けるように動かした。その姿に、流石の治も冷静ではいられない。かわいい年下の恋人の色っぽいおねだりに、嫌でも下半身はかたくなって、心臓も痛いほどはやくなる。

「おさむくん、もっと……」
「しゃーないな。名前ちゃんは欲張りやから」
「欲張りでいいからぁ」
「こら、そないにかわいい事したらあかんって」

 迷いもなく治は彼女の下着を脱がすと、そのままぐちゅぐちゅと、指をこすり付ける。彼女は身体を起こして、自分から治の唇に唇を押し付けた。治はたまらなくなって、彼女をソファに押し付けるように彼女を押し倒した。いっぽん、にほん、と彼女の中に指を沈めて広げていく。初めてのときよりも、彼女の中は治の指を締め付けながら受け入れる。
 
「おさむくんって、指長いよね」
「急になに」
「ううん」

 表情を崩して治を見上げる彼女の様子を伺っても、治はどうして彼女がそんなことを言い出したのか分からなかった。彼女は治の手のひらが、指が好きだった。バレーボールはボールをもてない球技。白くて丸い無機物をライバルだと思ったことはない。ただどうしようもない寂しさとか、悔しさとかを感じたことはある。わざわざその感情を治本人に言う気もないし、知って欲しくもない。ヤキモチや嫉妬の対象は女の子たちだけで十分だ。ただ治に大切に触れられて、可愛がられると、人間で良かったなぁと。漠然と思うのだ。

 バレーボールはきっとこれからも彼が死ぬまで、いや死んでも、その先も彼から愛されるだろう。私は分からない。人と人の縁なんて、そんなものだ。一生だと信じていても、思っていても、呆気なく途切れることがある。「名前ちゃんは本当に治が好きやなぁ。時間があれば、すぐ会いに来るやん」侑くんは笑ってたけど、私は笑えない。だって、大切で大好きな人には惜しむなって、大好きな先生が言ってたの。時間も、気持ちも惜しまないで、注ぎなさいって言ってた。

「なんか名前はときどき泣きそうな顔する」
「え?」
「なんかぎゅーってしたくなんねん。名前の泣きそうな顔見とると」
「治くんのこと好きだから、泣きそうになるの」
「……なんや、それ」

 一つ年下の彼女のことが分からない。名前は周りから俺のこと大好きやなぁ〜追いかけとるなぁ〜と言われることが多いけど、そうじゃない。名前が思っとるよりも、俺は名前のことが好きなのに。思う様に伝わらない。俺は名前を一生離すつもりなんか、ないのに。名前はあんまり将来のことを俺と話さない。一か月先の予定でさえ、「治くんの予定があったらいいね」と曖昧に濁すのだ。彼女の気持ちを疑っているわけでも、怒っているわけでもない。彼女の不安を取り除けない自分に不満が募るのだ。

 名前はリアリストだ。可愛らしい年下彼女の癖に、治よりもずっと現実を見ていて、残酷な女の子だ。

「名前お色直しって何回ぐらいがええんかなぁ」
「は?」
「……はぁ?やないわ。結婚式のお色直し」
「なに、言って……あっ、やだ、きゅうに、くるしい」
「名前は自分のこと恨まなあかんな」
「さっきから、なにをっ、んっ」

 望んでいた圧迫感でお腹がいっぱいになる。彼女は気持ち良さと、熱さに思考溶かしながら、治の意味不明な言動に眉を寄せる。狭いソファに彼女を押し付けて、治は腰を深く深く沈めた。治の大きな手が彼女の太ももを掴んで、無理やり開かせる。かたくもやわらくもない、彼女の身体が悲鳴を上げる。彼女は痛い痛いと色気もなく騒ぎながら、治の顔に両手で挟んで引き寄せた。

「俺名前のこと本気やし、そりゃあバレーも大切やけど、名前はいっつもどっか寂しそうにしとる。
 その寂しいは仕方ないやろって、……俺は名前の恋人なんやから甘えて欲しいんやけど」
「……おさむくん」

 彼女の小さな両手の中で、治は拗ねたように唇を尖らせて眉を下げる。治があまり見せない一面に彼女は瞬きを繰り返した。

「名前の前ではただの、十七歳の宮治やから」
「どういうこと、ですか」
「うーん、好きな子に夢中で、夢見がちな男の子ってことや」
「え、治くんの柄じゃない」
「名前は本当に失礼な奴やなぁ……
 俺は名前が思っとるよりも、ずっとずーっと名前のこと好き」
「……」
「別れるとか考えたことあらへんし、これからも考えん。
 名前ちゃんはずっと俺と一生一緒や」

  離してあげへん。俺に捕まってしもうたことが名前の運の尽きや。

 わざと治は悪い顔をして彼女を見下ろした。彼女はたまらなく泣きたくなって、そのまま治に強く抱きつく。言葉はなかった。でも、治は彼女の出した答えに応えるように、腰を動かし始めた。今まで優しく抱いていたのに、我慢が出来なくなった。彼女が痛い思いをしていると分かっていても、もっと彼女と繋がりたくて、もっと彼女の中に深く自分を刻みたくて。

 昔は家族で座っていたソファで彼女を抱いていると思うと、妙に治は興奮した。興味もないワイドショーの音にも気付かないで、自分の下で与えられる刺激を受け止めることしか出来ない彼女を見ながら治は考える。やっぱり、名前にはこの下種な部分はもうしばらく知って欲しくない、と。



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