はやく名前を呼びたい

 彼女は幼馴染の白馬芽生に用があって、体育館を訪れていた。幼馴染は丁度監督と話し込んでいるらしく、代わりにクラスメイトの星海光来が彼女から要件を聞いてくれていた。

「それならLINEで良くね?」
「芽生くん既読付けたまま、返事忘れちゃうから」
「あー……」
「たまになんだけど。芽生くんママせっかちさんだから」

 彼女の言葉に星海は納得したように頷いて、ちゃんと返事するように言っておく!と胸を張った。頼もしい返事をする星海に彼女はお願いします、とニコニコと笑う。そんな彼女に星海は首を傾げる。

「なんだよ、そんな笑って」
「なんか星海くんの隣落ち着くんだよね」
「……」

 何も考えずに言った言葉だった。だが、星海の目が鋭くなる。彼女はハッと気付いて、焦った。

「ち、違うよ」
「……お前普段からデッケェ奴に囲まれてるもんな」
「ち、違うって……星海くん頼もしいから、だよ。バレーでも何でもできるし、だから、ね?」
「……」
「ほ、ほんと!本当だよ!」
「……まぁ、そういう事にしておいてやる」

 なんて言いながらも、星海は満更でもないようだった。鋭く冷静ながらも、年相応の単純さを兼ね備えている星海に彼女はホッと胸を撫で下ろした。話が落ち着いたところで、星海はコートへ視線を向けた。

「じゃあ、俺そろそろ戻るわ」
「うん、ありがとう」
「名字も気を付けて帰れよ」
「うん」

 彼女が星海を見送って帰ろうとしたとき、ぬるっと後ろから声と気配がした。

「名字さん上手く誤魔化したねぇ」
「わっ」
「光来くん単純だからなぁ」
「聞いてたの……」
「うん」

 特に悪びれる事もなく、笑顔で頷く昼神に、彼女は眉を寄せた。びっくりした。彼女が心臓を押さえていると、昼神がじっと彼女を見下ろした。

「目線が近いからでしょ」
「エッ」
「光来くんの隣が落ち着く理由」
「……」

 彼女は思わず周り見渡す。星海くんに訊かれてたらまずい。その行動自体が答えになっている事に彼女は気付いていない。

「そうだよね?」
「え、ええ……なんで、わざわざ言わせるの」

 珍しくしつこく絡んでくる昼神に、彼女は困惑して顎を引いた。

「今日の昼神くんなんか機嫌悪い?」
「……」
「ひるがみくん?」
「そりゃ彼氏の俺にはおどおどしてんのに、光来くんの隣落ち着くって彼女が言ってたらね、良い気持ちはしないよね」

 ね、と笑顔で同意を求められ、彼女はやっと自分の失態に気付いた。彼女は口をへの字にする。前言ったのに。昼神くんの変な圧苦手なんだって。今の昼神は自覚した上で、彼女をプレスしていた。この男、触れずとも人をペシャンコにすることに長けている。そもそもの理由を思い出して、彼女はツン、と横を向いた。昼神の笑顔にヒビが入る。

「昼神くんのとなり……、
 落ち着かないに決まってるじゃん」
「……酷いなぁ」
「だって、ドキドキするから」
「え」
「わ、私帰るから!また明日!」
「あっ、ちょっとまっ……」

 彼女は昼神の長い腕を上手く躱して、体育館から出て行った。昼神は獲物を逃した手を戻して、何かを誤魔化すように、すっかり長くなった髪を撫で付けた。逃げ足だけは早いんだから……、ほんとずるいなぁ、名字さん。昼神の目尻は心なしか赤くなっていた。



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