お城が似合わない

 彼女の視線に、澤村大地はムッと顔を顰めた。

「笑いすぎだろ」
「ごめん。澤村くんが可愛くて」
「名前なぁ」

 澤村が呆れた顔をしても、彼女は楽しそうにクスクスと笑うだけだった。



 澤村大地と名字名前は高校生になって出会い、互いに恋に落ちて、半年ほどで恋人同士になった。恋人同士になったからには、色んなことがしたい。放課後デートもしたいし、休日だって会ってみたい。普段の制服姿も好きだが、私服姿だって見てみたい。相手の色んな一面を知ったら、相手に触れてみたい。

 ふたりは一般的な恋人らしく、そんな期待と欲求で頭がいっぱいだった。ただ現実はそんなに甘くなかった。

 強豪とは言わなくとも、男子バレー部は目標に向かって真剣に練習に打ち込んでいた。ただの思い出作りなんて、レベルではない。彼女は割といつでも予定は空いていたが、澤村の予定が空いていないことの方が多かった。そして、澤村家はキョウダイが多く、お宅訪問も難しかった。

 一度だけ澤村家にお邪魔したが、ほぼ予想通りキョウダイからの質問攻めと子守りで終わってしまった。それでも、彼女にとって喜ばしいこともあった。澤村に送ってもらった帰り道に、「弟たちに構いすぎじゃないのか」と拗ねる澤村が可愛かった。とても可愛かったので、たまには澤村家訪問イベントがあってもいいと思った。

 だが、澤村が良しとしなかった。恋人になってから知ったが、澤村は意外と甘えん坊らしい。しっかり者のクラスメイト、頼れる部長の澤村しか知らなかった彼女はすごく驚いたことを覚えている。

「俺だって。
 名前の前でぐらい甘えてもいいだろ?」

 澤村は後ろから彼女を抱き締めて、そう言った。拗ねた口調はお菓子を取られた澤村弟とそっくりだった。彼女はきゅーと締め付けられて小さくなる胸の痛みを感じながら、澤村の逞しい腕を両手で掴んだ。

「うん、いいよ。
 いっぱい甘えて」

 彼女の肩に埋められた黒髪からは男の子の匂いがした。


 このような事情があって、ふたりのデートの定番はお部屋デート。彼女の部屋で、お部屋デートが定番になった。
彼女の大好きなもので溢れた彼女の小さな城に、大好きな男の子が座っている。足を崩してもいいよ、って言うのに。いつも大きい体を小さくして、座り込むのだ。ローテブルに合わせて大きな背中が丸くなるものだから、彼女はそのいじらしさに胸がいっぱいになるのだ。

 お勉強会という口実なのに、澤村はいつも真面目に勉強していくものだから、彼女は予定より勉強が進んでしまう。本当にやらないといけない範囲は、澤村が来るまでに終わらせているのだ。もしかしたら?するかも?な展開のときのために。

「ふふ」
「名前なぁ……」

 名前しか呼ばれていない。でも、彼女には分かる。まだ笑っているのか、と澤村は言いたいのだ。

「ごめん。
 だって、澤村くんが私の部屋にいるの嬉しくて」
「……」

 澤村は彼女の言葉にムッとしながらも、何も言えなくなる。そんな可愛いことを言われたら、許すしかない。絆されていることを彼女に気付かれないように、澤村はわざと眉を寄せてため息をついた。今年の入ったばかりの新入生に向ける顔と同じだった。面倒見がいい、しっかり者の男子バレー部主将の「大地さん」の顔だ。

「あ、コラ、どこ行くの」

 コラ、だって。澤村くんは主将モードらしい。彼女はニヤニヤしながら、膝を付いたまま澤村のところへ寄っていく。

「わ、まだ、終わってないでしょ」
「ふふ」

 彼女は知っている。主将の顔を崩す方法を知っている。
澤村も知っている。彼女の甘え方を知っているから、先回りできる。

 澤村は後ろから抱き着こうとしてきた彼女を捕まえるために、身体を後ろへ捻る。予想通り、彼女は澤村の腕の中に捕まってしまった。

「む」
「む、じゃない。
 まだ今日の分の勉強終わってないだろ。ほら、あっちに戻んなさい」
「いーやー」
「あ、コラ、名前」

 本日、二回目のコラ、頂きました。
澤村は腕の中で、猫のようにウネウネと動いて、抜け出そうとする彼女を何とか捕まえようしたが、負けた。名前は、実は液体だったのかもしれない。彼女の身体の柔らかさに驚いていると、ぽふっと言葉にし難い柔らかさが澤村の顔を包んだ。ドキドキ胸が高鳴る。ドキドキいけない熱が高まる。匂いと、感触だった。

「大地くん、ちょっとだけ」
「……」
「ね、いいでしょ?」

 自分とは違う柔らかく小さな手が、澤村の頭を撫でる。澤村の鼻先は彼女の胸に埋まっていた。すぅ、と息を吸えば、彼女の肩が小さく揺れた。彼女は少し恥ずかしそうにしながら、澤村を見つめる。その眼差しはとても柔らかく、甘かった。とろん、と眠たくなりそうな、ゆったりとした彼女の声はいつも澤村から奪ってしまう。しっかり者、お兄ちゃん、主将、みんなに頼りにされている澤村の要素を奪ってしまう。

「……俺がダメになったら、名前の所為だからな」
「ちゃんと責任取ってあげるね」
「絶対だぞ」
「うん」

 付き合ったばかりの大地くんなら、「後でちゃんとするんだぞ」って言ってたのに。
彼女は自分の背中に逞しい腕が回って、にやりと笑った。日々恋人を甘やかすことが上手くなっているのが嬉しくて。



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