なつまつり

にへにへにまにま。
だらしない顔で目の前の男は楽しそうの話をする。
まあ、よく動く口だこと。
なんて、皮肉も言う気になれず私はただ目の前の空欄を埋めて行く作業を機械的にこなす。

「名字、聞いてるか?俺の話」
「聞いてる。黒い髪の美人マネが居たって話でしょ」
「おう!でも、連絡先聞けなくてなぁ…ガードが固くてさー」

小見春樹。これが目の前の男の名前だ。
私と彼の関係は友だちという奴であり、しかしそれは表面上だけだ。
私は彼に対してもつ感情は友だちという部類にされるものではないのだから。

クーラーがかかった食堂。お昼と言われる時間は当に過ぎている。
食堂は騒いでもへーきだから、夏休みの時期になると、ここの学生にとって良い自習場所になっている。
…ちゃんと勉強しているか、は個人差だが。

私は食堂のお茶が好きだ。私の好きな麦茶だから。
そんな麦茶を飲んで、またシャーペンをもってひたすら空欄を埋める。

どんどん姿勢が前かがみになる。
この癖は彼によく怒られる。けれど、今日の彼はこんな癖も気にならないほど、黒髪美人マネさんについて語っている。
ぱさり、と軽い音を立てて髪が視界に入ってくる。ああ、うっとしい。
高校に入って染めた髪はすっかり地毛のように馴染んでいた。
私も気に入っている。ただバイトで稼いでいたお金がほとんど髪のためだけに飛んでいく。
染めているから傷みやすい。だからってパサパサ嫌だから、結構気を使っている。
そのためか、人から結構褒められる。
私の中で少しだけ自慢できる数少ない自信を持っているところ。

「…だからな」
「…」
「俺はやっぱ思うんだよー!女の子は黒髪に限るよな!」

ぱきん。シャーペンの芯折るかと思った。
少し欠けてしまった。…字がおかしくなる。

「浴衣とか似合うだろうなー…しかも、名前がなしみ」
「お祭り」
「名字?」
「今日あるでしょ」
「う、うん?」

私が手を止めて呟くと、彼は口を止めた。

「小見、お祭り行きたい」
「おお!いいな!じゃあだれ」
「二人で行きたい」
「二人な!りょー…え?」

きょとん、と間抜けな顔をする彼。
私はそんな彼を無視して、荷物を片づけ始める。
そして、今度は私が一方的に話す番。

「今日の六時ね。待ち合わせは校門。小見浴衣着て来てね。じゃあ、また後で」
「え、あ、おい、ま」
「待たない」

彼の言葉を無視して私は食堂から出る。
私の頭の中では急速に色んな計画が立てられていった。

コンビニに行って、シャワーを浴びて、浴衣を出して、着て……メイクも髪だって。



名字名前という奴はどんな奴かと聞かれれば、良い奴だとしか言えない。
髪が明るめで、表情をあまり変わることが少なくてちょっと近寄りがたいっぽく見えるけど、
仲良くなれば笑顔だって見せてくれるし、時々ならノリも良い。
ノート見してって言ったら見してくれて、奢ったら奢り返しくれる、そんな普通に良い奴。

だから、この状況があまりにも予想外過ぎて俺は固まるしかなかった。


お祭りに浴衣で二人きり。
…これって、デート…?
俺は騒がしい食堂で一人首を傾げる。

名字と…?

目の前には彼女と違って全然埋められていない問題集。
…俺の頭もこれみたいに真っ白で、全然彼女の考えていることが分からなかった。


疑問符を浮かべたまま俺は待ち合わせ場所に来ていた。
普段着ない浴衣は妙な感じがした。
うーん…落ち着かない。

頭を掻いて、早く来ないかなーっと首をひねる。
そのとき、からんころん、と音がして俺は振り返った。

「…ごめん。遅くなった」
「…」
「…?」

目の前の彼女は首を傾げて俺を見る。
俺は間抜けにも首をひねったまま彼女を見つめていた。

「小見?」
「え、う、え?」
「どうしたの…?」
「いや、え、−っとか、髪!どうしたんだよ!」

そうだ。今俺の目の前に居る彼女にとても違和感があった。
それは髪の所為だ。
明るい髪はどこかに行ってしまって、暗い夜に溶け込むように真っ黒に染まっていた。

彼女はアップされた髪を目の端で見て、染めただけと小さい声で言った。

「へ、へぇ…」
「…」

彼女は俺の反応に不満なのか、珍しく表情を露わにして眉を寄せてきゅう、と唇を結ぶ。

「…へん」
「え?」
「…へん?」
「ん?」
「…だから、私が髪黒いの変かって聞いてるの!それくらい察してよ!…ばかこみ」

何が言いたいか分からないという顔を続けて首をひねっていると、彼女は癇癪を起した子どもみたいに声を大きくした。
今日は本当にどうしたんだ。
彼女がこんなに感情的になるとか…。

薄暗い夜にでも分かるくらい彼女の頬を赤く、そして何故か泣きそうな顔で俺を見つめるものだから、
俺も変に焦ってしまう。

「そ、そんなこねぇよ!変じゃない!だから、そんな顔すんなって!」
「…」
「…名字?」
「…小見のばかどんかん」

これまた俺の返答に不満なのか、相変わらず泣きそうな顔のまま暴言を投げかけてきた。

「はぁ?…さっきからなんだよ?
変じゃないって言ってるだろ」

俺も彼女に何故そこまで言われねばならないのか、同じく不満な気持ちになってきた。

「…んん、小見のばか!」
「名字、お前いい加減…!?」

一際大きな声で暴言を言うので、そろそろ怒りそうになった瞬間、彼女が俺に抱きついてきた。

え…?

俺の浴衣をぎゅう、と皺になるくらい彼女は握りしめて、顔を上げた。
こんなに密着するのは初めてで俺は間抜けな顔を本日また晒すことになった。

彼女の匂いとか温もりとか小ささとか、今まで一緒に居たのに全然知らない情報が俺の身体を伝わって
一気に脳内に伝達されていく。

そして、止めに顔を上げた彼女がこっちも伝染してしまうくらい真っ赤で薄く膜が張られた涙目という、可愛らしいようなどこか危険な気持ちになるような、
そんな彼女を異性として意識してしまう表情だったので、俺の心臓は痛いくらい打ってるし、頭の方もキャパオーバーしてしまった。

「…変じゃない…じゃなくて…、もっと違う言葉がいい。せっかく黒に染めたんだよ?
なのに、あんな反応ひどい…」
「…ち、ちがうことば…?」
「そう…ほら、なんか、あるでしょ…」

固まって二人とも顔を真っ赤にして、でも彼女は離れてくれなくて、ああ、なんだ、本当に。
変って言うなら、髪ではなくて彼女自体だと思うんだが。

そんな俺の思いなんてつゆ知らず、彼女は決して言って欲しい言葉を教える気はないらしく、
もごもごと同じような言葉を繰り返す。

俺はない頭を振りしぼって考える。

うんん、彼女が喜ぶ言葉。んー、んんん、浴衣を着て可愛らしく着飾って、可愛くなって…あ。

「かわいい?」
「!」

どんどん傾いて行った顔が突如上に上がるので、反射的に俺は顎を引いた。
そうか、正解はこれだったのか。

「…うん、今日の名字可愛い」
「ん、ありがと」

彼女は漸く眉間のしわをなくして、口元を緩めた。
嬉しさを噛み締めるように小さく笑う彼女が俺の中で彼女をそういう対象としてみる決定的出来事だと
直感で瞬時にそう思った。



「てかさ、何で名字髪染めたの?」
「え?」
「いや、だって…べつに、染めなくても名字は可愛いし、いや、黒髪が似合ってないとかじゃないけどな、純粋に疑問に思ってさ」
「…小見って鈍過ぎ…。木兎くんのこと言えないじゃん」

屋台を回っている最中に尋ねた俺の疑問に対して、彼女はいつもの無表情のままため息をついた。
しかし、何故か握っている手はぎゅう、とより力が込められたので俺はドキっとしながらも、なんでだ?とまた疑問が増えた。

「……小見が言ったんでしょ」
「え、おれ?」
「昼間」

それ以上言う気はない。
彼女は視線を俺から外して屋台を眺めている。
どうして、そんなに彼女は言いにくそうにしているのか。心なしか彼女の横顔が赤い気がする。

昼間…?
昼間は確か烏野の美人マネについて話してて、そのマネが黒髪美人で…あ。

「烏野の美人マネのことか!」
「…」
「…いや、でも、なんで、それが名字が髪染めるに繋がるんだ?」
「……自分の言葉には責任を持つべき。
『俺はやっぱ思うんだよー!女の子は黒髪に限るよな!』」
「…俺そんなこと言った?」
「言った」
「……そのからすのの美人マネさんは黒髪で浴衣が似合うって…、まあ、私は染めても天然黒髪美人さんには敵わないだろうけどね」

自分の記憶力にショックを受けている横で、彼女は拗ねるようにぽつりと呟いた。
…これは?これはこれは…ま、まさか噂に聞くヤキモチという奴ですか!?

どくんどくん、速くなる鼓動。
それとは裏腹に締まりなくなる頬の筋肉。

ああ、この顔を見たら彼女は怒るだろうな。

「…ちょ、ちょっと、小見なにニヤニヤしてんの」
「いやいや、あの名字さんがヤキモチなんて、可愛いなーって思ってさ!」

そのニヤニヤした顔のままでからかえば、彼女はまたまた顔を真っ赤にし俺を睨んできた。
だが、そんな顔とて怖くない。むしろ、可愛らしく余計にからかいたくなる。
無表情のままことが多い彼女がこうも感情を乱すのは珍しいから、ついもっと見たいという欲が出てしまう。

「…バカにしてる」
「いやいや、してないって。だってさ、意外だろ?名字がヤキモチなんて」
「…意外じゃないし」
「ん?」
「…小見のこと好きだから、普通に妬くに決まっているじゃん」

真っ赤な顔に顎を引いた上目づかい。
おい、どうした、名字よ…そんな技どこで覚えてきたの。お母さんに言わずに…なんて、思わずふざけないと、
正気を保てないほど、破壊力があった。

「…小見?」
「…もう、俺はのっくあうとだ」
「え?どういう意味?」

一人片手で顔を覆って正気を取り戻そうとする俺と、そんな俺の様子を理解出来ずに首を傾げる彼女。
…これがまた、首を傾げて心配そうにする彼女が可愛いんだな。

ああ、木葉…悪い。
俺お前を置いて、リア充になってしまう模様だ。

翌日の部活で、彼女のことがバレて、肩車されるという公開処刑に遭わされるなんてこのときの俺は思っても居なかった。



「小見?人ごみに酔ったの?だいじょうぶ?」
「…ううん、お前に酔ったの」
「は?」

「なあ、木兎あれ小見じゃね?」
「木葉、お前俺のたこ焼き食った…あ、小見やんじゃん」
「え、なに、なんで、アイツ。女の子と二人きりで手繋いで浴衣着て祭り来てんの?」
「…り、リア充!小見やん裏切ったな!」
「そうだな!これは裏切りだな!木兎!」
「ああ、そうだ!明日小見やんは肩車の刑に処する!」



※昔のサイトにのせてた奴もってきました(゜.゜)



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