視線の先

※注意※
北さんが大耳さんのことを”練”と呼んでいる世界軸です。

 大耳練は中学生の頃辺りに色々と自覚することが多かった。一つは同世代よりも、背が高いこと。二つめ、目付きが人並み以上に鋭い印象を受け取られること。三つ目、大人っぽい落ち着きがあるらしいこと。最後は自覚と言うよりも、周りから評価だった。大耳は気にかけてもらうことよりも、気にかける方が多かった。廊下を無邪気に走ることでせずに、下の学年のまだまだ成長途中な男の子とぶつかるだけで、内心冷や汗だ。相手が怪我をしないか、だけが心配だった。女子相手なら、尚更だ。まるでボールのように、ぼんっと跳ね返って尻もちをつかれた日には顔が青色を通り過ぎて、土色になってしまう。

「す、すまん。立てるか?」
「は、はい、大丈夫です」
「名字さん……」
「あ、大耳くん」

 名字と呼ばれた元クラスメイトの彼女は大耳の視線に、気まずそうにへらりと笑う。彼女は高校生になったばかりの頃も、こうやって大耳にぶつかってきた。大耳の手を借りながら彼女は立って、ぱんぱんとスカートの埃を払う。大耳も触れはしないが、視線で彼女の身体を追って怪我がないか確認をする。彼女はせっかちなわけでもないのに、たまに廊下を走っている。たまに横着するのだ。次の授業の前に、忘れ物を借りにくとか。大耳の予想通り、彼女の持っている教科書の名前の覧には全然違う名字が書いてあった。その視線に気付いた彼女は教科書を背に隠して、誤魔化すように無理やり口角を上げる。

「名字さんも相変わらずやな」
「大耳くんも相変わらず大きいね」
「廊下は走ったらあかんで。危なっかしい」
「はい、すみません」

 じゃあ、と大耳とすれ違った彼女はパタパタと、さっそく小走りになっていた。大耳は静かにため息をついた。



 大耳は手のひらに残る彼女の手の小ささと、温もりに心臓が痛くなって、急いで教室に入った。普通サイズの机と椅子でも、大耳が使うと小さく見える。机に突っ伏すと、彼女のことを意識した日をすぐに思い出す。大耳は高校一年生の頃に、彼女と同じクラスになった。まだまだクラスメイトの顔が全部同じように見えて、名前と顔が一致しなかった。探り探りの会話が教室で溢れる中、大耳は授業以外の時間は寝てしまうことが多かった。慣れない授業時間、慣れない人間関係、慣れない部活。たくさんの慣れないは高校生になったばかりの大耳にとっては疲労の原因にしかならなかった。

 今はもう思い出せないが、何かのアンケートか、提出の確認か、で黒板に貼ったプリントにチェックをしなければならないときがあった。大耳は眠気が残る身体に鞭を打って、のろのろと席を立つ。クラスメイトたちを見下ろして、話したことのない女子生徒の後ろに並んだ。彼女は後ろから感じた気迫に少しだけ振り返って、びっくりした。大きいと思っていた男の子が予想よりも、ずっとずっと大きくて驚いたのだ。でかっ!という、気持ちである。

 彼女の心情なんて知らない大耳は、目の前の列が少しでも早く前に進まないかとしか考えていなかった。ぞろぞろと人が少なくなって、黒板までもう少し。眠い。残り一人になって、早く早くと待っていると、目の前の女子生徒が腕を精一杯伸ばして、プリントを高く上げるものだから待ち時間が出来てしまった。彼女はちょろちょろと器用に机の間を走って、友達の元へと帰っていく。自分の目線とぴったりなプリントを目の前にして、新鮮な気持ちと照れくささで大耳は目がすっかり冴えてしまった。気を使われるというものは、なんだかくすぐったい。

 大耳は後ろの女子生徒のために、プリントを元に戻して席へ向かう。その途中で、彼女と目が合った。その瞬間、彼女のことだけがはっきりと見えた。あの子が俺のことを気にかけてくれたんか。

「名前今日一緒に帰らへん?寄りたいとこあんねん」
「私相棒の再放送見たい」
「もぉ、名字さんまた?」
「うん、また。名字さんって変な感じ」
「じゃあ、名前でええ?」
「うん」
「名前あかん。今日は一緒に寄り道すんねん」
「ええ」

 友達の言葉に唇を尖らせる彼女に、大耳は釘付けになる。かわいい、と思った。ただ単純に、かわいいと。名字名前さん。大耳はそっと心の中で、彼女の名前を反覆した。彼女のことが気になって、体力に余裕があると目で追うようになった。彼女はちょこまかと動くので、ときどき大耳の視界から消えたり出てきたりして、ちょっと大耳を驚かせる。そして、柔らかな感触がして、反射的に両手でその物体を支えた。厳しいレシーブ練習の成果だろうか。ふにゅり、と胸か腹辺りで何かが潰れた。腕の中を見下ろすと、もぞもぞと動いて息継ぎをするように顔を上げる。

「なっ、……名字さん」
「あ、大耳くん」
「……」
「ご、ごめんね、急いでて」
「いや、大丈夫やけど」

 彼女は体勢を整えるために、大耳の腕で掴んで背筋を伸ばした。柔らかい感触と、温もりが離れる。大耳は自分の耳の熱さに気付いて、彼女が気付かないことを祈った。彼女の背を支えている両手も、固まって動けない。小さな手に掴まれた腕の感覚がなくなりそうだ。

「怪我してへん?」
「うん、大丈夫」
「廊下は走ったらあかんよ」
「うん、ごめんね」

 彼女は気恥ずかしそうに笑うと、大耳の腕のなから出て行った。ふわふわ、と無邪気に鼻をくすぐる甘い匂いに頭がくらくらした。大耳はその休み時間トイレに行くことを忘れて、次の休み時間に慌てて行くことになった。



 ある日の、昼食中に起きた出来事だった。
 
「……練」
「な、なんや」
「いつまで、そんないじらしい片思い続ける気や」
「え」

 大耳はチームメイトの唐突な言葉に固まって、珍しく表情を崩した。チームメイトの北信介は自分が性に合わないことを言っている自覚はあった。ただ、この隣の男は一年生の頃からチラチラ、チラチラと一人の女の子を視線で追っているのだ。飽きもせず、ずっと。その視線を追う距離を保って、ずっとチラチラ、チラチラと。傍から見ていると、いつまでやっとんねん!と突っ込みたくなるいじらしさ、もどかしさなのである。

 三年生になって同じクラスになった北は、よく大耳と行動することが多い。移動教室や、部活へ行くタイミングなど。特に大耳は廊下を歩いていると、きょろきょろ探すように視線を動かしたり、ある名前が聞こえると振り向いたりと割と分かりやすかった。

「名字さんのこと好きなんやろ」
「わ、あほ。名前出すなや」

 さらりと北がその名前を口に出せば、大耳は周りを見ながら思わず北の口をおさえる。ふたりは部活の練習内容も兼ねて部室で食べていたので、周りには誰もいない。そんな周りのことも見えなくなるくらい、彼女のこととなると大耳はかなり動揺するらしい。北の視線を感じて、大耳は自分の行動の矛盾に気付いて、気まずそうに北の口から手を離した。

「ほんまに好きなんやな」
「……いつ気付いたん?」
「同じクラスになって、一か月経ったくらいやったかな?
 なんか妙にきょろきょろしとんなって思って、名前って名前が呼ばれた途端振り返るんやもん」
「……」
「練は意外と分かりやすいんやな」

 北は後輩たちには滅多に見せない楽しそうな笑みを浮かべる。大耳は眉を顰めて、箸を持ち直した。

「実際どうなん?」
「何がや」
「……なんやっけ。あ、あれや。脈あり?なん?」
「!」

 まさか。信介と恋バナ(?)をする日がやってくるとは!

「まあ、……いや、何もないわ」
「……」

 言え。

 ▼そんな無言の圧力が大耳を襲う!
  →たたかう
   にげる
   あきらめる

 大耳は躊躇いのポーズだけ北に見せて、潔く口を開いた。

「クラス違う割には、よう目が合うなとは思う……」
「それはたまたまでは?」
「そうやって言われるから言いたくなかったんや」

 大耳の拗ねたような口調に北はカラカラと笑って、「冗談や」と大耳をあやすように言う。そして、なにか答えを知っているような顔で、そのまま言葉を続けた。

「俺から見ても、練と名字さんよう目合うなぁって思うで」
「……」
「?」
「信介、何か企んどるんか」
「……」

 北は大耳の言葉にきょとん、と目を見開くと、楽しそうに笑う。

「さあ、どうやろうなぁ」



「いやいやいやいや」
「どんだけ拒否すんねん」

 北は目の前で顔を真っ赤にする彼女に、イラっとしていた。名字名前と北は、同じ風紀委員だったため、月に何度か委員会の仕事で一緒になることがあった。今日も週番で、ふたりは放課後の教室、準備室の確認をしていた。北が教室の環境を確認をして、彼女がバインダーに挟んだプリントに、チェック項目にチェックしていく係をだった。今は丁度、北と大耳のクラスの教室の確認をしていた。北のクラスなだけあって、教室の環境はどこにも不備はなく、全ての項目が二重丸であった。

「だ、だって、大耳くんが、私のこと……」
「なんで、そう思う?」
「……ん、だって、大耳くんすごいカッコイイんだもん。そんな人が私のこと、好きになるわけないよ」

 彼女はバインダーを胸に抱いて、真っ赤な顔をして、項垂れた。普段の彼女からは割とギャップのある、しおらしい姿だった。ああ、きっと練が見たら、悶えるやろうなぁ。北はそんなことを思ったが、彼女は北にとってはただの、同級生なのである。きっと可愛らしい様子なことは理解するが、特に北はかわいいと感情は抱かなかった。ただ、ただ「お前ら早うくっつくけ」しかないのだ。

 委員会で一緒になったばかりの頃、北の一言がきっかけだった。

「練のこと、よく見とるよな。仲ええの?」
「えっ!?」
「よう目合うやん。名字さんと練」
「……そ、そうかなぁ」

 質問に答えず、顔を真っ赤にして、横髪をくるくると指に巻き付け始めた彼女に北は片眉をあげる。もしや、これは恋という奴なのでは……?北はあまりそういったことに敏感な方ではなかったが、そんな北でも分かるほど、彼女は(大耳も)分かりやすかった。

「因みに、練のどこが好きなん?」
「え、えっと、……一目惚れなの。大きくて、かっこよくて、……あと、廊下ってぶつかったときに、優しくしてくれて、もっと好きになって」
「……あれやな、ぎゃっぷもえ?やな?」
「そ、そう!そんな感じ!」

 こうして、北は両片思いの行方を見守る立場になってしまったのだ。

「分からへんやん。練に名字さんのこと、恋愛対象やないわって言われたわけでもないんやろ?」
「北くんそれ言われたら、もう失恋しちゃってるよ」
「……」

 恋のキューピッド。世の中には、そんな言葉が存在するが、北は自分はそういった立場は向いていないな、と心底実感していた。ふたりの間を取り持つことは予想以上に難しかった。そもそも、北自身そこまで取り持とう、という心意気もないけれども、たまに二人の間を突くくらいだ。ふたりをくっ付けたい!という気持ちより、北はやきもきしていた。イライラしていた。もどかしかった。一人だけ、正解を知っていて、全員が正解へ行けるように導くような、そんな立場の気分だった。そう言えば、そんなインサイダーゲームというゲームが巷にはあるらしい。これは余談である。

「はぁ」
「北くんには感謝してるよ。私の進展のない、片思いの相談のってもらって」
「……ほんまや。もう名字さんは今日から亀さんや」
「なんで!?」
「おそ……ゆっくりやから」
「今遅いって言おうとしたよね!?」

 北はぎゃあぎゃあと文句を言う彼女をかわしながら、次の教室へ行こうと扉へ向かう。彼女も北の後を、急いで追いかける。北は後ろから小走りになる足音がして、眉をぴくっと動かした。彼女に教室も、廊下も走るんじゃない、と注意をしているのだが、なかなか直らなかった。もう、彼女の中で染み付いてしまった癖なのだろう。

「名字さ」
「うわ」
「……」

 ほら、言わんこっちゃない。北は机の足に躓いて倒れてくる彼女を受け止めて、ため息をついた。北の腕の中で、彼女が小さく萎縮するのが分かる。分かっとるなら、走らんとけばええのに。

「名字さ」

 北が彼女を呼ぼうとしたと同時に、教室の扉を開いた。北は自分よりも、高いところから視線を感じて、振り向かなくても、何となく誰なのかが分かった。その誰かは息をのんで、静かに北の名前を呼ぶ。

「信介……?」
「練」
「双子がケンカして収集つかんくなったから探しとったんやけど……、何しとるん?」
「……逢瀬」
「おうせ……?」

 大耳は普段の会話で聞きなれない言葉に、思わず聞き返していた。まるで、異国の言葉に聞こえた。北はもぞもぞと動き出した彼女の頭を押さえつけて、抱きしめる。しかし、実際は彼女が動かないようにホールドしているので、彼女は北の注意を聞かないことに北がついにキレ始めたのだと勘違いしていた。やばいやばいやばい、仏の顔も三度までって言うもんね!?にしても、北くん痛いよ、頭もげるよ!そんな彼女の心情も知らない大耳は、初めて後悔していた。顔が見えなくても、分かる。北の腕の中に、女子生徒が誰かなんて、分かるのだ。それくらい、ずっと彼女のことを見つめきたのだから。

「名字さんと、逢瀬しとった。タイミング悪いわ」
「信介、何言う」

 そうか。北が企んでいたことは、これだったのか。……いや、違う。北はそんな回りくどいことはしない。もし本当に彼女が北の恋人ならば、大耳の気持ちに気付いた時点で、告げるだろう。

「……冗談にしては、質が悪いわ、信介。名字さんを離しなさい」
「冗談やない。同意の上や」

 同意じゃないです。彼女の脳が正常に今の状況を把握し始めて、もぞもぞと北の腕中で動き始めた。やばいやばいやばい。これ、やばい。大耳くんに勘違いしたら、それこそ、失恋しちゃうよ。どうせ失恋するなら、ちゃんと自分の気持ちを伝えたいよ。

「き、ぐう」
「名字さん、どうみても嫌がっとるやん」
「これは……」
「これは?」
「そう。照れとるだけや。
 練は知らんやろうけど、名字さんめっちゃ照れ屋やねん。
 ふたりでおるときは素直なんやけど」
「……」

 大耳は全て分かっている。北がしたいことも、言いたいことも、すべて。今目の前で行われている出来事は、全て茶番なのだと。そして、その茶番に彼女が何も知らないで付き合わされていることも、全て分かっている。それでも、北の発言は頂けない。ぷちん、ときた。大耳は自分にも、こんな感情があったのか、と戸惑っていた。居心地がよくない、ざわざわとして、自分の気持ちが尖っていくのが分かる。

 周りがよく見えて、配慮ができる大耳は自分の感情を、無意識のうちに留めてしまう。大きな身体と、大きな力をもっている自覚をしなければいけない。自分のもっている”モノ”が使いようによっては、誰かを傷つけることにもなるから。頭が良く、気の優しい大耳は全て分かってしまう。だからこそ、そんな風に自分を気にかけてもらうと、無償に照れくさくて、たとえ小さな気遣いでも、大耳の心にはいつまでも残るのだ。そして、その小さな気遣いを、小さな存在を、独占したい、だなんて素直に思えるはずもなかった。

 でも、今初めて思った。俺は名字さんを誰にも渡したくない。名字さんは名字さん自身のもんやけど、それでも隣に居ってええとか、抱き締めてもええとか、そういう相手は俺やって言ってほしい。

「信介、ええ加減にせえや。名字さん困っとるやろ」
「……」

 この期に及んで、まだそんな言い方をするのか。北は見つめられて怖れられずにはいられない、と定評のある眼力で、大耳を睨み上げる。大耳は怯むことはなく、むしろ元々鋭い目付きをさらに鋭くさせて、北を見下ろした。

「名字さん巻き込むのやめろや。いくら信介でも許さへんぞ」
「練には関係あらへんやん」
「あるに決まっとるやろ。名字さんは俺が大切にしたい、好きな人なんやから」
「!」
「……練」

 ぴょっこり、とやっと彼女は顔を上げることができて、ひいっと悲鳴を上げる。大耳が見たことがないほどの怖い顔をしていたのだ。大耳は彼女に気が付くと、腕を伸ばしていた。なぜか彼女は分かっていたかのように、彼女も大耳に向かって腕を伸ばして、抵抗もなく大耳の腕の中に落ち着いた。そして、唐突に教室に鳴り響く盛大な拍手。いや、実際は盛大と言うほど大きくなかったが、北の拍手は貫禄があるのだ。ネタ晴らしをする世界の審判のようだなぁ、と大耳は考えて、ちょっと自分が何を言っているかよく分からなかった。

「おめでとう、これで二人は正式に恋人やな。
 長い道のりやったな」
「……え、まさか!」
「はあ……」

 彼女はひとり、遅れてやっと全てを把握して、大耳と北を見比べる。北は達成感の溢れた顔で、ふたりに向かってほほ笑んでいた。大耳はこめかみを押えて、こんなことになる前に告白しておけばよかった、と密かに思った。

「え、え……北くんずっと知ってたの?え、大耳くんも、私が大耳くんのこと好きって、知ってたの?」

 えーえー、恥ずかしい。大耳はわたわたと自分の腕の中で、顔を真っ赤にする彼女は愛でたくなるほど、可愛かった。だが、目の前にいる人物のせいで、再び素直になれるはずもなく、眉を下げて首を横に振った。

「信介は俺の気持ちも、名字さんの気持ちも知っとったと思うけど。
 俺はまさか名字さんに好かれてるなんて、知らんかったわ」
「そ、そっかぁ……!
 私もまさか大耳くんと両思いだなんて、思いもしなかった」

 えへへ、と照れ笑いをする彼女に、大耳はとても頭を撫でたくなかったが、やはり我慢してしまうのだった。大耳は北に視線を向けると、少しだけ目尻をつり上げる。

「信介、ほんまに質の悪い冗談やったぞ」
「名字さんごめんな」
「う、ううん、私こそ、転びかけたところ、助けてもらってごめんね」
「そうやったん?」
「うん。俺エスパーちゃうから、練が来るとか分からんし」
「あ!」
「?」
「双子のケンカ!忘れとった……」
「ああ。まあ、大丈夫やろ」

 ずっと三年生がいるわけではない。まだ面倒を見てくれる先輩がいるから、二年生も好きに動くことができている。でも、いつかそうじゃない日が来るのだ。大耳は言葉にせずとも、北の言いたいことが分かって、ちょっとしんみりとした気持ちになってしまった。

「そもそも、まだ委員会の仕事終わってへんし」
「あ、そうだね」
「なんや……俺は無駄足やったなぁ」

 とりあえず、体育館に戻るかと呟く大耳に、すかさず北は絡むのだった。

「名字さんと恋人になれたんやから、儲けもんやろ」
「北くん恥ずかしいよ!」
「信介……お前楽しんどるやろ」
「酷い言い方やな。
 俺は恋のキューピッドとして、ちゃんとしてるだけやで」

 大耳と彼女は目を丸くして、北を見つめる。そして、北は不満げにぼそり、と呟いた。

「ここ笑うとこや」
「そ、そうなの?ご、ごめんね、北くん」
「お前の冗談は分かり辛いねん」

 ああ、やっぱり、俺は恋のキューピッドなんて向いてへんわ、と思う北なのであった。



- ナノ -