好きな人へ、おめでとう

 古森元也は困っていた。目の前で不貞腐れている女の子の機嫌をどうにか良くしたくて、困っていた。空き教室でふたりは向き合っていた。いや、向き合ってるのは古森だけで、彼女は頬杖をついて、視線は外に向けられていた。外は嫌になるほど、天気が良く、カラッと晴れていた。まるで、目の前の男のような明るさだった。眩し過ぎて、目が痛くなるくらいの。

「古森くんの恋人になる人は大変だと思うよ」
「えー、なんで?」
「古森くんと一緒にいたくても、廊下歩いただけで、そんなにプレゼント貰って」
「いやぁ、別に、そんなことないって。
 なんか部活と、委員会と、元クラスメイトからとかだよ?」
「……」

 嘘だ。もっと色んな人から貰っているだろう。ファンとかファンとかファンとか……!かわいい後輩とか?大人っぽい先輩とか?色んな人から貰ってるくせに。そのプレゼントの山には、本気ならものからそうでないものまで、色々混じっているのだ。やっとこちらを向いた彼女の顔は、しらっとしていて、温かい目線ではなかった。

 彼女は分かっている。自分の、この感情は古森にぶつけるべきものではないと。ただ無性に、面白くないのだ。自分以外から沢山のプレゼント貰うことは全然いい、いいのである。やっぱり、ちょっと良くない。古森がたくさんの人たちからお祝いされることは素晴らしい。いいことだ。

 そんな風にたくさんのプレゼントに、人に、囲まれて、きらきらしている一つになりたくない。そうだ、嫉妬だ。こんな風にぐちぐちすることに、エネルギーを使うべきではない。分かっている。分かっている、でも、嫌だった。古森の特別がいいと思うのに、自信がなくて、だから彼女は渡せていなかった。膝の上にのせている古森へのプレゼントを。

 散々悩んだ。手抜きも、妥協もしていない。ちゃんと古森のことを考えて、考えて、考え抜いて、選び抜いたプレゼントだ。

「……はぁ、古森くんの恋人になる人は絶対心が広くないとダメだよ」

 彼女はため息をついて、自分の顔を両手で覆う。古森は彼女の両手を優しく引き剥がして、彼女と両手を繋いだ。あ〜やだ、こんな顔は古森くんに見られたくない。彼女は俯いて、古森のやさしさから逃げる。

「そんなことないって」
「あるの」
「どうして?」
「だって……古森くんが疲れちゃうじゃん」

 こんなことで一々古森に感情をぶつけていては、古森に迷惑がかかる。それこそ、今日は古森にとって、大事で、おめでたい日なのに。彼女は自己嫌悪が限界突破しそうだった。あー、こんなことなら、私も大勢の中の一人で良かったのに。

「古森くんの恋人、やっぱり私には無理なんだよ」

 心が広く、優しい、古森の隣に、私はいる資格がない。知らないうちに、こんなに劣等感に苛まれて、拗らせている、めんどくさい私はだめだ。

「名前俺怒るよ」
「!」

 彼女は古森の聞いたことのない声の低さに、ぞっとした。やばい。やり過ぎた。古森は普段から優しいから、調子に乗り過ぎた。しまった。ああ、もう、バカだな。ぐちぐち言いながら、古森なら許してくれる、甘やかしてくれる、って思っていたんだ。彼女は自分の浅はかさに、もっと自分が嫌になって、泣きそうになった。何してるんだろう、私。

「……俺の好きな人、悪く言わないでくれる?」
「え」
「俺はね、俺の気持ちを勝手に言われるの、好きじゃない」
「……」
「名前が言うほど、俺はいい奴じゃないし、優しくないよ」

 知っている。古森は彼女が自分の隣にいて、しんどそうにしていることも、時々感情を押し殺していることも、知っている。それくらい、察することができる男なのである。古森元也という男は、他人の感情に敏感だった。そして、最愛の彼女の感情ならば、全部見抜いていると言ってもいいほど、敏感に感じ取っている。彼女がどんなに自己嫌悪や劣等感に苛まれても、古森の答えはノーだ。

「俺は名前が好きだから、誰にも渡したくないから、名前がどんなにしんどくても、嫌になっても、別れる気ないからね」
「!」
「……え、ちょっと、泣くの?名前泣いてるの?ごめん、そんなにしんどかった!?」

 古森は机の上にぽたぽたと、落ちる水滴で、やっと彼女が泣いていることに気づいて、椅子から慌ただしく立った。椅子に座って俯いたままの彼女を抱きしめて、わしゃわしゃと頭を撫でる。彼女はのろのろと古森の背中に腕を回して、声を押し殺した。

「名前ごめん、ごめんね。もっと早く名前との時間作ればよかった」
「ずるい、そんなこと言われたら、もう何にも言えない」
「ははは。俺のせいで、嫌な気持ちになったら、俺に言ってよ。
 いつも言うでしょ、寂しくなったら、会いたいって言ってほしいって」
「……言うけどさ」

 素人でも分かるほど、バレーに情熱をかけている恋人にそんなことが言えてたまるか。彼女だって、そんなことも気遣えないほど、子どもではない。

「俺は名前に寂しいって言われて、面倒だとか、大変だとか思うの考えられないけど。まあ、実際ね、忙しい時ときになってみないと、分からないと思う。でも、俺は名前が寂しいって思ったときに、寂しいって言える相手じゃないってことの方が、寂しいし、辛いよ。それこそ、そんな恋人関係が一番嫌だよ」
「……」

 彼女は古森の胸に顔を押し付けた。そうだ、古森はそういう人なのだ。驚くほど、愛が深いのだ。このフットワーク軽々野郎め。彼女は古森の言葉に数度頷くと、やっと素直になれた。

「……お誕生日おめでとう」
「うん、ありがと」
「これ、プレゼント」
「やっとくれたなーもうめっちゃ待ってた。中身楽しみだなぁ〜名前から貰えるなら、チロルチョコでも何でも嬉しいんだけどさ」

 へへ、と優しく笑う古森に、彼女もつられて、へらっと笑った。どこまでも、自分にやさしく、あまい、古森に彼女は白旗を上げた。だめだ、こんなに甘やかされて、今更元には戻れない。このまま責任取ってもらおう。

「ね、名前いつもみたいに呼んでよ」
「……元也くん」
「うん」
「元也くん、お誕生日おめでとう」
「ん」

 古森は小さく頷くと、そのまま彼女の頬に触れて、視線で伝えた。目瞑って、と。

 古森は困っていた。自分の恋人が、自分のことで、こんなにいっぱいいっぱいになって、悩んでいる様子がこれ以上なく可愛いらしくて、困っていた。どんな名前も可愛いけど、やっぱ笑顔で嬉しそうにしてる名前が一番好きかなぁ。

2020年7月30日。
古森元也くんHAPPYBIRTHDAY(*´ω`*)
※Twitterで書いた#819プラスを元に書きました※



- ナノ -