まるはだか

 名字名前は味気もなく自分の恋は終わってしまうのだろうかと半べそをかいていた。松川一静は彼女と同級生で、一年生の頃同じクラスことになったことがあり、ひょんなことがきっかけて付き合うようになって、彼女の恋人だ。彼女は松川のことがとても好きだった。数カ月経っても、LINEがくれば「松川くん!?」と期待してしまう。松川のクラスを通るときは勝手に視線が探してしまう。一緒に帰ろうと言われれば、身だしなみチェックに全力を注ぐ。遊びに行こうと言われれば、前日から入念に準備をする。そんな状況になったこともないのに、下着だって手を抜かなかった。

「……もう無理かも」
「もー松川は名前の彼氏なんでしょ?それぐらい言ってもいいと思うけどなぁ」
「だって」

 日に日に減っていくLINEの回数、電話の回数、遊びに行く回数に対して、松川への気持ちは日に日に増していく。

「寂しいよって、言えばいいのに」
「だ、だって」
「もー聞き飽きたぁ!松川が部活と勉強で忙しくて、友達との時間も邪魔したくないって、聞き飽きた!」
「……ごめん」
「まあ、分からなくもないよ?松川んとこのクラス仲いいし、松川ノリいいし、友達って超多い訳じゃないけど、グループはあるだろうし」
「うん……、どうして私松川くんと付き合えたんだろう」
「……まさ、か」
「やめて」
「自然消滅?」
「いやあー!言わないで!」
「ごめんごめんて。てかさ、寂しいって言えない相手と付き合ってて楽しいの?」

 彼女は友達の真理を突く一言に、何も言えなくなってしまった。こうして今日も放課後の女子会は不毛な結果で終わった。松川が急に冷たくなったとかはない。連絡をすれば、返ってくる。ただそれ以上はあまりなかった。その事実に気付いた頃は彼女の心は寂しさでいっぱいだった。心が満たされないことがこんなにも辛いだなんて。一番言いたい人に言えないことは女友達に言う事で誤魔化していた。消化不良でも良かった。不満が溜まりに溜まって、爆発して、松川に迷惑をかけることが一番嫌だった。いや、松川に本音を晒して、嫌われることがいやだった。重いと思われくなかった。引かれたくなかった。面倒だと思われくなった。



「名前?」
「あ、松川くん」
「珍しいじゃん。こんな時間まで」
「うん、ちょっと委員会で。松川くんは部活終わったの?」
「今日は早く上がれって言われてさ」
「そっか。お疲れ様」
「ありがとう。名前もお疲れ様」
「ありがとう」

 偶然一緒になった帰り道。彼女は松川に名前で呼ばれる度に、ほっとする。ああ、まだ自分は松川の彼女なんだと、実感するからだ。ふたりはゆっくりと話しながら、校門へと歩く。そのとき後ろから軽い足音がした。

「松川!お疲れ!」
「お、お疲れ」
「今日部活終わるの早いじゃん」
「んー、まあ、大会前に身体休めろって。ナナコも早いじゃん」
「私も同じ理由!あ、名字さんもいたのね!邪魔してごめん!」
「いや、そんな!」
「名前と二人きりだったのになぁー」
「ま、つかわくんっ」
「んふふ、相変わらず仲いいねえ。じゃあお先に!」
「また明日」

 にこにこと笑って去って行く松川のクラスメイトに、彼女はちくりと二回胸が痛んだ。自分以外の女の子の名前を呼び捨てする松川に対する嫉妬と、嫉妬してしまったクラスメイトとの女の子はとてもいい人そうだったこと。二重の意味で胸が痛い。松川を好きな事で色んな事が苦しくなる。楽し気だった松川の表情が元に戻って、彼女へ視線を戻す。

「名前どうした?」
「え、なんでもないよ。元気な子だったね」
「あ、ナナコ?女子バレなんだけど、アイツ本当に元気いいよ。声もデカいし」
「確かに、バレー部っぽいね」

 曖昧に誤魔化すような笑い方する癖は今日も克服することができなかった。



「ねえ、まっつんってさぁ、彼女ちゃんと長いよね?長い秘訣とかある?」
「……」

 松川はスマホを触りながら、尋ねてきた及川の態度に瞬きを繰り返す。珍しい質問だ。及川の彼女問題は今に始まったことではない。松川と及川はは部活後のラーメンに行くために、岩泉と花巻を待っている。ふたりには聞かれたくないのだろうか。いや、単に今彼女がいる者同士で話かったのか。どちらでもいいか。松川は及川の問いに詰まってしまった。

「秘訣ないの?」
「……どうだろうね」

 気付いたら、続いていた。名前はさりとてワガママも、文句も、無茶も言わない。ときどき電話してもいいかとか、いつ会えるかぐらいが聞かれる程度だ。名前は可愛い、一緒にいて苦でもない。別れる理由がないのだ。他に好きな人ができるわけでもなく、喧嘩をするわけでもなく、ただ日々を重ねているだけで、松川は分からなかった。自分のたちの関係は未来があるものなのだろうか。最初の頃は毎日が楽しくて、新鮮だった。しかし、今はどうだろう。楽しくないわけではない。ただ漠然とこれでいいのだろうか、と頭の片隅で思うのだ。

「……ねえ、まっつん!」
「うん?」
「あれ!あの子!まっつんの彼女ちゃんじゃない?」
「え?」

 及川が指をさす先には、昇降口から離れた桜の木の下で向き合う男女がいた。確かに、女子生徒の方は名前だった。彼女は首が痛くなりそうなほど、相手の男子生徒を見上げて、うんうんと頷いている。必死で話を聞くときの彼女の癖だった。彼女の目が丸くなって、目尻が赤くなった。そして、そのまま頬まで赤くなった。その一連の、彼女の様子を見ている男子生徒の表情に、松川は無意識のうちに眉間の皺に寄っていた。そんな顔で名前を見ないでほしい。彼女はもじもじと指を絡ませて、泣きそうな顔で男子生徒に何かを必死に伝えていた。

「まっつんの彼女ちゃんかわいいね」
「は?」
「も、もう、俺に怒んないでよ。怒るならあっちでしょ!」
「……」
「まっつん?」

 黙り込んでひたすら彼女を見つめる松川に及川は首を傾げる。ガチおこ……?まっつん殴りに行ったりしないよね?

 男子生徒は首を横に振って、彼女と何度か言葉を交わすと、体育館の方向へ走って行った。確かアイツはバスケ部だったか。彼女は大きく深呼吸して、肩を上下に動かしていた。緊張していたらしい。スマホをポケットから出して、何かを確認する彼女の仕草に松川は今日約束していったっけ?と自然とスマホへと手が伸びそうになった。彼女はスマホを見つめて、寂しそうにため息をつくと、スマホを仕舞って、校門へ向かっていく。

「まっつんいいの?彼女ちゃん行っちゃうよ……?
 彼女ちゃんさーまっつんからの連絡待ってたのかなぁ」

 及川の言葉に、松川は違和感の正体に気付いた。ぐりん、と勢いよくこちらを向いた松川の迫力にびびりながら、及川は彼女の方へ視線を向ける。

「ごめん、及川。俺今日ラーメンパス」
「おっけい。マッキーと岩ちゃんには俺から言っとくよ。ほら行った行った」



「名前!」
「ま、まつかわくん」

 松川は久しぶりに彼女を見た気がした。じっくりと、向き合うと、彼女はこんなにも小さくて泣きそうな子だったろうか。もっと呑気に笑っているような子だった気がする。こんなにも苦しそうな顔をさせているのは俺なのかもしれない。

「一緒に帰ろう。てか今から時間ある?」
「え」
「話したいことあって……え、名前?」
「き、き」
「き?」
「聞きたくない」

 彼女は大きく首を横に振ると、スカートを翻して校門の外へと消えた。消えたかった。火事場の馬鹿力だった。松川はもの凄いスピードで走って小さくなっていく彼女の背中を見ながら、唖然としそうになった。名前はあんなに足は速いはずがない。失礼である。

「絶対また一人で勘違いしてる……運動部なめんなよ」



 やばいやばいやばい。人としてやばいことをしてしまった。彼女は後ろの気配を感じながら、ちょこまかと色んな曲がり角を通って、ひたすら走っていた。どんなに走っても、後ろの気配……松川は徐々に彼女に近付いていた。ああああああ、もう松川くん足早い。知ってるけど。体育祭で何度も応援したもん。知ってるよ!好きだよ!でも今はその運動神経発揮しないでほしい!人として、今ダメなことしてるって自覚あるけど。でも、別れ話なんて聞きたくない。今日のダメージはさっきの告白だけで十分だ。告白受けた方がダメージ受けるっていうのもおかしい話だが、彼女は事実ダメージを受けていた。

「名字ってさ、松川と付き合ってる、んだよね?」
「え、うん、そうだけど」
「やっぱ、そうかー。なんか、前より一緒にいるとこ見なくなったから、別れたのかなって思って」
「えっ」
「え、なに、別れそうなの?あ、ごめん、ゲスなこと聞いて」
「いや、傍からそう見えてるんだと思って」
「あーうん、なんか恋人っていうより、友達?みたいに見えて、だから、俺にもチャンスあるかなぁって……」

 ガーン。彼女の頭上に分かりやすい効果音と岩が落ちた。告白した男子生徒は自分がフラれる場面のはずなのに、思わず彼女の心配してしまう。

「と、特に何もなくて、別れる予定も、ないです」
「そっかぁ。ごめんね、帰るところ呼び止めて」
「うう、ん、だいじょうぶ」
「じゃあ、また明日」

 ああ、やっぱり、私と松川くんって傍から見ても、恋人っぽくないんだなぁ。悲しいなぁ、寂しいなぁ、でも、離れたくない。無駄な足掻きをしてしまう。ずるい人間だ。でも、でも、それでも好きなんだもん。別れるくらいなら、寂しさだって我慢してみせる。彼女は勝手に流れる涙を拭いながら、目に入った公園の中に走って行った。



 すばしっこい。自分が肩で息をしていることを気付いた松川は思わず笑ってしまった。彼女は意外と運動神経がいいらしい。短くも長くもないスカートであんな本気で走って欲しくないので、是非体育祭で発揮して欲しいところである。松川は曲がり角を曲がって、すぐ見えた公園を通り過ぎそうになった。何となく直感だが、もう彼女の体力も限界のはずだ。じっと見据えると、チラッと細い足首が見えた。しゅっと子猫がイヤイヤ、触らないでという様に、引っ込められた足は松川の視線に気付いた故かは分からなかった。公園の中にある、大きくて横になっている土管だった。あそこの中に彼女は居る。

「名前」
「……」
「名前がそこにいるのは分かってるから」
「……」

 私は立てこもり事件の容疑者かなにかなのだろうか。近づく足音に、必死で息をひそめるが気付かれているらしい。彼女は不安定な姿勢で、身体を小さく丸めた。聞きたくない、今日は聞きたくないよ、松川くん。

「名前……さっきのヤツと付き合うの?」
「!」
「……間違ってたら、ごめん。さっき名前が告白されてるところ見っちゃったんだけど」
「……」
「名前なんか寂しそうに見えて、そうさせてるの俺に、原因あったりするの、かなって」
「……」
「名前そっち言っていい?顔見て話したい」

 松川は反応のない土管に向かって、一人で話すことがキツくなってきた。傍から見ると、相当危ない図である。土管の中から親指と人差し指で丸を作った手が顔をだした。なんだか、その様子にぶわっと来てしまった。

「ひっ」

 彼女は急に強く引かれた力に驚きながら、目の前の松川にしがみ付いていた。もぞもぞと二人で動き合った。動き合うというより、少し暴れた。彼女を腕の中におさめたい松川と、何が起きているのか把握できず暴れてしまう彼女。しばらくして、その攻防は収まった。

「……松川くんのこの姿勢ちょっと、よろしくない、よ」
「ん、はは。相変わらず名前は意識しまくりだねえ」
「年頃ですもん」
「だったら、俺もだよ」

 久々に自然体で松川くんと話してる感じがするなぁ。彼女は松川の首に腕を回して、ぎゅうううう、と欲求のままに抱き着く。狭くて不安定の土管の中で、松川は自分の腰に跨る名字の背中を逃げない様に、きつめに腕を回す。互いの胸と胸がぴったりとくっついて、こんなスキンシップするのも久しぶりだった。

「あの、松川くん」
「離さない」
「……えっと、松川くんってさ、私のこと、好き?」
「好き……だと思うんだけど」
「けどっ!?」

 ぐいっと彼女の手が松川の肩を押す。怒ったような、悲しいような、そんな顔をして、彼女は松川を見上げる。そして、松川はしまったと眉を下げる。言葉を間違えた。彼女の目に涙がたまっていく。松川の肩を押す力が強くなっていく。

「名前は?名前こそ、俺のこと好きなの?」
「はぁ?」

 ( ゚Д゚)ハァ?

 多分、彼女はこんな顔文字のような顔をしている。何を言っているんだ、お前はとでも言いたげだ。初めて見る彼女の一面に、松川は若干びびりながらも、決して腕は緩めなかった。

「好きだよ?好きだし、LINE来るたびに松川くんかなって思うし、一静くんって本当は呼びたいし、もっと会いたいし、遊びたいし、他の女の子の名前とか呼んで欲しくないし、名前って呼ばれる度にめっちゃキュンってなるし、好きだけど!?」
「……あ、ありがとう」

 彼女に立て続けに言われた言葉の意味よりも、彼女の勢いから感じる熱量の方がすごかった。松川は自分の身体が熱くなるのを感じた。内側の方からじわじわと、確実にその熱は松川の中で広がっていく。正直、松川は女の子に何か要望を言われることがどこかで嫌だった。誰かさんのおかげで、要望=ワガママ=めんどくさいという思い込みがあったのかもしれない。その分名前は楽だから、困ることも何もない。それに、俺は多分今の関係に何の不満もなかった。楽だから。何か困ったことがあったわけじゃない。

 勝手に名前も同じ気持ちだと思ってた。本当はこんなにも俺のことを想っていてくれたのに。松川は改めて、彼女をぎゅうううう、と抱き締める。

「松川くん?」
「俺今好きって思った」
「え」
「名前のことめっちゃ好き」
「えええ」

 案外悪くない。想われるって、求められるって、悪くない。マイペースで、大人しい彼女が自分のことになると、あんなに泣いたり笑ったり走ったり(?)するのだと思うと、とても胸がくすぐったい。そして、温かかった。もっと名前のこと知りたい。今更かよって、言われそうだけど。やっと名前という女の子を見つけた気がした。

「名前キスしていい?」
「え、なんで、いきなり」
「名前に口説かれたから、したくなったの」
「くど、いてないよ」
「んーそうなの?俺的には口説かれたのかなって思ったけど……ねえ、キスだめ?」
「そ、とだし」
「嫌だったら、殴っていいから」

 彼女は弱かった。嫌がらないと、殴らないと分かってる癖に、許しを請う男に弱かった。甘えるように下げられた眉の下で、少しだけ熱く見つめる瞳に詰まる。言葉が出てこない。そんな彼女の様子に、松川はどこか懐かしい気がしながら、そのまま唇を重ねた。久々にしたキスはたまらなく気持ち良かった。一度したら、キリがなくなる。彼女はキスをねだるように、松川の首に回した腕を引き寄せた。珍しく積極的な彼女につられて、松川も彼女の方へ身体を傾けた。

「ん〜……おも、い」
「だろうね」

 だれ、だれですか。ふふ、なんて咽そうな甘い笑い方をして、私に頬擦りしてくる、この方は誰なんでしょうか。確かに松川と彼女にだって、イチャイチャしている時期はあった。それこそ、最初の半年間くらい。互いに気にかけて、互いのために何かしたいという気持ちで溢れていた頃だった。まあ、それも徐々に元の生活のリズムに戻ってしまったわけだが。にしても、こんな風にたまらなく可愛い、好き、みたいな、言葉は悪くなるがバカみたいに浮かれた松川を見るのは初めてだった。

「名前」
「ん、んう」
「……はは、かわいい」

 駅のホームでイチャイチャしてたり、制服の恋人同士がキスしてたり、とか。俺は今までずっと冷めてた目で見てた。よーやるわ。まじか、と。誰かを好きとか、可愛いとか、思わなくもないけど、あんなに周りが見えなくなるほど、誰かを想う自分が想像出来なかった。ほっぺを赤くして、腑に落ちない顔をして、拗ねている彼女がとても可愛かった。そこで、松川はぶるりと寒くもないのに自分の身体が震えていることに気付いた。

「……」
「ま、つかわ、くん?」

 わざとではない。無意識に、彼女は伺うように松川を見つめた。初めてでない。どこかふたりは、色っぽくて湿っぽい雰囲気にならなかった。抱き締められるだけで、キスされるだけで、胸がいっぱいで満足ですという彼女の雰囲気に松川は気付いていたし、松川自身も自分が性欲が強い方ではないなぁーと思っていた。めっきり触れていなかった彼女はこんなにも柔らかくて、可愛かったのか。彼女は熱い松川の視線に、少し気まずかった。その証拠に、足の奥に触れている熱に松川は気付いているのか、分からなかった。自分の足の奥を押し上げる正体が分からないほど、彼女も初心ではない。

「名前〜」
「ん、ん〜」

 執拗に耳や首筋にキスをされて、くすぐったい。動かしたくなくても、もぞもぞと身体が動いてしまう。そして、足の奥がジンジン、とあつくなってきた。心なしか松川の頬も赤い。

「やべ、シタくなってきた」
「!?」

 松川はただイチャイチャしたい欲が久々過ぎて性欲になってしまっただけかと思ったが、違う。本当に名前にもっと触れたくてたまらない自分の、本当の欲求にやっと気付いた。この男、周りの空気を読むのは得意だが、自分の気持ちにはどこか鈍いところがあるのだ。彼女の肌に触れていると、制服で隠れている部分にもっと触れたくなって、苦しかった。松川の言葉に、彼女は分かりやすくと動揺して、身体をぎくりと固くした。

 そんな反応の彼女を安心させるように、松川は彼女の頭を撫でてて笑いかける。

「あのさ、名前」
「ん、うん?」
「とりあえず帰ろうか」
「……うん」

 明らかに空気が悪くなった。何故。さっきまでいい雰囲気だったのに。松川は人生で初めて異性のことが分からないと感じた瞬間だった。松川としてはまだタイミグがふさわしくないと思っているし、彼女の反応だっていいものではなかったし、今はいつも通りに振る舞うのが正解ではないのか。それに、松川自身も、自分の欲求を彼女に赤裸々にバレていることが恥ずかしかった。

「名前怒ってる?」
「……怒ってない。ただ」
「?」
「松川くんって、私と、……したくないの?」
「わ、ちょっと、……」

 ぐり、っと彼女に腰を動かされて、松川は声が出そうになる。自分だけの熱ではなかった。

「私だって、松川くんとしたいとか……考える、よ」

 これ以上ないほど顔を真っ赤にさせて、自分の気持ちを伝える彼女に松川は腹を決める。

「俺も名前としたいよ。
 ただ……アレがないから、買わなきゃな」
「……ごむ?」
「!」
「な、なに、そのリアクション」
「名前の口から、そんな言葉が出るのが意外だなって」
「わ、私だって、人並みに興味ありますし」

 今日の彼女はいつもより素直みたいだ。そうか。俺らあんまりお互いの気持ちを伝え合うことをあんまりしてなかったかもしれない。多分、こう考えてるかなぁって、勝手に相手の気持ち想像して、自己完結してた。だから、俺はこんなにも彼女に色々我慢させて、苦しい思いさせちゃったのか。

「名前」
「な、なんですか」
「名前のこともっと知りたいな」
「……松川くんは私のこと興味ないんだと思ってた」
「……え、俺そんなこと思われてたの。俺は名前こそ、俺のことそんなに思っててくれた、なんて思わなかったよ」
「うそ」
「ほんと」

 ふたりは改めて互いの認識の差に、驚愕した。

「松川くんのこと、本当に好きだよ……いつ私に手だしてくれるかなって、思ってたもん」

 彼女の目が寂しそうに伏せられて、まさかの暴露に松川は大きく目を見開いた。ずっと名前は俺のこと待ってたのか。

「そっか。ごめん、色々と我慢させて。
 俺自分で思ってるよりも、鈍いみたいだからさ、遠慮なく何でも言って?」
「う、うんんん、……」

 む、難しい注文だぁと眉を顰めながら頷く彼女に、松川は眉を下げた。彼女の遠慮がちな性格を考えたら、確かに難しい注文だろうなぁ。

「もちろん。俺も名前のこと今までよりもっと考えるし、色んなこと話そう」
「うん」

 彼女が頷いて、何度も頷いて、ぽろりと涙がこぼれた。好きな人がちゃんと自分のことを考えてくれている、ちゃんと言いたいことを聞いてくれる。そんな大切で当たり前なことがこんなにも涙が出るほど、嬉しいとは思わなかった。松川は泣き出した彼女に驚きながらも、彼女のことをぎゅう、と抱きしめる。


 数日後のおふたり。

「まって、おちつこ、一静くん、うわっ」
「ごめん、ほんとごめん」

 彼女は自分の上にのしかかってくる、松川を、信じられないものを見る目で見上げてしまう。頬を赤く染めて、彼女の首や胸にキスを落とす松川は荒々しく、興奮していた。先ほど、ふたりは初めて互いの身体をさらけ出して、ひとつにしたばかりだった。彼女の身体を気にして、松川は水を飲ませてくれたり、身体を撫でてくれた。彼女は看病されているのか?と錯覚してしまいそうだった。彼女が腕枕を強請れば、すぐに頷いてやってくれた。

 ふたりで、イチャイチャしている時間のはずだったのだが、次第に松川の様子がおかしくなっていった。

「一静くん……?」
「名前さき謝っとく。ごめん」
「え?」

 急に反転する世界。いや、視界。

「もう一回いい?」
「!」

 ずるい。分かっている癖に。私が断れないって知ってるくせに、そんな顔して。彼女は眉を垂れて、熱い瞳で見つめて、許しを請う男の唇を奪って、そのままふたりでシーツの海へ沈んでいった。



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