伝えたいこと



「え、今日部活ないの?」
「うん、彼氏が言ってた。バレー部休みだって」

 お互い彼氏が男子バレー部に所属している友達からの知らせに、彼女は瞬きを繰り返す。聞いてない。そんな彼女の様子も気にかけずに、友達は嬉しそうに今日はデートなんだぁと呟いていた。

「飯綱さぁ、先週の古文の宿題できた?」
「あーたしか」

 彼女の頭の上にみえない耳がぴくっ、と反応して、教室の外を見る。予想通りお目当ての人物を見つけた彼女は急いで教室の外へ顔を出した。

「つかさくん!」
「おお、名前どうした」
「飯綱さき音楽室行ってるな」
「おー」
「割り込んでごめんね。
 今日部活ないって、ほんと?」

 飯綱は制服を掴んで、じーっと見上げてくる彼女が可愛くて、彼女の頭を撫でる。彼女は嬉しくなって、つい口元を緩めてしまうが、今は大事な確認中だ。

「部活あるけど……」
「えっ、綾がないって言ってた」
「あー……レギュラーはミーティングがある」
「じゃあ、早く終わる?」
「んー三十分くらいかな」
「待っててもいい?一緒に帰ろう?」

 これ以上ないくらいのおねだりに、飯綱は笑いながら頷く。

「分かった。終わったら、教室まで行くな」
「わーい。約束ね」
「うん、じゃあ」
「またね」

 彼女は飯綱と約束ができて満足だと頷いて、席へ戻った。そこには、面白そうにしている友達がひとり。

「相変わらず仲いいね」
「えへへ」
「飯綱いい奴だもんね」
「そうなの。つかさくんいい人なの」

 飯綱掌は彼女にとって自慢の恋人だった。バレー部の中ではそれほどではないらしいが、間違いなく背は高い方だ。そして、何よりも爽やかなのだ。感じが良くて、やさしい。集まりの中心にいることも多く、まとめ上手なくせに、それぞれの個人に対しても理解が深い。思慮深く、とても人間が出来ているのだ。彼女は飯綱のことが大好きで、大好きでたまらなかった。そもそも、二人の始まりも彼女の片思いからだった。

「はぁ、つかさくん本当にかっこいい」
「分かった分かった」





 まだ彼女が新入生だった頃の話だ。高校生活初日、たくさんの教科書を抱えて帰ることになった。そのたくさんの教科書はなんとかトートバッグに入ったものの、あまりに重いので、彼女は両手で抱えないと運べなかった。慎重に歩いて校門へ向かっていると、いきなり衝撃を受けた。正直、自分に何が起きたのか分からなかった。地面にぶつけてしまった膝と手が痛かった。目の前に散らばっている教書たちに、無性に泣きたくなった。遠くから、「すまんー!」と叫ぶ男子生徒の声が聞こえた。ああ、私、男の子にぶつかられた上に、そのまま逃げられたんだ。一言謝られただけで、痛みも散らばった教科書も元に戻るなら、問題はない。が、現実はそのままなのだ。

 周りからの目で、余計に恥ずかしくなってきた。じんじん、と膝も痛い。ひりひりとする手を動かして、のろのと教科書を拾う。周りの生徒は踏まない様にはどいてくれる。でも、一緒には拾ってくれない。一日目から、何してるんだろう。桜が舞って、地面にたくさん落ちていた。綺麗な花びらも、踏まれて、茶色くなっていた。それを見て、彼女は余計に泣きそうになった。

「だいじょうぶ!?」
「え……?」
「うわ、めっちゃ落ちてる!すっげえ音したもんな……。怪我は……、うわ、血!めっちゃ血出てる!」

 急に彼女の視界に入り込んできた男子生徒は状況を確認すると、彼女の膝を指で差す。そして、とても痛そうに眉を寄せた。彼女は言われた通り、自分の膝を見て、ぎょっとした。少し擦りむいただけだと思っていたが、尋常ではない量の血がだらだらと流れていた。

「保健室行かないと!」
「でも、教科書……」
「あ〜じゃあ、すぐ拾うからちょっとまって」
「?」

 その男子生徒は素早く散らばった教科書を拾い上げて、トートバッグに全部入れてくれた。そのトートバッグを肩にかけると、そのまま彼女に近付いてきた。

「嫌だと思うけど、ごめん」
「え?」
「俺の肩掴まって」
「ええ、っと、うん?」

 言われるがままに、目の前にしゃがんでいる男子生徒の肩に掴まれば、そのまま彼女の身体が持ち上げる。彼女は人生初のお姫様だっこを、まさか高校生活初日目で体験することになるとは思ってもみなかった。

「あ、あの……」
「うん、恥ずかしい思うけど、ごめん。でも、絶対その足痛くて歩けないと思う」
「……」

 彼女は自分の言おうとしたことを先に言われて、口を噤む。周りの目が、痛い。ほぉら、そこの男子生徒がからかう様な言葉を言っている。恥ずかしい。自分が嫌になる。助けてもらっているのに、それでも人の目を気にしているなんて。こんなにも、やさしい男の子なのに。

「飯綱!バレー部の……うお、どうした」
「この子転んだみたいでさ。保健室まで連れて行くから、ちょっと遅れるって伝えてほしい」
「うわ、ホントだ。痛そう。分かった!先生には伝えとく!」
「あと、そこら辺の男子も散らして欲しい」
「あー俺と同じクラスのヤツじゃん。いいよ、それとなく注意しとく」
「悪い、頼む」

 彼女は目の前に光景に驚いていた。百パーセント偏見は承知だ。承知の上で、言わせてほしい。同世代で、こんなにも優しい男の子が居ただろうか。こんなにも思いやりがある男の子に、彼女は出会ったことがなかった。いいづなと呼ばれた男子生徒の友達のおかげで、男子のヤジは止んだ。彼女はそのまま保健室に無事行くことが出来た。


 誰もいない廊下を男子生徒にお姫様抱っこされながら運ばれるというのも、変な感じである。彼女はどこに視線を置けばいいのか分からず、きょろきょろと落ち着きがなかった。それでも、やっぱり気になって、男子生徒の顔をちらりと見上げてしまう。男子生徒は彼女の視線に気が付くと、人の良さそうな笑みを浮かべる。

「あ、そいや、名前聞いてない。
 俺飯綱掌って言うんだけど……」
「わ、わたしは、名字名前って言います」
「名字さんね。
 名字さんも入学早々大変だったね。ここの保健室の先生やさしいから、だいじょうぶだよ」
「……知ってるの?」
「あー、俺スポーツ推薦で来たから、入学前に部活参加させてもらって、保健室の先生には何度かお世話になってるんだ」
「そうなんだ」
「うん。
 あ、先生ー!転んじゃった子連れてきましたー」

 長く感じたお姫様抱っこは呆気なく終わって、彼女は保健室のソファにおろされた。先生は彼女の膝を見て、ぎょっと目を開いて、慌てて手当をしてくれた。そんな先生にどうしてこうなったのか、説明している内に、飯綱はお大事に!と保健室を去って行った。ああ、部活の時間とか言っていたな。彼女は結局、保護者を呼んで帰った方がいいと先生に言われて、そのあと迎えに来て貰って帰った。

「お風呂怖いな……あ、お礼言ってない」


「名字さん!おはよう」
「い、いいづなくん、おはよう」
「怪我だいじょうぶ?」
「う、ん、だいじょうぶ」

 お礼を言おうと思っていた相手から、来てくれるとは。彼女はまだ大きい制服の袖をいじりながら、飯綱君ともう一度呟く。飯綱はうん?と首を傾げて、彼女を見下ろした。

「その、昨日はありがとう。色々と……お礼言えてなかったから」
「え!いやいや、そんな大したことしてないし!」
「う、ううん、私はすごい助かったので!えっと、これ嫌じゃなかったら」
「え、こんないいのに……でも、ありがとう」

 彼女の差し出したちょっといいお菓子を、飯綱は照れ臭そうにしながら受け取る。眉を下げて笑う飯綱を見上げて、彼女は自分の中に何かが生まれるのが分かった。わたし、この人のこと好きだ。少女漫画のような出会い方をした二人だったが、恋に落ちたのは彼女だけだった。彼女は飯綱への想いを我慢できずに、告白をした。そして、フラれた。ありきたりな、でも、飯綱らしい理由だった。「俺今誰かと付き合うとか考えられなくて、バレーに集中したいから」一度は彼女もその言葉で飯綱を諦めようとした。忘れようとした。でも、ダメだった。どうしても、飯綱がいいのだ。飯綱と恋人になりたいという想いは、彼女の中から消えてくれなかった。


「ということで、押してダメなら引いてみる作戦はどうだろうか」
「いや、どうだろうか……って。
 今誰とも付き合うつもりもない人に、アプローチすること自体がマイナスだと思う」
「たしかに〜」

 放課後のファミレスで、お喋り会という名の作戦会議である。彼女は友人の言葉がぐさりと心に突き刺さりながら、深く頷いていた。やっぱり、諦めるしかないよなぁ。求めていない好意ほど、ありがた迷惑なものはないだろう。明日明後日の話で、飯綱への想いを過去にすることは難しいだろうが、少しずつでも前向きに忘れて行こう、と彼女は決意を新たにするのだった。





 飯綱掌は自分の言葉に、顔を歪めて頷く女子生徒の様子にズキンと心を痛める。女子生徒は「聞いてくれてありがとうざいました」と頭を下げて、そのまま走り去っていった。他人から告白されることに憧れを抱いてた頃が懐かしい。初めて告白をされたときは、尋常じゃないほど心臓がうるさかったし、嬉しかった。その相手のことを好きになれると、本当に思った。過去に、想いを受け入れることもあった。人にアドバイスができるほど、経験は豊富ではない。それでも、自分にとっての恋人という関係性の重みを知ることが出来た。例え他人からの好意が嬉しかったとしても、他人からの好意を簡単に受け入れることができる人ほど、自分は器用な人間ではないと知った。


 飯綱は年々告白を断った後の、何とも言えない気持ちが苦手だった。いや、得意な人はいないかもしれない。大人になったら、こんな気持ちも割り切れるようになれるんだろうか。飯綱は教室まで鞄を取りに行って、部活へと急ぐ。廊下を歩いていると、身に覚えのある女子生徒を見つけて歩幅が小さくなる。その女子生徒は以前飯綱に告白してきたのである。飯綱がただの親切心で助けたことがきっかけだったらしい。まあ、お姫様抱っこって中々されないもんな。てか、中々しないか。確かに、自分が女子生徒だったとしても、好きになるかもなぁと少しだけ自惚れたことを思った。

「あ」
「あっ」
「飯綱くん今帰り?」
「いや、今から部活」
「そうなんだ。もうみんな部活行っちゃったかと思った」

 そんな彼女との現状の関係はクラスメイトである。高校一年生の頃は互いにクラスが別だったが、まさか進級して同じクラスになるとは互いに思っていなかっただろう。彼女は特に後腐りなく、普通のクラスメイトとして飯綱に接していた。飯綱もその方が有難かったが、少しだけ気になっている。あんなに頬を赤くして、自分を潤んだ目で見つめてきた彼女は、今も俺のことが好きなのだろうか。俺が自分の気持ちを言ったときに、彼女は我慢できずに泣き出してしまった。その涙は飯綱の良心をぎりぎりと痛ませた。

 何様だと言われそうだが、元気になって欲しいと思う。想われても応えられない俺のことなんて早く忘れて、元気になってほしい。決して口には出さないが、飯綱が告白を断っている相手に思っていることだった。傲慢だと、エゴだと、何様だと、言われても、思わずにはいられない。

「教室に忘れものしちゃったから、取りに行ってて」
「なるほ」

 彼女の言葉が途中で、途切れる。下駄箱からグランドへ続く道は、部活動の生徒が行き交っているので人が多い。そんな中で小柄な女子生徒がよろよろと歩いていた。スローモーションのように見えた。誰とぶつかったかは分からない。ただ女子生徒の腕の中にあった荷物は無残にも、地面へ転がってしまう。

 そのとき、隣の彼女が飯綱の横から消えた。いや、消えてはいない。そんな錯覚をしてしまうほどのスピードで、女子生徒の元へ駆け寄っていたのだ。幸い女性生徒は怪我もしておらず、荷物を拾った飯綱と彼女に頭を下げて行った。

「名字さんすげぇ早かった」
「え?」
「もう俺が瞬きした瞬間には女の子のとこ居たから、びっくりした」
「たまたま気付いただけだよ」
「名字さん親切だなぁって……あ、名字さん!」
「?」
「くつ!スリッパのまんま!」
「わぁ、ほんとだ。やば、家に帰って洗わないと……」
「名字さんすごいね」
「え?」
「いや、靴履き替えるの忘れて駆け寄るってすごいと思う」
「……だって、飯綱くんが私にしてくれたことだよ」
「え、だって、あのときすっげぇ音したし、困ってるだろうなぁって思ったら、普通だろ?」
「飯綱くんにとっては普通かもしれないけど、私はすっごく嬉しかった。
 高校初日目から最悪!って、もうお先真っ暗だ!ってくらい凹んでたけど、
 飯綱くんが助けてくれてすごい嬉しかったよ。
 だから、私も飯綱くんみたいな、優しい人になりたいなぁって思って……」

 さっきも飯綱くんなら間違いなく飛んで行くだろうなって、そう考えたら靴替えるの忘れちゃった。と言って、照れたよう笑う彼女に、飯綱は心臓を掴まれてしまった。その感情は今までの経験にないもので、心臓がぞわぞわして、落ち着かなくて、でも嬉しくて、そして無性に照れ臭くなった。そして、彼女から目が離せない。頬が熱い。心臓がうるさい。

 自分にとっては普通なことが、誰かにとって特別なこと。自分にとって普通なこと、でも譲れなくて、大事にしていること。その大事にしていることを、同じように大事してくれる人を見つけてしまった。誰にも言えない俺の考えていることや気持ちを、名字さんになら話せるかもしれない。俺の望むようになるかは分からない。それでも、俺は名字さんのことがもっと知りたくて、

「何言ってんだろう。恥ずかしいね、ごめんね、変なこと言って」
「いや、めっちゃ照れるけど。嬉しいよ、ありがとう」
「ううん」

 照れて頬を赤くしながら笑う彼女がとても可愛いくて、もっとその笑顔を見てみたいと思ってしまった。


 後日、飯綱から告白をされて、彼女が卒倒してしまうのは別の話である。



「飯綱の彼女はいいよなぁ」
「なにが?」
「いや、あんなに好き好き〜オーラ出されてみたいなって思って」
「好き好きオーラ」

 飯綱はチームメイトの言葉に、少しだけ引っかかりを覚える。たしかに、自分より彼女の方が愛情表現も豊かだ。でも、俺だって名前のこと好きなのにな。割と飯綱は周りから彼女に想われていいな〜と言われることが多く、その言葉が良い意味だと分かっていても、少し心が痛むのだ。もしかしたら、名前もそう思ってんのかな。俺があんまり名前の好きって思ってるの、伝わってないっていうか、……てか、もしかして、俺足りないのでは?

「つかさくん、今月はいつ空いてるの〜?」
「え?急な練習試合?
 寂しいけど、仕方ないよ〜」
「つかさくん〜付き合って半年たったねぇ〜これからもよろしくねぇ〜」

 思い返せば、俺ってあんまりにも受け身じゃないか?いや、さすがに彼女の誕生日は祝った!……いや、それ普通じゃね?恋人として、普通だろう。傍から見れば、俺の方がドライに見えるかもしれない。けど、本当はそうじゃない。コンビニで彼女の好きなお菓子を見つければ、自然に買ってしまうし。道端で可愛いネコを見つけたら、写真を撮って彼女に報告してしまうし。帰り道に手を繋いで恋人が歩いているのを見てしまえば、途端に右手が寂しくなってポケットに入れてしまうし。

 俺だって、名前のこと好きだよ。でも、名前には伝わっているんだろうか。

 ああ、今すぐ名前に会いたいなぁ。


「つかさくん!」
「うおっ」
「お疲れさま〜」
「名前よく分かったなぁ」
「足音で何となく〜」

 教室に着いて彼女のことを呼ぼうと思ったら、まさか彼女の方から現れるとは。理由を聞くと、まるで熟年のスパイのようなことを言うので、飯綱は少しだけ驚いていた。彼女は特に気にした様子もなく、「つかさくん、帰ろう〜」と手を繋いでくる。飯綱は握る度に、小さいなぁと感じる手を守りたいとも、離したくないとも思っているのだが、中々そんな気持ちは照れ臭くて彼女に伝えられない。


「名前今日どっか寄ってく?」
「う〜ん、特に行きたい所ないかなぁ。つかさくんは?」
「俺?う〜ん」

 校門を出てふたりはのんびりと歩く。夕日が差し込む時間帯だ。今からどこか遊びに行くにしても、少しくらいしか遊べないだろう。彼女を夜遅くまで連れ回すにも行かない。きっと彼女の親が心配してしまうから。飯綱はどうするかぁ〜と考えながら、横の彼女をちらりと見れば、飯綱の視線に気付いた彼女は首を傾げる。一緒に居たい。二人きりがいい。少しでも長く彼女と居たい。飯綱は彼女の顔を見ていたら、自然と湧き上がってくる自分の欲求に恥ずかしくなって、頬を染める。

「え、つ、つかさくん、もしかして」
「えっ、なに」

 バレたのか。彼女は俺のことは何でもお見通しなのだろうか。ハラハラとする飯綱と、もじもじしながら目を伏せる彼女。

「今日、したいの……?」
「え……」
「いや、だから」

 思わずフリーズしてしまった飯綱に、彼女は通じてないのだと勘違いをして、飯綱の制服の袖を引っ張る。それは飯綱と彼女の間、ふたりだけの合図だった。耳かして。飯綱の身体はもう勝手に反応してしまうのだ。彼女にために今まで何度も、耳を寄せてきたから。

「えっち、したいのかなぁって」
「なっ」

 客観的に見ても、飯綱掌は同年代の男子よりも気性は穏やかでしっかりしている。その人柄だからこそ、主将という立場だって周りから求められるし、認められている。だが、飯綱掌も十代後半の年頃なのである。確かに二人は付き合って、しばらく経っている。回数は少ないけれど、互いの身体を繋げる行為はしたことがある。彼女も飯綱掌も人並みの欲求も、興味も抱く。そして、その行為が興味や愛情だけで行っては危ない側面をもっていることも、知っている。

 傍から見れば、子どもなふたり。しかし、子どもほど無知なわけではない。それでも、責任をとれるほど大人でもない。やはり、自分の立場は子どもなのだと、互いに自覚もしている。そんな二人の性格も伴って、あんまり回数は多くなかった。単に、飯綱と時間を共有する機会自体が少ないという理由もあるが。

 飯綱は彼女のまさかの発言に、驚きと興奮が混ざって変な声が出た。うわ、今の反則だろ。飯綱は下半身に右ストレートを決められたような気分だった。
 
「いや、そんな……いや、したくないとかじゃないけど。いや、えっと……、名前とふたりきりになりたいなぁ、とは思ってたけど」
「あっ、ご、ごめん、変な勘違いして、……」
「いや、ほんとしたくないとかじゃないから!」

 飯綱の言葉に顔を真っ赤にして、離れようとする彼女の手を痛くないくらいの力で捕まえながら、飯綱はフォローの言葉をかけて彼女をなだめる。

「……でも、つかさくんがふたりきりになりたいって珍しいね」
「え、そう?」
「うん」

 じゃあ、どこにしようかぁ。と考えている彼女の横顔に、飯綱は人知れず寂しい気持ちになる。ああ、やっぱり、名前に俺の気持ちは伝わってないのか。

「名前」
「うん?」
「俺の家でも、いい?」
「うん、いいよ。お邪魔して大丈夫な日?」
「うん、大丈夫」

 今日はちゃんと名前に俺の気持ちを知って貰おう。





 決して、そのつもりではなかった。いや……、少しあったかも。でも、ちゃんとふたりでゆっくり話して、名前に俺の気持ちを伝えて……と思っていたのに。

 飯綱の部屋に着いて、彼女と完全にふたりきりになった。彼女は鞄を置いて、買ってきたお菓子やジュースをビニール袋から取り出していた。部屋に入った途端何も言わない飯綱を不審に思い、彼女は飯綱の顔を覗き込む。

「つかさくん、どうしたの?今日なんか……」
「名前」
「なぁに、つかさくん」

 俺のことを心配で見上げる目も、掌と呼ぶその唇も、とてつもなく可愛くて、名前が可愛くて、好きで、大事にしたいのに。いざふたりきりになったら、こんな欲望が湧いてきてしまうなんて。名前と一緒に身体を重ねたい、名前に好きって伝えたい。その二つをヤラシイ俺は両立したいと思っている。我慢ができずに、彼女のことを抱き締めれば、急なことにびっくりした彼女は肩を揺らして俺を見上げる。

「ごめん。俺やっぱり、したい」
「え」
「名前としたい。名前は?」
「……うん、私もそろそろしたいと思ってた」
「はあ、名前すっげかわいい。好き」
「え、んうっ」

 彼女と同じ気持ちだと分かれば、飯綱の理性を繋ぎ止めるものはなくなって、思うままに彼女の口付けをして、そのままふたりでベッドへ沈んでいった。



「つ、つかさくん今日なんか激しかったね」
「え、身体大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。ありがとう。でも、どうしたの」
「……名前がかわいいから、だろ」
「!?」



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