タクミ

 古森元也は何事も絶妙なのだ。相手に対して、かける言葉も、とる距離も、全て絶妙なのだ。そんな絶妙な匠の技をもつ恋人をもつ彼女は、古森元也はどうして自分のことが好きなんだろう?とたまに、疑問に思う。自虐というよりは、単純な興味の方が強い。古森は何事も絶妙で、自分本位なところをあまり見せないものだから、余計に彼女はどうして自分が選ばれたのか不思議になる。自分本位でも、相手に尽くすわけでもない。付かず離れず、でも優しくないのかと言われたら、そうでもない。むしろ、人並み以上にやさしく、涙脆い。情に熱いところだって、ある。でも、引き際はちゃんと見定める。

 やっぱり、古森元也は絶妙な男なのである。

「名前お風呂上がったよー」
「はーい。次私入る」

 首にかけたタオルで髪を拭きながらリビングに入ってきた古森は、そのままソファに座る。彼女は着替えをもって、あっと気が付いたことがあった。ぼーっとテレビを見ている古森を驚かせないように、ちょんと古森の肩へ触れる。

「ん?」
「この後ね、元也くんの好きな女優さんでるって」
「え、マジ?」
「うん、さっきCM前に言ってた」
「やったー。名前ありがと」

 古森は嬉しそうに笑うと、振り向いたまま彼女にキスをする。んー、ちゅ。そんな流れのキス。古森は本当に会話の合間に、自然にキスをするのだ。少し触れた唇が離れて、古森は笑っている。かわいい、笑顔だ。

「名前早くお風呂入って来て」
「なんかあったっけ?」
「この番組終わったあとの、映画!最初から一緒に見たいから」
「あー!分かった。入ってくる」
「うん、いってらー」



 映画を一緒に見たいと言ったのは古森である。彼女はソファに押し倒されながら、どうしてこうなった?と首を傾げていた。


 最初は普通に映画を見ていたはずである。お風呂から上がってリビングへ戻れば、古森は彼女に早く早くとソファをぽんぽん叩いた。古森の隣に座れば、髪を拭かれて、そのままドライヤーで粗方乾かしてくれた。
彼女が古森にお礼を言えば、「いいよー」と笑って、またキスをしてきた。もし元也くんがどうぶつの森の住人ならば、語尾の代わりにキスしてきそうだなぁ、と彼女は中々危ないことを考えていた。

「これ映画館で見たかった」
「元也くん忙しかったもんね」
「うん。でっかい画面でポケモンバトル見たかった」
「迫力あったよ」
「名前は見に行けたんだよな」
「うん」
「あ、始まった」

 他愛もない会話をしながら、彼女はぴとっと古森にくっつくようにして、座り直す。古森は甘えてきた彼女の頭を撫でて、そのまま彼女の腰に抱いた。

「元也くん」
「ん?」
「んー?」
「……」

 古森は彼女のおねだりが一瞬分からず、きょとん、とした。でも、すぐに理解して、彼女にキスをした。しっとり触れた唇が離れて、ふたりは映画に集中した。

「ベロリンガ可愛くない」
「ふふ」
「あ、ゼニガメかわいい」
「ね、かわいい」

 映画館で元也くんとデートするのもいいけど。こうやって、二人で感想言いながら、お家で映画見るのも好きだなぁ。彼女は映画に夢中な古森の横顔を、そっと見上げる。元也くんって、人との接し方ももちろんだけど、元也くん自体が絶妙なのかも。だって、可愛らしい顔してるのに、かっこいいときもあるし。元也くんは絶対こう!っていう感じがしない。いや、絶対優しい!って言うのはあるか。元也くんは可愛いくて、かっこよくて、優しくて、背も高くて、スポーツマンで、誰とでも仲良くなれて、……え、元也くんすごい。いや、知ってたけど、分かってたけど、やっぱり、元也くんって魅力的な人だよなぁ。

 今彼女の腰を抱いてる腕だって、たくましくて、そうだ。古森は女心に対してのアップデートも半端がない。

「元也くんどっちが可愛いかなぁ?」
「……え、どっちも同じじゃない?」
「え?こ、こっちはVネックだし、生地が厚いし!で、こっちは襟があって」
「……いや、同じ」
「さ、さいですか」

「名前」
「うん?」
「この服名前に似合いそう」
「ほんと?」
「うん。名前の好みは正直よく分かんないけど、これ着てたら名前可愛いかも〜なら俺でも分かる」
「……元也くんって絶対モテるよね、心配」
「え、ヤキモチ?」
「うん」

 ああ、やっぱり、元也くんって何で私の恋人なんだろう。彼女は古森の胸に頭を預けて、ニヤケそうな口元を必死に保つ。映画に集中しないと。

「エイパムかわいくない」
「あはは」
「名前は好きなポケモンなんだっけ」
「ぶいぜる」
「……俺に似てるから?」
「うん。元也くんは?」
「うーん、ヤドンかなぁ」
「ヤドン」
「名前に似てて可愛いし」
「!」

 一つ訂正をしよう。女心に対してのアップデートはちょっと違うかもしれない。いや、ヤドンも可愛いポケモンだと思う。思うが、少し、ほんの少しだけ、複雑になるのは何故だろうか。彼女が神妙な顔で、ヤドンについて考えていると、ふいに影が差した。顔を上げると、古森がこちらをじーっと見つめていた。彼女はその目付きで、何となく感じとる。そして、自分も、その雰囲気に充てられる感じが、わかる。

「……」
「もとやく」

 今までとは少しだけ、違うキス。静かで、熱っぽいキス。テレビではピカチュウが喋っているのに、何も耳に入ってこない。

「も、もとや、くん」
「んー?」

 ちゅ、ちゅ、と首筋にキスをされて、古森の大きい手がお尻や胸に触れて、じりじりと体勢が崩されていく。

「ぽ、ぽけもんは」
「あー……」

 彼女の言葉に古森は困ったように笑うくせに、彼女をソファに押し倒した。

「したくなっちゃった」
「わ、わお」
「名前は?やだ?」
「やじゃない、です」
「うん、じゃあ、しよ〜。
 ポケモンは配信サイトでまた見ればいいし」
「そうだね」
「うん」
 
 もうするとなれば、したいように流れるだけで。彼女はあっという間に服を流されて、恥ずかしくなって、古森のTシャツを引っ張る。古森も服を脱ぎ捨てて、また彼女に覆いかぶさった。


 彼女は古森の首に腕を回して、深いキスを受け入れる。舌を絡ませている間にも、古森の手は胸に触れて、くにゅくにゅと好きに形を変えて楽しんでいた。指先で反応し始めた胸の先端に触れる。すると、キスをしている彼女が苦しそうにするので、口を離した。

「んっ」
「名前舐めていい?」
「う、ん」

 恥ずかしそうに視線を逸らす彼女の頬を撫でて、古森は「かわいい」と息を吐くように呟いた。その言葉に、彼女の頬は余計に赤くなる。古森は胸の先端にちゅう、と口を寄せて、そのまま吸い付いた。

「んやっ」

 彼女はやわい刺激に、もぞもぞと腰を揺らして、古森の頭を抱き締める。古森は彼女の、その仕草がもっとして欲しいという意味だと知っているので、指先で可愛がっていた方も、口に含んだ。古森の舌が器用に吸ったり、舐めたりして、彼女はすっかり感じてしまっていた。はやく、もっと触って欲しい。古森の手がお腹を撫でて、下着の上からそこを指先でなぞる。しっとりとそこは濡れていた。

「もとや、くん」
「うん、触って欲しい?」

 声も出さずに彼女が小さく頷けば、古森は下着を脱がして、直接触れる。入口辺りを指先でなぞって、そのまま指をぐぐっと入れてきた。彼女は息を吐いて、刺激を受け入れる。元也くん、今日ちょっと早いな。ああ、そう言えば、最近してなかったかも。お互い忙しくて、二人で夜ご飯を食べれればいい方で、その後はすぐに寝てしまうことが殆んどだった。もしかして、ずっと元也くんもしたかったのかなぁ。彼女の中をぐちぐちを広げるように触れて、古森は早くいれたくて堪らなかった。はぁ、名前とイチャイチャするの久しぶり。早く名前ん中いれたい。でも、痛い思いさせたくないしな。

「んっ」
「……」
「名前なに、舐めたいの?」
「う、ん」

 下着越しに分かる古森の熱に、小さな手が触れていた。形をなぞるように触れて、彼女は物欲しそうに古森を見上げる。充分、今のでイキそうなんだけど、俺。

「ごめん。名前また今度舐めて?」
「?」
「俺、もう名前ん中いれたい」
「もとや、くん……ひゃっ、んんっ」

 彼女の中に入っていた古森の長い指がぐちゃぐちゃと掻き回すように、動いて、彼女は早々に達してしまった。

  
「名前いれていい?」
「うん……」

 この質問は何度されても恥ずかしいなぁ。元也くんの気遣いって言うのは分かってるんだけど。古森はゴムをつけて、濡れている場所へ自身の先端を擦り付ける。彼女はもどかしい刺激に腰を揺らして、古森を見上げる。古森は彼女に向かって笑うと、そのままゆっくりと押し入れた。受け入れ慣れた圧迫感に、自分の内側を擦られる行為がとても気持ちが良くて、彼女の口から甘い声がもれる。元也くん、こういうときこそ、キスしてくれればいいのに。

「名前だいじょうぶ?痛くない?」
「ん、きもちい、い」
「へへ、俺も」

 古森は彼女の言葉に、すごく嬉しそうに笑うと、照れながらも自分の本音も口にする。彼女は古森の言葉にも、表情にも、胸がキュンと締め付けられる。本当は気持ちがいい、なんて、恥ずかしくて言えない。ただ過去にぽつり、と古森が言ったのだ。


「名前が嫌がってないことはもちろん分かってるし、知ってるんだけど」
「?」

 ふたりで行為を終えて、裸のままコロコロしているときに古森は珍しく寂しそうだった。彼女は見慣れない古森の表情に、ぴっとりと古森の胸に顔を寄せる。古森は彼女のことを抱き締めながら、じーっと彼女を見つめる。

「なぁに」
「名前は俺とえっちするの好き?気持ちいい?」
「えっ」

 古森は言葉通り、分かっている。ぜんぶ。今こうして、彼女が恥ずかしがって、少しだけ怒っているのも。どうして、そんなこと聞くの。言わなくても、分かるでしょ。彼女に顔にはそう書いてある。分かっているけれど、言葉で聞きたいと思うのは贅沢だろうか。彼女の気持ちを、感じていることを。彼女が恥ずかしがり屋で、特にセックスに関しては、それはもれなく発揮される。

「たまにね、名前の口から聞きたいんだ。思ってること」
「もとや、くん」
「俺は名前とえっちするの好きだし、めっちゃ気持ちいいけど、独りよがりなんじゃないかって、たまに不安になる」
「……そんな、ことない」
 
 彼女が小さな声で否定すれば、古森は苦笑いになった。そんなことを彼女に言わせて、情けなくなって来たのだ。

「うん、分かってるよ。ごめんな、急に変なこと言って」

 古森は彼女の頭を撫でて、キスをしようとした。彼女の指先が、古森の唇に触れる。キスを止められた古森は不思議に思って、彼女を見つめる。顔を真っ赤にした彼女が、足を絡ませながら口を開いた。

「……元也くんとえっちするの、好きだよ」
「名前」
「元也くんが触るところ、気持ちいい。……もとや、くんが、ゆっくり奥して、くれるの、とか、す、すきです」
「……あの、名前」
「はい」
「誘ってるよね、俺のこと」

 小さな手が優しくさっきまで柔らかかったもの触れるものだから、すっかり固くなっていた。

「……うん、誘ってる」
「もーほんと名前可愛いんだから」
「もとや、くん」

 その後、第二ラウンドを行ったのは言うまでもない。



 そんなことがあってからは、彼女はなるべく素直に言葉にする努力を続けている。

「やっ、んっ」

 元也くんって普段かわいい雰囲気醸し出してるくせに、こういうときはかっこいいんだよなぁ。色っぽいというか。彼女は伏せ目がちになって、腰を動かす古森を見上げながらそんなことを思う。古森は彼女の視線にづいて、へらりと笑う。

「んっ、もとや、くんっ」
「名前そんな締め付けないで、俺出ちゃう」
「なっ」

 そういうところ、だ。色っぽいと見せかけて、古森は眉を垂れて笑うのだ。素直にそんな本音を見せられたら、余計に身体は、心は反応してしまう。そして、それが常に古森にバレてしまうのが、悔しくて、恥ずかしい。古森は自分の言葉で、反応する彼女が可愛いくて仕方がなかった。ただ本当に、彼女が古森のものをきゅん、と締め付けてしまう度に、古森は甘い刺激に腰がくだけそうになるのだ。

「名前本当にダメだってば。もっと名前としてたいのに」
「あっ、だめっ」

 古森は情けない顔をしながら、ゆらゆらと腰を動かす。そんなかわいいことを、そんなかわいい顔で言わないでほしい。そんなこと言われたら、悲しいほど元也くんにだけ反応する、この身体は締め付けてしまう。感じちゃダメなのに、そう思えば思うほど、どうして身体は正反対に反応してしまうか。彼女の身体は彼女自身の言う事より、古森の言う事を聞いてしまう身体を恨めしくと思った。

「もとや、くん、もー、言っちゃ、やだ」
「え、なに?」

 古森は「いっちゃやだ」という音でしか捉えられず、腰を止める。俺にイかないで欲しいってこと?それとも、さっきから名前は実はイってて、もうイきたくないってこと?彼女も、古森が動きを止めるので、首を傾げる。もどかしい、もっとして欲しいのに。

「え?」
「え、ごめん。名前なんて、言ったの?」
 
 彼女は予想外の尋問に、一瞬セックスの最中だと忘れてしまった。ぺちぺち。彼女の小さな手が古森の胸板を弱弱しく叩く。どうして自分が叩かれているかは分からないが、自分が彼女を無自覚に辱めてしまったらしい、と理解した古森は彼女の手をとって、ぶらぶらとあやすように揺らした。彼女は何をするんだ、と怒った顔をしていたが、次第におかしくなってきて、笑ってしまった。

「ごめん。俺また名前に恥ずかしいこと言わせちゃった?」
「……言わせたって言うか、言わせようとした」
「え、なんだろう。気になるんだけど」
「言っちゃったら、元也くんすぐ出ちゃうから言わない」
「うわ、ひどいなぁ」

 古森は両手を解いて、彼女の腰を掴む。がっちり、と掴む。彼女はその古森の行動に顔を青くする。彼女はゆっくりされるのが好きだ。気持ちがいいから。

「俺ね、名前が言わなくても分かってるんだよ」
「な、なに」
「名前はゆっくりされるの好きだよね、俺もするの好き。
 けど、激しいの嫌いなわけではないよね?」
「……も、もとや、くん」
「感じ過ぎちゃうから、ゆっくりの方がいいんだもんね」
「まっ、ああっ」
「あとで、ちゃんと教えてね」
「ふっ、もとや、くんっ、のばかぁっ」

 古森は普段とっても優しい。やさしくて、あまくて、忘れそうになるが、古森は負けず嫌いなのだ。古森が強く奥を突く度に、彼女は目がチカチカした。ゆっくりじゃないの、きらい。自分では受け止めれない刺激が怖いし、息だって苦しくて、元也くんも可愛くないし、きらい。古森は自分が悪い顔しているのが分かった。必死に唇を噛んで古森を睨み上げる彼女が可愛いくて、仕方がないのだ。古森は唇を押し付けて、無理やり彼女の唇をこじ開ける。

「あっ、やっ、だ」
「うん」

 古森はそのまま彼女の中に舌を差し込んで、口の中で縮こまっている小さな舌を見つけて、絡ませる。古森が上体を倒した所為で、彼女の中で当たる場所が変わって、余計に感じてしまう。キスをしながらで息が苦しいのに、その間も古森は容赦なく、彼女の中を強く突いて、彼女を追い込む。そして、同時に自分も追い込まれていた。

「やっ、ふぅ、んんっ」
「んっ、名前のかお、とろとろ」
「もう、やだっ、んうっ」

 古森は自分が喋りたいタイミングで唇を離して、また彼女の唇を塞ぐ。濡れた瞳はさっきから古森のことを睨んでいるが、古森は何も怖くない。そんな可愛い顔で睨まれても、怖くない。余計に、興奮してしまうだけだ。

「んっ」
「はっ、やばい、マジで出る」
「もとや、くんっ」
「ん、ちゅーね」

 彼女が腕を伸ばせば、古森は彼女のことを抱き締めながら、身体が求めるままに腰を振る。狭いソファの所為で、ちょっと身体が痛い。彼女は古森の首に腕を回して、舌を絡ませて、もうすぐ、そこまで来ている快感に身を委ねた。

「んっ、あぁっ」
「名前っ」



「名前だいじょうぶ?」
「うん、だいじょうぶ」

 彼女は疲労感でいっぱいの身体を起こして、洗濯して畳んでおいたタオルケットに包まる。ぼーっとしている彼女の頭を撫でて、古森はじーっと彼女を見つめていた。

「元也くん、どうしたの?」
「あのさ」
「はい」
「もう一回したかったり、して」

 伺うようにこちらを見つめる古森はこの上なく可愛いくて、でもタオルケットを掴む彼女の手に重ねられた手は大きくて、熱かった。少しだけ力強く掴まれて、彼女の足の奥が反応する。もうこれ以上ないくらい、ぐちゃぐちゃにされた場所から熱が零れた。 

「す、水分補給してから」
「名前いっぱい声出してたもんね。もってくる」
「もとやくんっ!」
「はは」

 ほら、また絶妙なのだ、この男。優しいだけじゃなくて、少しだけ意地悪で、少女漫画から登場してきたヒーローみたい。

「名前」
「うん、ありが……んぅ」
「んんっ」
「もとやっ」
「ごめん。もう名前の中いれたい」
「あ、まっ……やぁ、ああっ」

 と思っていたら、たまにちょっと強引で、キュンとさせてくるのだ。このあと、彼女が再びタオルケットに包まっている間に、古森はコンビニに彼女の好きなアイスを買いに走りに行く。そして、古森はまた困ったように笑って、「名前が可愛かったからごめん」と可愛らしく謝ってくるのだ。この男、やはり絶妙なのである。



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