「虫良すぎ」
「当然やろ」

 違う言葉で、同じダメージを受けた宮侑は涼しげな顔で自分を攻撃してきたふたりを睨む。角名と治は納得していない侑の様子に、呆れたようにため息をついた。



 名字名前と和解した侑は分かりや過ぎるくらいに、分かりやすかった。治をダシに彼女のクラスに遊びに来たり、彼女とすれ違う度に立ち止まってお喋り、接触回数がアホみたいに多くなっているのだ。明らかな侑の好意に、彼女は心なしか困った顔をしながら受け流している。

「え、試合?」
「そうそう。練習試合なんやけど、場所ここやし」
「そ、そうだなぁ……稲ちゃんに相談して、行けそうだったら行くね」
「ほんま?あと、試合のあ」
「侑ーアランくん呼んどる!」
「ちょお待って」
「侑先輩の呼び出し無視良くないよー」
「名字さん次移動教室やろ?準備した方がええで」
「あ、角名くん治くんありがとう。侑くんも、またね」

 彼女は角名と治に連れられていく侑に向かって手を振る。この流れ何回目だっけ……?彼女が首を傾げていると、不意に稲荷に顔を覗き込まれて、びっくりしてしまった。

「名前ちょっと疲れてる?」
「……顔に出てる?」
「うん、ちょっと」
「う〜ん」

 頬をぐにぐに手のひらで解しながら、彼女はつい苦笑いをしてしまう。侑くん気付いてないといいけど。内心本当にそう思うのに、それと同じくらい少し困惑している自分の本音にも気付いて欲しかった。

「名前今日寄り道して帰ろーよ」
「うん、いいね」

 別に嫌いじゃない。侑くんのこと、嫌いじゃない。ただちょっと、もしかしたらの可能性に、怖がっているだけだ。彼女は稲荷に手を引かれながら、そっと小さくため息をついた。



「名前も大変だね。学校のアイドルに目を付けられたと思ったら、今度は別の意味でまた目を付けられるんだもん」
「……」

 稲荷はポテトを口に放り込んで、気の毒そうに彼女を見つめて笑う。稲荷の言葉に彼女はズズっとマックシェイクを啜りながら、眉を顰めた。稲荷とふたりだと、彼女の表情はとても素直になる。彼女からしたら、笑い事ではないのだ。恐らく多かれ少なかれ、宮侑に好意を持たれているらしい。悪意よりは敵意よりは、好意の方がいいに決まっている。いいに決まってる!けど!彼女はこれでもかと言うほど眉を顰めて、ため息をつく。分かってる、分かってるのだ。侑に悪気なんて、全然ないことくらい。

「でも、……分かるじゃん。あんなに構ったら、周りがどう思うかぐらい、さ……」

 侑を悪く言いたいんじゃない。侑に文句を言いたいんじゃない。少し、少しだけ、弁えて欲しいのだ。勘違いで敵対していた相手と誤解が解けて、和解するのは分かる。でも、まさか周りが見ているだけでも分かるほど、見せつけるように好意を持たれても困るのだ。また周りの目が好奇なものになってしまうものは否めない。一年間とちょっと周りの目に警戒をして、自分を守ってきた彼女がやっと気が抜けると思ったのに、別の意味で気が抜けなくなってしまった。それに、告白されたわけでもないのに、相手に何か言えるわけがない。

「よしよし」
「うーいなちゃん、私どうしたらいいのかなぁ!?」
「まあ、近々なんとかなるでしょ」
「?」
「一応クレームは入れといたからさ」
「え、誰に?」
「んー、関係者?」

 首を傾げる彼女に、稲荷も同じように首を傾げた。え、関係者ってだれ?いなちゃん。



 宮侑はもどかしさを感じていた。フラストレーションが貯まりまくりなのである。最近名字に話しかけると、話しかけようとすると、必ず邪魔が入る。大抵治と角名が連携して、彼女から侑を引き話すのだ。侑が抵抗する間もなく、見事な連携プレイである。偶然にしては回数が多すぎる。今だって彼女と話していたのに、ふたりに引き離されてしまった。先輩に呼び出しなんて言われてない。侑が分かりやすいほど、むっとした顔を作ると、ふたりは疲れたようにため息をつく。おまけに侑をとても可哀想な子を見る目で見てくるではないか。

「侑はさ、配慮が足りないよね」
「どういう意味や」
「そのまんまの意味や。この考えなし」
「なんやと!治もう一回言ってみ!」
「ちょっとここで喧嘩とか止めてよ……侑さ、名字さんと仲良くなりたいのは分かるけど、もうちょっとやり方あるでしょ?」
「はぁ?お喋りせずにどうやって仲良くなればええんや」
「……」
「……」

 侑の言葉に角名と治は目を合わせると、またため息をついた。ダメだ。スタートから違うのだ。何にも分かってない。何にも見えていない。侑は自分のことしか考えていない。彼女のことなんて、全然見ていないし、考えていないのだ。そこが問題とふたりは言いたいのに、今からちゃんと伝えられるか不安になってきた。

「ええか?侑はっきり言うたる」
「……」
「今のお前の行動は名字さんにとってめちゃくちゃ迷惑なんや」
「……は、なんで?」
「なんでって、お前なぁ」
「侑は好きでも嫌いでもない相手に毎日毎日話しかけられたら、どう思う?」
「はぁ?そりゃ、鬱陶しいって思うに決まっ……て」

 角名の言葉に侑は条件反射で答える。そして、何かが引っかかって言葉が詰まってしまった。次の瞬間、侑の顔色が悪くなって、強気だった目付きはどこかに行ってしまった。治はやっと気付いたか、と呆れ気味に侑の頭を小突いた。角名はぽんぽん、と侑の肩を軽くたたく。

「……俺名字さんに嫌われてもた。どないしょう」

 侑の言葉に、角名と治は迷わず口を開く。

「必要以上に絡まない」
「しつこくせぇへん」
「名字さんと喋れんとか……地獄や。最近の俺の楽しみやったのに」
「侑には楽しみでも、名字さんから見れば地獄やったんやから我慢せえ」
「うん、これ以上嫌われたいなら、話しかけに行ってもいいと思うけど」
「……」

 侑はむすっとして、ふたりに背を向ける。しょんぼりと小さくなった背中はとぼとぼと教室へ帰っていく。

「これで落ち着くといいけど」
「まあ、アイツもそこまであほやないから……ここまで言って分からんかったら、もう……打つ手なしや」
「それもそうだね」
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