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 名字名前は自分の爪がきらきらになっていくのをぼーっと見つめていた。頭の中には困った顔をして、優しく自分の手首を捕まえる治でいっぱいだった。

「名前しばらく動かしちゃダメだよ」
「うん」
「トップコートも塗らないと」
「うん」
「……私の話聞いてないよね?」
「うん……ううん!?」

 稲荷は目の前の彼女の態度に、唇を尖らせる。確かに、ネイルをさせてくれと頼んだのは稲荷だが、こんなにも乗り気じゃない様子だともやもやしてしまう。稲荷の機嫌の急行落下を読み取った彼女は慌てて首を横にふって、今日の出来事をこっそりと稲荷に打ち明けた。稲荷は大して驚きもせずに、むしろ呆れているようだった。

「あの双子の行動力には関心するわ」
「え、ええ?」
「少女漫画みたいじゃん。学校のイケメンの双子から狙われるなんて」
「……ええ」
「名前そこまで鈍感じゃないでしょ」
「いや、そういうんじゃなくて、その」

 確かに彼女はそこまで鈍くはない。ただ示されれてるかもしれない好意に素直に飛びつくほど単純でもない。それに、正直今はそういう恋愛ごとにする余裕がなかった。何事もない毎日を楽しめるだけで十分だと思ってしまうのだ。

「厄介ごとに巻き込まれたくない?」
「……」
「図星?」
「う、う〜ん」

 決定的な好意を示されたわけでもないのに、そんな風に捉える早とちりしたくもないし、でもいざ示されたとしても困ってしまう。

「まあ、のんびり構えてればいいんじゃないかなぁ」
「そう思う?」

 稲荷はこれ以上、あの双子に振り回されたくないと適当に頷いた。そもそも、その手の気持ちの変化は大多数の場合、時間が解決してくれるものだ。

「ほら、トップコート塗るよ」
「はい」



 キラキラとしたラメ、鮮やかなシルバーに染まった彼女の爪先に気付いた治は彼女の手首をそっと捕まえていた。たまたま下駄箱で一緒になった二人は治の誘いで、一緒に帰ることになった。じーっと彼女の爪を見つめる治を見上げながら、彼女はぼーっとしてしまう。治くんのもつ雰囲気のせいかな。治くんの周りだけ、時間の流れがゆっくりなんだよなぁ。

「治くん?」
「ん、勝手にごめん。めっちゃ綺麗やなぁって思って」
「いなちゃんが塗ってくれたんだ。いなちゃん器用でね、こういうの得意なの」

 ごめん、と言いつつ手を離さない治の行動に彼女の心臓は早くなる。少女漫画チックな展開だなぁ。でも、治くんというより、男の子に触れられてるから、ドキドキしてるのかも。緊張しているような、冷静なような、微妙な感覚だった。

「確かに、稲荷って器用っぽいわ」
「うん、分かる」
「この色ええなぁ」
「治くんもそう思う?
 いなちゃんにね、ゴールドとシルバーどっちがいいって言われて、シルバーにしてみたの」

 彼女はネイルを褒められたことが嬉しくて、頬を緩ませた。そして、彼女の何気ない言葉に、治は大きく目を見開いた。きっとは彼女はそんなところに意識なんてしてないのだろうけど。治の中では、とても大きな出来事だった。

「……名字さんが選んだ色なんや」
「うん」
「めっちゃかわええわ。名字さんにお似合いや」
「そこまで言われると恥ずかしいよ。ありがとう」

 満面の笑みと言ってもいい治の笑顔に、彼女は照れ臭そうに首をすくめた。

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