「はぁ?角名が気になる?」
「……うん」

 恥かしい表現が許されるならば、頬を染めてこくんと頷いた友人の様子に、稲荷思い切り眉を顰めた。何となく彼女が角名に対して好意的な感情を持つことは予感していた。だが、こんな好意的な感情だとは思ってもいなかったのだ。ふたりがいつもお喋りに来ているカフェで彼女は無駄にストローをくるくると指先で回している。彼女は照れると無駄に指先が動くらしい。彼女が誰かを好きになって、仲良くしたいと思うこと自体に稲荷は反対しない。彼女に友達ができることも、恋人ができることも喜ばしいことだ。だがしかし、相手によっては話が別である。

「……なんで?角名なの?」
「えっ」

 思ってもみない稲荷の言葉に、彼女は動揺を隠せなかった。

 正直、稲荷は彼女の想いが刷り込みかなにかではないか?と疑問に思ってしまっていた。この数週間で彼女の環境は目に見えて、変わっていった。彼女を気にする視線はほぼなくなったし、随分過ごしやすくなった。そのきっかけを間違いなく作ったは角名だ。角名にそんなつもりはなくとも角名のおかげで、学校の中で、教室の中で、彼女の位置は大分変っただろう。まあ、実際に動いたのは宮双子だろうけれど。誰もあの歪な均衡を崩そうとはしなかった。他人事の上に、学校のアイドル的存在が関わっているなら、下手に動かない方がいい。それが渦中にいない人間のだいたいの考えだ。それに、彼女になにか直接的な害を出す生徒もいなかったから余計に誰も動こうとしなかったのだ。

 まあ、角名が動いた本当の理由は興味本位だろう。それが稲荷には透けて見えていた。特別優しくも冷たくもない角名が正義感に燃えて、彼女に近付いたとは思えない。ただの興味本位が結果的に彼女を助けるきっかけになっただけだ。そのことに名前は気付いてる?

「……その、えっと、優しくないとこが、いいなって」
「?」
「上手く言えないんだけど……」

 稲荷の脳内にははてなマークでいっぱいだった。優しくないところが、いい?一般的には逆ではないだろうか。自分がピンチのときに助けられて、好きになるとかなら聞いたことあるが、彼女は特殊な好みをした人間だったろうか?

「違うの。絶対いなちゃんが考えてることじゃないの!」
「え?うん、うん?」
「その角名くんがね、今回のことに首を突っ込んだのって、優しさとか、そういうのじゃなくて、もっと軽い気持ちなのは分かっててね、……」

 彼女の言葉に稲荷はほっとしつつ、意外だなと感じた。名前はどちらかと言うと、マイペースでのんびりしている。そんな彼女でも、ちゃんと他人の本質に気付いているのだなぁと妙に感心するのだ。若干失礼な稲荷の思考には気付かない彼女はもじもじとしながら、角名に好意をもった経緯を喋り続けた。

「でも、その軽い気持ちの割には色々と私のこと気にかけてくれてて」
「……そりゃあ首を突っ込んだのは角名だしね」
「そうなんだけど。でも、スルーすることも出来たでしょ?
 角名くんのちょー優しいわけでもない、優しさがなんか、いいなって」

 角名の何気ない、こちらが気負わなくてもいい気遣いは彼女にとって心地のいいものだった。いい意味で変化する周りの反応に対して、彼女は素直に受け止めることができなかった。無防備にいるとそこを予想もしない言葉や態度が襲ってくる。そのことを変に学んだ彼女は変化に対して、警戒することで自分を守ることが癖になっていた。その自衛に疲れることなく、現在のように雰囲気のいいクラスに馴染めるのは角名のおかげだった。声をかけてくるクラスメイトに戸惑って固まってしまう彼女の傍にふらっと現れて、誰を傷付けるわけでもなく彼女をからかって彼女の素直さを引き出して、和ませてくれた。

「で、その、ね、角名くんってよく見たら、そういうの積極的ではないけど、ちらほら周りのこと気遣ってて、で……」

 彼女は合わせた手のひらで、鼻先を隠す。気恥ずかしさが最大にまで達したらしい。

「そんな角名のやさしーとこを独り占めしたいんだ、名前」
「いや、そこまで言ってない!」
「違うの?」
「……ちがわない、けど」

 可愛らしい雰囲気全開で友達から秘密を告げられた稲荷は、其双子に絡まれる角名が目に浮かんで、知らずと同情してしまっていた。
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