残酷な二進法




次の日、丁は来なかった。


次の日も、そのまた次の日も…






『今日も来なかった。』




丁が来なくなって、一ヶ月近く経った頃

森の妖怪や精霊達がざわつき始めた。



『どうかしたのか?』



木霊に尋ねると、「あのですね」と難しい顔をして話し始めた。



「近くの村で生け贄を出すそうです。本来なら家畜なんですけど水不足で死んでしまったようで、孤児が代わりに生け贄にされたらしく…って時雨様!?」



木霊の話の途中、時雨は走り出した。

泳ぐためにあった尾鰭を人間の足に変え、地を蹴る。



以前、丁は親はいないと話していた。


最後に会ったときの悲しそうな顔が、時雨の頭から離れない。


『丁…っ!』


足に刃が刺さるような痛みが走る。

足を止める訳にはいかない


何度も転び、木々の間を抜け村に着く。










『う、そ…』








時雨の目に映ったのは




装飾を施された祭壇と











そこに横たわる愛しい人の姿。













一歩、また一歩、自然と動く足。





痛みはもう、感じられない。






時雨はその小さな亡骸へたどり着くと


へたりと力無く崩れ落ちた。



『ちょ…う…』



震える手で、やせ細り軽くなってしまった丁を抱きしめる。




その体はやはり冷たかった。



『うぁ、あぁあぁ…っ』






押し寄せる後悔と、大切なものを失った悲しみに涙が溢れる。


そんな哀れな人魚をあざ笑うかのように、空は晴れ渡っていた。






"恋してたんだ 潰れた声枯らして"

"愛してますと叫んだんだ"










『愛してます…丁』





  
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