▼ 残酷な二進法
次の日、丁は来なかった。
次の日も、そのまた次の日も…
『今日も来なかった。』
丁が来なくなって、一ヶ月近く経った頃
森の妖怪や精霊達がざわつき始めた。
『どうかしたのか?』
木霊に尋ねると、「あのですね」と難しい顔をして話し始めた。
「近くの村で生け贄を出すそうです。本来なら家畜なんですけど水不足で死んでしまったようで、孤児が代わりに生け贄にされたらしく…って時雨様!?」
木霊の話の途中、時雨は走り出した。
泳ぐためにあった尾鰭を人間の足に変え、地を蹴る。
以前、丁は親はいないと話していた。
最後に会ったときの悲しそうな顔が、時雨の頭から離れない。
『丁…っ!』
足に刃が刺さるような痛みが走る。
が
足を止める訳にはいかない
何度も転び、木々の間を抜け村に着く。
『う、そ…』
時雨の目に映ったのは
装飾を施された祭壇と
そこに横たわる愛しい人の姿。
一歩、また一歩、自然と動く足。
痛みはもう、感じられない。
時雨はその小さな亡骸へたどり着くと
へたりと力無く崩れ落ちた。
『ちょ…う…』
震える手で、やせ細り軽くなってしまった丁を抱きしめる。
その体はやはり冷たかった。
『うぁ、あぁあぁ…っ』
押し寄せる後悔と、大切なものを失った悲しみに涙が溢れる。
そんな哀れな人魚をあざ笑うかのように、空は晴れ渡っていた。
"恋してたんだ 潰れた声枯らして"
"愛してますと叫んだんだ"
『愛してます…丁』
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