海よりも深い




「最近、あまり雨が降りませんね。」


ふと、丁が呟いた。



月に照らされる川の水は、明らかに以前より浅くなっていた。


日中は水の温度も上がり、時雨もそのことを気にし始めていた。



『あぁ、そうだな。水も温かくなって居心地も悪い。』



鰭で水面を叩きながら愚痴をこぼす。



「温かいのはキライなんですか?」


『うーん。どっちかと言うと、冷たい方が好きかな。丁の方は大丈夫なのか?稲作とか出来ないだろう?』


「そうですね。作物はほとんど、枯れてしまいました。村の人達も頭を抱えていました。」




平然と言ってのける丁に『随分、他人事だな。』と、苦笑を漏らす。



「食事なんて有って無い様なものですし、いずれ雨も降るでしょう。」


『…もしも、雨が降らなかったら、どうするんだ。』



「生け贄などと意味もない神頼みをするでしょうね。」





生け贄とゆう言葉に顔を歪ませる。



『そんな事したって、雨は降らない…。』



ポツリと呟いた声は、夜の闇に消えていった。




††††



「こんばんは。」



『今晩は。』




暗闇の中から現れた丁に声を返す


暗い顔をしているように見えたのは、辺りが暗いからか。



『何かあったか?浮かない顔をしている。』



向かい合う丁に尋ねる。


「いいえ、いつも通りですよ。」


そういった丁は、やはり悲しそうに見えた。




『…ならいいけど。あまり思い詰めるなよ。俺は話しを聞いて上げることしかできないけど。』



「はい。」




苦笑するが、やはり違和感。



「歌、歌ってくれませんか。」



心配をかけまいと、笑ってみせる。


そんな丁を見て安心させるよう、優しく微笑んだ。



『それで丁が笑ってくれるなら。』



すぅっと息を吸い、吐き出す息に声を乗せる。


丁の元気が出るように、明るい歌を。


歌い終えると丁は涙で頬をぬらしていた。



未だ落ちる涙を拭うことをせず

ただ、時雨を見つめていた。



『丁?どうした、どこか痛いのか!?』



あたふたと慌てる時雨に丁は笑った。


「痛くないです。ただ、幸せだなぁと思ったんです。」


涙を拭い、笑う丁。


『涙は悲しいときとか、痛いときに出るんじゃないのか?』


首をひねり、疑問符を浮かべる時雨。



「いいえ。嬉し泣きと言うのもあるんです。」


初めて聞く言葉に『ほぉ』と感嘆の声を上げた。


「時雨さん。」


静かに名前を呼んだ。


『ん?』


視線を丁に移す。

目に映ったのは、真っ直ぐに見つめる黒。









「愛してます。」







風が、水面を揺らし、2人の間を通り過ぎた。









『俺も好きだよ。』








そう静かに告げると、丁はむっとした表情で時雨を見た。





眉間に皺を寄せる丁に、胸が痛んだ。

そして子を諭すような声色で告げた。


『それはできないんだ、丁。俺は人じゃない。お前を不幸にするだけだ。…それにお前ならもっと良い人と出会える。とっても優しい子だから。』


「そんな事…『でも』」


『丁が大人になって、それでも俺を想ってくれてたら…その時は丁の気持ちに応えてやる。』



鰭でビシャっと水を弾き、丁の顔面に水をかけてやる。

「言いましたね。絶対ですよ。忘れたら承知しませんから。」


袖で水を拭き取り、「約束ですよ」と自らの額を時雨の額へコツンと合わせた。


その行為がとても愛おしくて、幸せだとでも言うように瞳を閉じた。








そして壊れる



  
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