▼ 溺れてたの
次の日の夜も人魚は歌った。
前日会った少年を想いながら。
月に、また会いたいと願うかのように。
そんな人魚の想いが伝わったのか
草むらの間から、昨日の少年が姿を見せた。
「綺麗ですね。」
少年は昨日と変わらず話しかける。
『ありがとう。』
少しつり目の少年に言葉を返した。
「いつも此処にくるんですか?」
『いや、いつもはこの先の湖に居る。だから昨日も今日も此処に来たのは気まぐれ。』
へらりと笑って見せると、少年は下を俯き「そうですか…」と淋しそうに呟いた。
「では、名前を教えてください。また気まぐれであえるかもしれません。」
少年の言葉に目を泳がせる。
『時雨…』
「私は丁と言います。…時雨さん、明日も此処に来ますか?」
丁は無表情のまま小首を傾げる。
『…気が向いたらな』
人魚は川へと帰って行った。
††††
それから次の日も、その次の日も
丁は人魚の元へ通った。
歌に導かれるように
『どうして丁は飽きもせず此処に来るんだ?俺が居るかどうかも分からないのに』
川の水を掬い取ると、月光に照らされキラキラ光る雫が尾鰭に落ちる。
「いるかもしれないじゃないですか。少しでも可能性があるなら行ってみる価値は有ると思います。…それに、時雨さんの吟を聞くと元気が出るんです。」
無表情だった顔が少しだけ綻ぶ。
『丁は笑えば子供らしいな』
丁の頬を弄っていると、鬱陶しそうに眉根を寄せた。
そんな丁の様子を見て笑みをこぼした。
『丁、知ってる?』
「?」
キョトンとする丁に悪戯っぽい笑みを見せ
ぐっと顔を近づける
『人魚は人間を食べるんだ。もしかしたらの丁のことも食べちゃうかも』
丁の反応に胸を躍らせる。
「食べませんよ。時雨さんはそんな人じゃないですから。」
予想外の反応に一瞬固まってしまう。
そんな様子に丁は不安になり時雨の顔を覗き込んだ。
すると、何かが外れたように時雨は声を上げ笑い出した。
『ふ…ふふっ………あははははっっ!!!』
お腹を抱え尾鰭で水面をベシベシと叩く。
暫くして落ち着いた時雨に丁は不機嫌な目を向けた。
「何がそんなに可笑しいのか解りません。」
『ふふ…だって普通は、もっと、こう…さ。「たべないでー」とか、怖がるでしょ。…まぁ、丁らしいけどね』
そう言い頭を撫でると、丁は心地良さそうに目を細めた。
人魚にとって、とても幸せな時間 。
▼ ▲