拾舞


「名前……っ」

 どれくらい、彼女を罵った? どれくらい、彼女に敵意の籠った目を向けた? 一体、どれくらい、彼女を傷つけた?
 息を切らして名前の宮を目指して走る采和。だが宮までの距離は全然縮まっていないように感じていた。そしてやっと辿りついた名前の宮へと入れば、そこには名前の使役神である雷蓮と水成が立っていた。

「っ! …アンタ、なにしに来たのよ」
「此処に、俺らの主は、名前はいねぇよ」
「どこに、行ったんだ!」
「…アンタに教えると思う?」

 水成の敵と見定めた瞳が采和を射抜く。采和はその視線に怯むことなく見つめ返す。それを暫く見ていた雷蓮ははあ、と大袈裟に溜息をついた。そして采和に向き直る。だがその視線には敵意が籠ったまま。

「アイツは龍王の加護の元にいる」
「雷蓮!!」
「もう、いいだろ水成。終わったことだ」
「終わった……? どういうことだ」
「…つい先程、眠りについたんだ。…死の眠りにな」
「〜っ!!?」

 采和は雷蓮の言葉に絶句する。どういう事だと訊ねることもできない。雷蓮はそんな采和を見て「案内してやる」と背を向ける。水成はそれに不服そうな表情を見せたが渋々とその後に続く。采和も急いでそのあとに続いた。



***



 采和は緑豊かで水も多い美しい宮へと連れて来られた。その奥へと進めば、水の流れる音が聞こえ小さな滝が虹を作っていた。そしてさらに奥へと進めば、周りを水に囲まれて開いた天井から光が差し込まれ、祭壇の上で眠る者へと光が当たっていた。その者の周りには、使役神たちが頭を垂れていた。

「…名前?」

 その声を聞いた使役神の一人――庵は、ふと顔をあげて声の方へと振り返る。そこには顔から表情を失った采和となんとも言えない表情をしている雷蓮と水成が立っていた。
 庵はスッと立ち上がり、「ここへ」と采和を促す。その言葉を聞いた他の使役神たちは一瞬にして立ち上がり、自らの武器へと手をかける。だがそれを翆輝と庵が止めさせる。采和は重い足取りで名前の側へと近づいた。

「………名前」

 彼女は、穏やかに微笑んだまま眠っていた。采和はその顔を見てぐっと下唇を噛み締めた。

「んで……笑ってんだよ。ふざけんなよ、なんで…泣かないんだよっ」
「…藍」
「辛かったんだろ? 俺が、お前のこと信じきれなくて、いつからか、遠くなって、お前への想いすら分からなくなって!!」

 ぼろ、と采和の瞳から大粒の涙が流れ落ち、その雫は名前の頬へと零れ落ちる。

「ごめんっ…本当に、すまない!!」
「…謝って、許されることじゃねえだろ」

 ぽつり、と呟かれた声は俯いていた翆輝のものだった。翆輝はクソッ、と吐き捨てて頭をガシガシと掻きながら宮の外へと出て行ってしまった。その後を、他の使役神たちも追う。二人きりになった、いや、一人きりになった采和はそっと名前の頬へと手を添える。

「本当に、謝って許されることじゃないよな……。おまえは、本当に愛されていたんだな、名前…お前の使役神たちは良い奴ばかりだよ。なあ、名前」

 返答など帰ってくるはずもないというのに、采和は彼女に話しかける。

「名前、名前、名前呼んでくれよ…もう、名前呼ぶななんて、言わないからさ…なあ」

 またぽろぽろと采和の瞳から涙が流れ落ちて行く。その涙は止まることを知らない。采和はそっと彼女の頭に手を回してぎゅっと自分の肩に顔を埋めさせるように抱きしめた。

「名前、なまえっ…頼むから、なあ、好きだった、愛していたよ。本当に…愛していた。だからもう一度、「采和」って呼んでくれよっ!!」

 そう、返事なんて帰ってくるはずもないんだ。采和はそっと彼女の額に口づける。そして目尻、頬、首…最後に唇へ。そして優しく頭を撫でて彼女をそっと寝かした。その穏やかなままの顔を見て采和は微笑んだ。

『……采和』

 背後から聞こえた名前の声に、采和は急いで振り返る。だが、そこにはなんにもいない。

『采和』

 また背後からの声。振り返れば、そこには穏やかそうに笑う彼女の亡骸しかいない。

「…なまえ」
『悔やまないで…貴方は、どうか、貴方らしくあって。そんな貴方が、私は好きだから』
「…ああ」
『微笑ってくれて、ありがとう…采和。おやすみなさい』
「ああ、おやすみ……おやすみ、名前」

 この罪は永遠に逃れられることのない罪。君は許してくれたわけじゃない。それでもいい。君はきっと笑っていてくれる。笑って、俺たちを見守っていてくれる。なあ、名前。もし生まれ変わったら、今度は一人にしない。

 独奏歌など、させはしない。今度は二人で、二人で――。




110707 完結



あとがき
采和連載【巡る独奏歌】無事終了しました!
七夕である今日に終わらせるつもりは特に無かったんですが…。

主人公は永遠の死の眠りへつきました。采和は間に合うことができませんでした。
それでも彼女は采和が来るのをずっと待っていました。それを知っていた使役神たちは彼女の側にいたんです。
でも使役神たちは采和が来るのを待ち望んではいませんでした。まあ、彼がした仕打ちを許せなかったんですね。
でも最終的に彼らは采和に道を譲りました。自分たちの主が愛していた人ですからね。

【白く紅く】に続いてのハイガクラ連載でしたが、沢山の感想を頂きました。本当に励みになりました。
行き先も決まらずちまちまとやっていた連載に感想が届くとは思ってもみませんでした。
この作品はひとえに皆様の応援のおかげで終わらせることができました。
本当に感謝しています。ありがとうございます。

さて…、ハイガクラ連載は終わってしまいました。でもココで終わらせる私ではありません。

また新連載始まります!(どーん)

今度のはどちらかと言えばギャグVSシリアスとか…でもギャグ要素多めにできればなと。
シリアスばかりだったので、もうガラっと雰囲気変えちゃえって感じです。
では、また次回作でお会いしましょう。本当にご声援ありがとうございました。



110707 完結



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