玖舞


「なにっ!? 平の仙籍を剥奪だと!!?」

 采和は、驚いたように声を張り上げた。それには蒲牢も澄風も返す言葉が見つからずただばつが悪そうに視線を逸らした。采和はどういう事だと憤りを抑えられないまま、バンと力強く机を叩いた。

「龍王は一体、なにを……」

 なにを考えているんだ、と言おうとした時だった。小さな衣擦れの音と共に、使役神を従えた名前が部屋に入ってきたのは。それに采和は顔を益々歪める。名前はそんな事を気にするわけでもなく、颯爽と采和の前に立つ。そして手にしていた書類を采和の机の上に置いた。

「これ、は…」
『平様の処分と、その内容が此方に』
「…嘘だろ」
『では、私はこれで失礼致します』

 書類の内容。それは、宮仕えの女仙たちへの妬みや恨み。八仙を我がものにすべく仙籍を頂く。そして――彼女は四凶・窮奇の部下である、と。何もかも信じられないことばかりが書かれある。
 そして特に「仙人――名前に対する冒涜と罵倒、数々の悪事」。これには采和は絶句し手にした書類を落とした。

「な、んで」
『………お心、お察し致します』

 部屋を出る直前、采和に背を向けたまま、名前はそう口にした。采和はそんな名前をゆっくりと見た。どこか暗く、影を灯した背中。だけどどこか解放されたように明るい。名前はそのまま部屋から出て行く。

「師父! 父に訴えに行きましょう!! これは明らかに偽装以外の何物でもありません!」
「そうです! あの者が何か我が父を誑かすようなことをしたに違いありません!!」

 蒲牢と澄風はそう訴えるが今の采和にはなにも耳に入ることはなかった。ただ力が抜けたように椅子に座り、ただ呆然と書類のただ一か所を眺めていることしか出来ないのだ。

「名前」

 呟いたその名前に、返答などくるはずもない。
 もし、もし平の言っていたことが嘘ならば? 名前はいつもなんて言っていた?

『私は、なにもしていないよ』

 あの言葉が本当ならば? 俺は、一体何をしてきた?

「俺は……」

 なにを、間違えたのだろう。ずっと隣で、傍らで一緒に育ってきた。何一つ変わらず泣いて笑って時には喧嘩して。それだというのにいつから、俺は彼女を裏切るような行為をしてきたのだろう。

『采和』

 いつも向けてくれていた笑みは、二度と手に入るはずもない。俺だけは裏切ってはいけなかった。一番側にいた、近くに居たというのになにも出来なかった。自分はずっと護られていたのだと、彼は気づく。近すぎて、気づけなかった。だけど気づくのが遅すぎた。もう、元には戻れない。

「名前っ…」

 これから、俺は、どう接すればいいのだろう? どうすればいいのだろう?
 謝って、許されることならまだ良かった。だがこれは二人の間を隔てる壁を溝は乗り越えられるものではなかった。

「っ…うああああああああああ!!」

 バンと、痛々しく自分の机を思いきり叩いて、采和は叫び声をあげて机に突っ伏した。それを、蒲牢と澄風はなんとも言えない困惑しきった表情で見ていることしか、出来なかった。



110705



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