ゴールデンウィーク明けの金曜日。初登校ではあるけど、新しい制服に身を包んだ姿を全身鏡に映すとちょっと恥ずかしい。セーラー服というものも初めてだったし、第一灰色だったから似合うかどうかなんて分からなかったし。スカート丈は膝よりちょっと上にしてもらった。あまりにもミニなんて似合わないから紺のワンポイントハイソックスをはいて襟を正してこれでOK。でも氷帝の制服よりも違和感がありすぎてなんかなあ、って思っていたら兄さんに呼ばれた。階段を降りて行けば既に朝食の準備は整っていて、エプロンを身につけた兄さんがお弁当の詰め込みをしていた。

『おはよう』
「おはよ。制服、似合ってる」
『ありがと』

 ちょっと気恥ずかしげに笑って、そのまま席に着く。丁度良くトースターからパンが飛び出て来て、それにブルーベリージャムを塗って行く。塗りながら兄さんの作るお弁当をそろりと覗いてみる。冷凍食品は2品くらいであとは全部手作り。うわあ、私女のくせに料理できないとか本当終わってるよ。とお弁当を見ているとクスクスと頭上から声が聞こえた。顔をあげれば兄さんが口に手を添えて笑っていた。

「なんだ。嫌いなものなんていれてないぞ?」
『それは分かってますー』
「じゃ、俺の料理と自分の腕前を比べたか?」
『うっ………』
「図星か」

 ケラケラと楽しそうに笑う兄さんに「うるさい!」と小さな講義を立てて、パンを頬張る。そんな様子にまだ兄さんは笑っていて、お弁当に蓋をして袋にいれる。そしてエプロンを外して自身も席につき、優雅に朝のモーニングティーに口をつけて目を細める。

「料理ならいつでも教えてやるよ」
『ほんとっ…?』
「ああ…っと、今日から店開けるからな」
『ん。了解です』

 もしゃもしゃとサラダを食べながら何度も頷いて見せれば兄さんは満足そうに笑った。なんか、兄さんが制服きていると制服が兄さんに負けている気がするんだよね。いや、十分似合ってはいるんだけど。

「さて…そろそろ行くか? 職員室に挨拶もあるんだろ?」
『うん。でも兄さんわざわざついてこなくてもいいんだよ?』
「そうか? 名前さえ大丈夫なら、いいんだが」
『大丈夫だよ。これでも挨拶文句ぐらいはちゃんと出来る』
「分かった分かった。じゃあ今日は送るだけにしておく」

 「心配性だなあ」って笑って言えば兄さんは苦笑して「上の連中が怖いのさ」と呟いた。上の連中というのは、長兄の橘と次兄の樒のこと。あの二人の過保護っぷりときたら本当、信じられないくらいに凄いのだ。結婚して子持ちの橘兄さんは子供に対して甘いし、私も末っ子だった為か可愛がられてきた。樒兄さんは、今オカマバーで働いている。これから分かるように彼はオカマで会った時に「樒兄さん」なんて言ったらへそを曲げられる。「樒姉さん」と呼ばなければならない制度が出来たのは古い話である。そんな強烈な兄を上に持つ柊兄さんは苦労しまくりだった。

『兄さん鍵はー?』
「ああ、はい」

 そういって手渡された鍵を見て兄さんの帰りが遅いのかと一瞬考えた。

『あれ、いいの?』
「合鍵だ。作っておいて損はないだろ?」

 「俺だって帰りが遅かったりするかもしれないからな」と兄さんは自転車のハンドルを握る。本当に先を呼んで行動する人だ。この人を敵に回したらかなり厄介なんじゃないかと思う。ああ、戦国時代とかで戦うとしたらの話だけどね。私もスケボーに乗って、学校へと向かう。その後を兄さんがついてくる。凄くいい風が吹いてきて、まるで歓迎されているみたいだ。

『いい風…』
「ああ。………ん? あれは…」

 そういって、兄さんは前行く通行人を見て自転車のスピードを緩めた。それに私も習ってスピードを緩め、前にでた兄さんの後をついていく。その人は兄さんに気づいたみたいで、少しだけ目を見開いたあと小さく手をあげた。そして兄さんがその人の前で自転車を止めた。

「お早う御座います、清正さん」
「ああ、おはよう。朝から会うなんて珍しいな」
「本当ですね。今日はいつもより出勤時間が早いみたいで」
「秀吉様のことがあるからな…」

 そういった清正さんの表情はどこか暗く、落ち込んでいるように見えた。それに兄さんは「最善を尽くして見せます」と真剣な表情を作った。それに清正さんは小さく笑ったあと、漸く私の存在に気づいたみたいで視線が注がれる。

「柊、こいつは…」
「ああ、俺の妹の名前す。名前、こちらは竹松清正さんだ」
『初めまして、兄がいつもお世話になっています』
「…名前?」

 どこか、かすれるような震えるような声で彼は私の名を紡いだ。それに、下げていた頭をあげて彼の表情を伺った。その表情はどこか驚いたようで口元を片手で覆っていた。なにか、驚かれるような事を口にしたつもりはないし、失礼な事を言ったつもりもない。

『あ、の………?』
「っ、ああ、悪い…」
「…何一つ、変わってはいないでしょう?」

 それに、清正さんは「そうだな」と返答して懐かしむような瞳に変わる。幼い頃に一度会ったというだけだが、彼が覚えている?という事は歳の差があるということだろう。それに今の彼の格好はスーツ、なのでまあそういうことだろう。だけど、たった一度した会った事のない相手を覚えているものなのだろうか?

「今、いくつだ?」
『あ、今年14になります』
「14か。俺とは7つ離れているな…にしても、もう10年も前の話になるのか」
『10年…じゃあ、4歳の時に会ったんですね』
「ん? 覚えてないのか? まあ、無理もないな」
『すいません…竹松さん』
「………」
『…あの…?』

 謝ったら黙ってしまった清正さん。なにかいけないこと言った覚えは、ない。

「その、竹松ってのやめろ。清正でいい」
『あ、はい…清正さん』

 初対面で名前を呼ぶのは失礼だと思ったので、苗字で呼んだのが気に食わなかったらしい。名前で呼べば満足したのか小さな笑みを浮かべてくれた。あれ、そういえば今何時だっけ…と腕時計を確認すれば時計の針は8時を差している。確か15分までに職員室に行かなければいけなかった、はず。これは、凄くまずい。

『あの、申し訳ないんですけど…学校が…』
「遅刻、はギリギリだな」
「引き止めてすまないな」
『あ、いえ…ろくな挨拶も出来ず、すいません』
「また機を改めて、お伺いいたします」
「ああ、待っている。二人揃って、秀吉様やおねね様に顔を見せろ。お喜びになるだろうから」

 「じゃあな」と軽く手を振って、清正さんは早足で駅へと向かって行った。その後ろ姿をちゃんと見送ることも出来ずに、私は四天へと急いで向かう。本当なら、兄さんの自転車の荷物置きに乗せて行って貰いたいけど、サツに引きとめられでもしたら大変なので出来ない。なのでこれでもかというくらい、ぶっ飛ばしているのですれ違う人たちの視線が痛いくらいに突き刺さる。気にしないのが一番なのだが、今日という日はどうも周りが気になって仕方ない。学校周辺をうろちょろとまあ、目に見えることのないモノ達がこんなにいるなんて思ってもなかった。これじゃあ、今日は絶対に友達作りにも学校案内にも授業にすら集中できる気がしない。はあ、と一つ大袈裟な溜息をついて私は学校の前で止まった。

「じゃ、頑張れよ」
『うん…それなりにね』

 校門前で別れを告げれば兄さんは私の様子に気づいてか、苦笑を溢す。そして軽く手を振って学校に向き直る。上手くやっていければいいが、とこの先のことを心配しながらも職員室へと向かうのだった。




ALMIGHTY/現連載ホラーの基的なものE



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