――職員室前。
 一呼吸、いや二呼吸ほど置いてから静かに職員室の扉を開けば全視線が注がれる。なんだ、この職員室は。氷帝の職員室なんか一切関心なしで、入って先生のことを呼んでも無視されるのが大多数だというのに。その視線が刺さる中、「失礼します」と中へ一歩踏み入った。

『転校生の名字名前です。あの、担任の先生は…』
「あ、俺や俺」

 そういって彼は小さく手をあげてチョイチョイと此方へ来いということを示してくれた。それに従って奥の方の机へと進んでいく。そして彼の前に立てば、彼は気さくに笑ってくれた。歳の頃は、30代後半に入った頃だろうか。

「初めましてやな、名字。俺は2年7組の担任、土御門継。これからよろしゅうな!」
『あ、はい。よろしくお願いします』

 ぺこり、とお辞儀をすれば「ええからええから頭上げぇや」と若干笑い声が入ったお咎めが降ってきた。頭をあげれば彼は少し気難しそうな顔で腕を組んでいる。

「なんや、えらい真面目な子を持つことになりそうやなあ…」
『ええ? 先生のクラスに真面目なのはいないんですか?』
「せやなあ、あんまおらへんな。でも、皆気さくでええ奴らやで。まあ、個性的すぎるっちゅーんが残念や」
『それは、先生の人柄があってのことでは?』
「おっ。褒め上手やなあ、名前は。あ、名前って呼ばせて貰うで。苗字とか堅苦しゅうてかなわん」

 そういって大袈裟に肩をすくめてみせる先生に、私は思わず吹き出してしまった。そうすると、先生は驚いたように目を丸めたけどやがて表情を緩めて「笑ってた方がええで」と頭をぽんぽんと撫でてくれた。だが、瞬時に顔色を変えて「しまった…」と呟いた。

「こないなことするから、セクハラや言われんねん…」
『…これだけで、セクハラになるんですか?』
「最近の奴らはすぐ親にチクる。おかげでモンスターペアレントたちから電話がかかってくるのはしょっちゅうや!」

 ああ、先生も大変だな…と思う。最近はどこもかしこも馬鹿な子供と過保護で更に大馬鹿な親が頻繁。そんなのがいるから日本は乱れるとか日本の未来はないとか思う人が増えて来ているんじゃないかと私もつくづく思う。思う事は自由で口に出すなんてのはもっての外だが。まあ、その話は置いておこう。
 先生はよっこらせと立ち上がって「じゃ、行くか」と出席簿を肩に乗せるようにした。それに私は大きく頷いて見せる。そして先生の後ろをついていく間、先生はずっと喋りっ放しだった。きっと生徒達から好かれる先生だろうな、と教室につくまでに何度も思った。教室の前につけば、先生は「ちょっと待っとき」と行って教室の中に入って行った。大体中の声は外に筒抜けだ。

「さー、お前ら静かにしいやー。HR始めるでー」
「せんせー。今日転校生来たってほんまー?」
「どこ!? どこのクラスにいったん!?」
「どーどー。落ち着きぃや。皆喜べ…なんとウチのクラスや!」

 継先生がそういうと、どっと教室は沸き上がる。先生は先生じゃなくてパフォーマーとかでもいいんじゃないだろうか。きっとムードメーカーなんだろう。

「ええか、お前ら。虐めたり省いたりなんかするんやないで」
「せぇへんせぇへん。せやからはよう転校生見せてや!」
「分かった分かった。じゃ、名前。入ってきてええでー」

 そのフレンドリーすぎる継先生の声に小さく笑って私は教室の扉に手をかけた。…あれ、開かない?おっかしいな。なんで開かないんだろう。そう思って思いっきり扉を開いたら、目の前には継先生が「あ、バレた?」と大袈裟な表情で焦りを示していた。まったく、と思いながら「先生酷いです」と笑いながら言えば彼も笑い返してくれた。そして教卓の隣に立たされる。クラスメイト、になる人達の視線が一斉に注がれて、ちょっと怖いというか威圧感が半端ない。

『初めまして。東京から来ました名字名前です。はやく皆と仲良くなれたらいいなと思ってます。よろしくお願いしますっ』

 ぺこり、とお辞儀をすればちょっとした拍手が起こった。それに急いで顔をあげれば、皆ちょっと照れくさそうに笑って、でもワクワクしている表情を見せていた。それに私も笑って先生とアイコンタクトを交わす。先生は小さく頷いて「じゃあ席はー」とぐるっと教室を見渡せば、一人手を上げている生徒がいた。先生はそれを見て一度目を丸くしたがやがて笑って「光」と口にした。それにはクラス全員も驚いて彼の方を見た。

「先生、俺の隣空いてますけど」
「や、珍しいな。お前が積極的とか。なんや、転校生に惚れてもうたんか?」
「それ、俺の知り合いなんすわ。丁度ええ思うて」
「お、そうなん?」
『あ、ええ…一応そうです』

 それにはちょっとクラス全員が驚いたようで私と財前君に痛い視線が注がれる。ああ、なんてことだ。初日早々やっちまったなんてなりたくないのに。それに彼、先程から女子からの視線が半端ないほど行っているのに。でもそれすら無視してしまう彼はある意味最強の存在なのではないだろうか。

「じゃ、席つきぃや」
『あ、はい』

 机の間を通り過ぎる間は、沢山の視線が間近から注がれるので痛いどころじゃなく恥ずかしい。やや速足で机に辿りつけば財前君が小さく鼻で笑った。それには何とも言えなかったが、椅子に座り誰にも気づかれないようにそっと溜息をついた。これからの生活が波乱万丈にならないことを祈って…。





「ねぇ名字さん! 名字さんって前の学校では何部だったん?」
「それより、学校案内はまだやろ? 一緒に行かへん?」
「っていうか、財前君とはどないな関係なん!?」
「あ、それは俺も気になっとったわ! もしかして恋人同士!?」

 どうしてこうも転校先というのはしつこく聞きたがるのだろうか。まあ、仲良くなる為には色々知りたいんだろう。だけどあまりにプライベートな事とか、自分でも知らない事をこう軽々しく口にされるとね。内心で溜息をついて表面では苦笑して見せた。

『えっと、前の学校では文芸部に。財前君とは恋人なんかじゃないよ。私の兄と財前君のお兄さんが知り合いなの』
「へぇ〜、せやったんか。てっきり俺は恋人かと…」
「嫌やなあ、財前君が特定の女の子と話している所なんて見た事無いやん」
「そうやそうや! 大体あんたはそういうこと聞くからモテへんねん」
「なんやて〜!?」

 先生の言った通り、このクラスはとても真面目っ子なんかいやしなさそうだ。ギャーギャー騒いでいるのが当たり前って感じ。現に、昼休みに入った今でさえも、お弁当にあまり手をつけることが出来ずに質問攻めにあっているのだから。

『あっははは。そういえば、この学校って文武両道で運動部にも文化部にも所属しないといけないんだってね』
「うん、そうやで。どっちをメインにするかは自分次第やけどな」
『どうしようかなあ………』
「迷って当然やねぇ。そういえば、最近新しい文化部が出来たんよ」
「でもそれってあまり活動してへんし、完全に幽霊部やん」
「ナイス掛け合わせや」
「ボケてへんって」
『…? もしかして、それってオカルト研究会みたいな?』
「名字さんに通じたんは驚きやな。そや、確かにそんな名前で活動している怪しげな部活やな」

 へぇ、面白そう。と思ったけれど口には出さなかった。この様子を見ている限り、皆不審がっている。それもそうだろう。そういうオカルト集団みたいなのは怪しがられて当然、そしてちょっとだけ興味を示したりする奴がいる。興味本位で首突っ込んでろくでもない目にあった、っていう奴は多々いる(兄談)。どうしてそんな馬鹿なことを、とは思うけど人間こういうこと好きだから仕方ない。

『ふぅん…。活動場所とかも怪しかったりして。理科室とか』
「あははっ。そんな場所よりもっと雰囲気あるで」
「せやなあ。今は使われてない視聴覚室やから。あそこいつも真っ暗でマジででそうやわ」
『はははっ…』

 これには流石に苦笑いしかできない。だって、この学校いるんだから。というか、彼の後ろにどーんと髪の長い女の人が立ってこっちを見ている。さっきから半端なく視線を感じると思ったら、それを始めとして天井と後ろにいるみたい。これは困ったけど、皆のいる前で祓うなんてことはできない。すると目の前の人垣が崩れた。顔を上げて見ると、見知った顔。

「名字、ちょっとええか」
『…! うん、構わないよ』

 タイミング良く財前君がきてくれて、ちょっとほっとしたのもつかの間、彼はさっさと歩いて行ってしまった。それに私は急いで立ち上がってその後を追った。



■  □  ■




『財前君。どこまで行くつもり? 授業始まるよ』
「まだ5分も時間があるわ。…この辺りでええな」

 そういって人気のないところに財前君は立ち止まると「切」と式鬼の名を口にする。すると彼の影がにゅっと盛り上がり式鬼である切が姿を現した。彼はいつも通り涼しげに瞳を細めて、そして私をじっと見つめてくる。

「この前と随分雰囲気が違うな」
『ははっ…制服だからじゃないかな? それに作り笑い浮かべるのに大変だったから』
「うちのクラスは騒がしいのが多いねん。これからはもっとしんどくなるで」
『覚悟しておく。それで、一体何の用?』
「…ここまでの様子を見て、どうやった」
『ああ……まだ何とも言えない。だけど、』

 そういって指を鳴らせば掌から鋭く尖った扇の骨が生まれ、それを躊躇う事無く天井へと投げつけた。すると天井からは普通の人には聞こえない絶叫が響き渡りやがて天井の黒いしみは消えた。それにはあ、と大袈裟に溜息をついて落ちてきた扇の骨を受け止める。

『どーしてこんな真昼間からうじゃうじゃといるのか、堪ったもんじゃないね』
「ここ1ヶ月はずっとこうや。どうにも収まる気配はあらへんし」
『…やっぱ、呪詛の関係か』
「呪詛だと?」
『ん、ちょっとね。しかし、1ヶ月でこれほどとは、余程の恨みだな』
「…はよ、消し去ってくれ」

 ぽつり、と呟かれた彼の声に反射的に反応して彼を凝視してしまう。それに彼は小さく「頼む」と言葉を添えた。どういうことだ、と式鬼神である切の方を見れば彼は首を横に振る。

「この瘴気の所為で、こいつの属するテニス部の一員達はおかしくなった。まともに練習もせず、これじゃ全国も到底狙えない」
「っ…! 全国には必ず行くいうたんや!!」

 静かな廊下には、彼の怒鳴り声が響き渡った。

「部長は、皆を連れて必ず全国行くって…優勝するいうたんや。あの人は、嘘つくような人やあらへんっ…」
『財前君…』

 私にかけられる言葉など、ない。彼と彼の所属するテニス部の一員の仲は話を聞けばすぐ分かるほど信頼関係を築き上げている。そんな彼に、むやみやたらと慰めの言葉などかけることは出来ない。だから。

『なら、アンタの覚悟を見せてよ』
「…覚悟?」
『アンタは仲間助けたいんでしょ。なら、自分でなんとかしようとしなさいよ。私に頼っても大丈夫って思ってないでしょ? まだ不審がっているでしょ? そんなら、アンタが自分で動いて助けようとする覚悟を見せろよ』
「っ…」(財前)
『勿論、アンタ一人でとは言わない。私もちゃんと協力する。この前頼まれたしね。だから、この世界に、幽世に足を踏み入れなさい』
「…光」
「俺は…」
『幽世の世界は危険が溢れている。だけど、アンタは自分の力の使い方も分からずに生きていくわけにはいかない人だ。その人達を助ける為には絶対この世界で戦うことになる…アンタは、その覚悟があるか』
「ある」

 意志の籠った瞳だった。揺らぐことのない魂を宿した、瞳。この歳でこの決断とは…彼はかなり凄い。

「あの人達と一緒に、全国に行けるなら、俺は危険を冒したってええわ」
『…うん、分かった。君の覚悟をちゃんと受け止める。幽世へは、機会を見てすぐにでも』
「ああ…頼む」
『うん』

 こうして彼は、こちらの世界へと足を踏み入れることとなる。これからどんな火の粉がその身に降りかかることになるかも、まだ知らずに。それでも彼の選んだ道を私が邪魔する理由はない。私は自分より背の高い彼の背を軽く叩いて教室へと戻った。




ALMIGHTY/現連載ホラーの基的なものF



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