そして翌日。いつも通り朝会を終えた名前は風香と共に友梨に呼び出された。


『友梨、どこいくの?』
「ん、修練場」


 それだけ告げて足早に進む友梨に名前は嫌な予感がしてそっと嘆息をこぼした。友梨のいう修練場はヴィエーディマ騎士団の修練場ではない。彼女の足が向かう先はそれとは正反対の――皇国騎士団の修練場だ。各騎士団ごとに修練場があり月に何度か騎士団同士の手合せが行われ、今日は蒼竜騎士団と天馬騎士団の第一から第五分隊が手合せをするらしいと風香が朝会前に言っていた。と、そこで名前は気づく。


『(…ん? あれ、もしかしてこれ…)友梨、殴り込み?』
「ああ、よく分かったな。若の顔ぶん殴りに行く」
(うっわあ……日吉不憫…)
「まっじで!?ちょー楽しそうじゃん!ボッコボコのズッタズタにしまくっちゃうね!ねっ、名前!」
『馬鹿風香。使い物にならなくなったら、黒薔薇コッチに余波がくるからやめろ』


 風香の馬鹿力では修練場の一部損壊もいいところだ。その予算を黒薔薇から下ろさなければならないのだから、特にこの二人は経費のことも考えて行動してほしい。名前の気は重くなるばかりだが、そうこうしている間に蒼竜騎士団の修練場へと到着してしまった。
三組ごとに手合せが行われているらしく、二つの騎士団の人間が一様に集まっているのだから相当な人数が場を取り囲んでいる。その中を堂々と歩んでいく友梨とそのあとに続く風香に、名前は気後れながらも渋々続く。男の視線に晒されるのは苦手だ。特に獰猛とさえ思う騎士団の目は名前にとっては恐怖以外のなにものでもない。

 友梨達の存在に気づいた騎士団の青年達はざわざわと騒ぎ立てるが、それも友梨の前に立ちはだかった青年によって止む。
 彼の胸元に輝くのは正面を向く馬と翼、そして翼に使われる白い石、纏う騎士服の裏地は秘色。つまり天馬騎士団所属を示していた。その澄んだ空の色を映した瞳と友梨の濃藍色の瞳が交わる。


「…何用だ。今は生憎お前達に構っていられない」
「誰が構えっつったよ、一。あの冷徹非情野郎だせや」
「…日吉副団長なら、今日は執務室だ。此処にはおられない」


 名前も何度か見たことのあるハジメと呼ばれた青年は、なにやら親しげに友梨と話すが彼の方は突然の来訪者を快く思っていないのは丸見えだ。友梨は日吉がこの場にいないと分かるとすぐに踵を返した。


「ああ、ご丁寧にどーも。風香、名前行くぞ」
「待て、友梨。貴様を行かせるわけにはいかない。貴様の下らない事情に日吉副団長は付き合っている暇などない」
「…てめぇの意見は聞いちゃいねぇよ。それともなんだ、お前が遊んでくれんのか齋藤一殿?」


 苛烈で好戦的な光をその目に輝かせた友梨に、斎藤もまた苛烈な炎をその目に宿すと手にしていた木剣を彼女の喉元に突きつけた。友梨は愉しげに喉を鳴らすと腰に差していた獲物を名前に手渡してばきぼきと指を鳴らした。


「久しぶりじゃん?一君が手合せしてくれるなんてさぁ」
「…いらぬ騒ぎを起こす害虫の駆除だ」
「言ってくれるねぇ、天馬の第三隊長、さんっ!!」


 突きつけられた木剣の軌道を逸らして瞬時に齋藤の懐へと入った友梨はその拳を彼の腹部へと叩き入れるが、寸でのところで後ろへ飛び退いた齋藤は脇腹を掠めたくらいで平然としている。二人の醸し出す戦闘オーラの中に入っていく勇者はおらず、代わりに風香が「ずるーいっ!」と声をあげた。


「友梨ったらいっつも最初に一番強い相手取っていくんだから!!うちも強いのとやりたい!!」


 そういうと名前の制止の声も聞かずに手合せしていた三組に、問答無用で風香は突っ込んでいく。好戦的な二人に頭を抱える名前は乱戦を巻き起こす風香と一対一の手合せもとい死闘を繰り広げる友梨に大きな溜息をはいた。
 そんな名前の周囲もいつの間にか警戒心と好奇心の目を彼女に向け、手にする獲物を彼女へと向けていた。それにやれやれと名前は嘆息すると友梨と自身の刀剣を安全な位置に置き、修練場全体に結界を張り巡らせると彼等へと向き直った。その灰銀の瞳の奥に、獣を見え隠れさせて。


『売られた喧嘩は買ったげるから、掛かってきなよ』



***




 ――蒼竜騎士団執務室。日吉若は長期任務につき不在の団長に変わり、彼の仕事を淡々とこなしていた。元より書類仕事は得意の方な日吉としてはここ最近休む機会がなかったためにとても有難いことで、鍛錬は有能な先輩と部下達に任せるだけだ。だが本日の業務を始めて一時間も経たずに、その作業はバタバタと忙しなく駆けてきた足音によって中断させられた。


「失礼します、副隊長!!」
「今日は何だ」


 乱暴に執務室の扉を開き息を切らして入ってきた団員に、険しい表情ではやく用件を言えと急かす。こうも急いで駆け込んでくるときは大抵嫌なことしかない――主にヴィエーディマ騎士団絡みの。だからこそ一刻も早くその対処をしてしまいたいと、さっさと内容を教えろと目で訴えれば団員は息も絶え絶えに報告を口にした。


「申し上げます!修練場にて、ヴィエーディマ騎士団の隊長各三名と蒼竜・天馬の両団員が交戦中です!」
「……それで、」
「はっ、日吉第一分隊副隊長を出せとのことで…」
「あんの阿呆は何考えてやがる…!!」


 盛大な舌打ちをした日吉は足早に団員の横を通り過ぎると修練場へと向かう。慌ててその後を団員が追ってくるが、彼にとっては足手まといにしかならない。そして若干頭に血が上っている日吉を下手に刺激しない方がいいことは、誰が見てもわかることで距離を置いて団員はその後に続いている。
 ずどぉぉおんという破壊音が耳に届いたところで、日吉は修練場へと駆けだした。ここまで派手にやるということは、間違いなくその場に風夏がいると確信し、幾ら修理費を請求してやろうかと苛立ちながらも考える。彼は修練場へと辿りつけば、そこはもう死体の――正式には死んでいないが、倒れ果てた騎士団員達が積み重なる――山が築き上げられていた。
 思わず顔を引き攣らせた日吉は視界の隅によく見知った顔を捉えて、そちらへと顔を向けるとすうっと息を吸い込んで怒鳴り声をあげた。


「風香!!お前らいったい何してんだ!!」
「んあっ?お、若ぴーだ〜!やっほー、元気ー?」


 交戦中にも関わらず可憐な笑顔を浮かべてぶんぶんと手を振ってくる風香に、彼の額の青筋がぴきりと浮かび上がる。彼女に話しかけた自分が馬鹿だった、こいつは昔からマイペースで人の話を聴かなかったと日吉は元凶を探すが、『下がって!』と飛んできた人影に一瞬目を奪われる。が、目前まで迫っていたそれに咄嗟の判断で飛び退くと、一寸遅れて先ほどまで日吉が立っていた位置に彼女が足をつけていた。彼は話の分かる相手だと分かった瞬間、彼女の名を呼んだ。「名前!」


『あ、日吉。遅かったね、あと婚約おめでとう。いま残っているのって隊長格?』
「じゃなきゃお前らとまともに渡り合えないだろ!というかお前らなんで此処にいる!?用件はなんだ!!」
『ああ、うん。婚約の件でちょっとね。おっと』


 飛んできたダガーを全て木剣で薙ぎ払った名前は、相手に風の魔法をぶっ放して険しい顔つきの日吉へと視線だけを向けた。


『友梨、婚約に反対みたいで、日吉のことぶん殴りたいんだってさ』
「思いっきり私情じゃねえか…!なんで止めなかった!」
『え、それ本気で言ってるの?一度決めたら覆さない友梨を引き止めるとか至難の業でしょ。ましてや頭に血が上ってるんじゃ尚更ね。自殺行為もいいところ、幼馴染の貴方が一番分かっている筈でしょ』


 思いのほか至極まともな正論を返され、日吉は怒りにその拳を震わせながらも押し黙る。名前はやれやれと嘆息すると、木剣をひと振りして背後から襲い掛かってきたそれの鼻頭をぶっ叩く。本当に容赦がないなと思いながら彼は深い溜息をはいて彼女に尋ねる。「あいつはどこだ」


『友梨なら、あっちでハジメさんて人とずっとり合ってるよ』
「…わかった」
『…私は別に麗との婚約は反対しないし、相手が貴方だからいいと思ってるよ。今まで恋人も作らずに男侍らせてたのが落ち着くと思えば、幼馴染としても気が楽だしね。だから麗のこと幸せにしてあげてね』
「………ああ」


 若干の間が空いたのは照れ隠しだろうと名前は思った。その耳が紅潮しているものだから、昨日の麗を思い出して笑えてくる。


『ていうかいつから麗と付き合っていたの?それとも段階すっ飛ばしていきなり婚約申し込んだの?』
「五月蝿い黙れ詮索するな」


 ぴしゃりと言い放った日吉は逃げるように背を向けると、一目散に友梨の元へと駆けていった。その姿を見送った名前は難儀な人だなあと笑って、しつこい追撃を避けるように木剣を握り直した。



お年頃な魔女たちの恋愛模様A



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