あの日から、私の立つ位置は決まっていたのかもしれない。















 今日は酷く気分が乗らない。そりゃ、めでたい日ではあるけれど、緊張感の方が大きすぎて嬉しさはどこかへ消えてしまった。多分、もうすぐ来る時間帯だろうなと腕時計で時間を確認すれば、窓の外から私の名を呼ぶ声が聞こえた。
 それに小さく笑い、階段を急いで降りて、ピカピカの一度も履いていないローファーに足を入れて玄関の扉を開けた。そこには変わらぬ笑みを浮かべて「おはよ」と手を挙げる心友の姿があった。

『おはよ、友梨。ルカは一緒じゃないんだ?』
「それがさ、楓にメールしても電話しても通じないし、一応家にも行ったんだけど、おばさんが「先行ってて」って言うから、もういいかなって」
『入学式の日に遅刻なんて、洒落になんないねぇ…』

 私の引き攣った表情に、友梨は苦笑して「いこっか」と促した。私、名字名前は今日から高校生活に幕を開ける。幼馴染の賀茂友梨とお寝坊の流川楓と共に。



■  □  ■




 私達の通うことになる高校は、午後からの入学式で掲示板に張り出されたクラスには、人だかりができていた。その人の波をかき分けて、2人で掲示板に張り出された自分のクラスと名前が確認できる位置までくれば、友梨が「あ」、と声を漏らして指を差した。

「うちら、10組だって」
『3組が良かった…』
「あたしも7組が良かったよ。好きな数字のクラスになるわけないかー」
『ルカも一緒とは…初めてじゃない? 3人クラスが一緒になるのって』

 小学校、中学校は3人とも一緒だったが3人揃って同じクラスだったことは一度だってない。全員別々、もしくは2人と1人というように別れていた。

『波乱万丈な高校生活だったりして』
「この先不安になるようなこと今言っちゃう?」
『言っちゃう言っちゃう。だってルカと同じクラスだと、ロクなこと起きなかった』

 その言葉に友梨は苦笑いを浮かべた。これは本当に事実で、ルカと一緒にクラスになるとその1年は必ず不幸に見舞われた。ある時は1年中怪我が絶えなかったり、ある時は1年中泣きごとに追われたりと、私の中でルカは疫病神に近い存在になっている。

『でも、友梨がいるから、大丈夫かな』

 一方の友梨と同じクラスだと幸運三昧で、1年中テストで上位だったり、良い友達に恵まれたり、掛かってきた不良ども、あれ、暴走族だったっけ? まあ、そいつらをかすり傷一つでコテンパンにやっつけたことだったりといい事ばかりだった。

『疫病神と、幸運の女神、どっちが勝つのかな』
「さあ、どちらでしょう?」

 そう愉しそうに返してきた友梨に、私も自然と顔が綻ぶ。周りを見てみると、んー、真面目っぽそうなの多いなあ、というのが第一印象かな。

『というか、ルカは……』
「まだ来ない、ね。折角名前が新入生代表の言葉をいうのに」
『折角って、私嫌なんだよ、舞台の上に立つの。親だってみてるし』

 はあ、と大きな溜息一つついてみる。そう、さっき友梨が言った通り、今日の入学式の新入生代表の言葉を私がいうのだ。私より頭よさそうなのなんて、そこらにゴロゴロいると思うんだけどねぇ…ってこれ、厭味にしか聞こえないか。でも、入試発表の時に此処の教師に言われた時は驚いたよ。友梨が後ろでにやにやしてたのもね。

「まぁまぁ、そう言わずに。これって結構大きなチャンスかもよ?」
『なんの』
「一つしかないだろー」

 にやにやと笑う友梨の思惑なんて、手に取るようにわかる。

『…やだよ。目立つのなんて』
「そういうなって。…いい加減、諦めたら?」
『もう、諦めてるよ』
「…名前。一方的な片思いは、つらいだけだよ」

 それに素気なく、分かってると返せばその感情の籠もらない声に友梨は困ったような表情になった。分かってる、分かってるんだよ、だから、もう諦めたっていったんだよ。中学1年の時の、片思いなんてね。私が彼に惚れただけで、彼は私の名前も、学校も、存在すら知らないんだからさ。

「ごめん…なんか、余計なこと言った」
『…ううん。こっちこそ、ごめんね。でも、諦めたのは、本当だから』
「そう…じゃあ、」
『じゃあ…?』
「…なんでもない」

 言葉を濁した友梨に違和感を覚えるものの、よくあること、と切り捨てた。今日から始まる高校生活。背中を押すような風に、伸ばし始めた髪が遊んだ。すると、ふと自分に影が落ちたことに気づき、視線をあげればそこには遅刻魔が立っていた。勿論、不機嫌丸出しに。

『ルカ』
「楓」
「………」

 その物言いたげな視線に、私と友梨は顔を見合わせて呆れた笑いを浮かべた。

『ルカが悪いんだよ』
「なんどメールしても電話しても、返さないんだからさ」
「別に怒ってねー」
『「その言い方が怒ってるように聞こえんの」』

 幼馴染2人にそう責められては一溜まりもないのか、ふい、と視線を逸らしたルカに私は呆れた笑いを浮かべたままで、友梨は仕方ないなと笑っている。

「名前ちゃん、友梨ちゃん」
「おばさん」

 後ろに私と友梨の両親を引きつれてやってきたのはルカのお母さんだ。ご近所、というかルカ、友梨、私の順番で家が並んでいるから仲が良いったら。

「またこれから宜しくね、うちのバカ息子ったら今日もバスケして遅刻しそうになったんだもの」
「ああ、通りで」
「流石、楓だな。でも名前の代表の言葉はちゃんと聞いて貰わないと」
「…わかってる」

 相も変わらず気だるそうに返事をしたルカに私は「あーあ、真面目に言葉なんて言う気になれない。どうせルカ寝るんでしょ」と不機嫌そうに言ってみれば、友梨がそれに乗って「楓の所為で名前拗ねたじゃん」と笑う。

「…寝なきゃいいんだろ」
『これまた、…頭に来る言葉を言ってくれるね』
「あー、入学早々、騒動起こさないでくれると助かるんだけどな」

 起こすのコイツ、と指させばルカも此方を指さしていた。それに友梨は吹き出して、私達の手を取ると「行こう」と教室へと引っ張って行った。



ようこそ舞台へ

(春風の吹く季節となりました今日、――)
(ふ……)
(楓、寝てんじゃん。名前怒るぞー)


***
120702

卑屈悲観的ヒロインが想いを捨てきれない@



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