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『彼の国は、神話なき国』
凛としたそれでもって美しい歌声が部屋中に響き渡る。
『神に代わりて偉人が国を創り上げ、支えられたと伝承される』
ゆっくりと紡ぎだす声は芯があってとても聞きやすい。だが、少し儚げでもある。
『神々は正史から追われて姿を消散させた――消えた神は、今いずこ?』
「師父!」
大きな声をあげて、思いきり扉が開かれれば中にいた少女は目を丸くする。そして入ってきた金髪の使役神を見て小さく笑った。
『っ…吃驚したあ。なに、どうしたの雷蓮。
厠?』
「ばっ、んなわけねぇだろ阿呆!
つか、現代的にトイレって言えよ」
『だろうね…んで、本来の用は、なに?』
「一葉が帰ってきたんだとさ」
答えたのは雷蓮ではなく、翡翠色の髪をなびかせて扉に背を預ける使役神だった。
『へえ。まあ、雷蓮は一葉と仲良いもんねぇ。ってか、菓子あったっけ?』
「今聖火と水成が急いで準備している」
『あー…まあ、今回もすっかんぴんだろうからね』
小さく苦笑する少女は立ち上がって目を通していた書類を机の上に置いた。そして締め切っていた窓を開けて新緑の匂いを吸い込む。
『森の神は、どうやら御健在らしい…良かった』
「名前は、外国に出かけないのか」
『んー、もうしばらくしたら、ね。翆輝は外国に行きたい?』
「己を鍛え上げる為には、いいかもな」
翆輝の言葉に名前はクスクスと笑って、「ご飯食べに行こうか」と二人にいい薄い羽織りを袖に通す。そして舞道具のスティレットを紐に結び腰に括りつける。そしてお気に入りのガマ口財布を手にして使役神をつけ部屋から出て行った。
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とある歌士官の日常@