『……ねえ、タカくん』
「ん?なあに、名前ちゃん」
『もうそろそろいい?』
「うーん…あともう少し」

 そういって「もう少し」なんて嘘をつくタカくんこと斎藤タカ丸くんに気づかれないように小さく息をついた。
 彼の家は前世は髪結い、今は美容室と何とも言えない関係で…。その所為か髪を弄られることも日常茶飯事とかしてしまっている。でもこの髪で遊ばれる時間が長すぎて中々帰ることが出来ない。
 あ、ちなみにタカくんは高校1年生。でも年齢は18歳。留年して前世みたいなことになっている。っていっても前世の場合は仕方なかったんだろうけど。

「あ、枝毛」
『あー…アイロン毎日使ってるとそうなっちゃうんだよね』
「ちゃんと切らなきゃ駄目だよ。それとも、今度切ろうか?」
『ほんと?助かる。ありがとー』
「どーいたしまして」

 えへへ、と少し嬉しげに笑うタカくんは本当に美形だなって思う。そりゃ、皆前々から美形だけどね。それに囲まれているとあんまり美形とかなんだとか分からなくなっちゃう。本当に、困ったものだ。あ、彼ら自身は嫌いではないのだけどね。

「名前っ!!」

 バンッという大きな音を立てて教室の扉が開いたかと思うと、タカくんに負けないくらい美人さんで金髪の彼がやってきた。あんまり大きな声を出すキャラでもないのに…と思っていると目の前にプリントをつきだされた。

「一体これはどういうことだ!!」
『え、と…三木くん?私もよく分からないんだけど…』
「惚けるな!どうして夫の名前が滝夜叉丸になっているんだ」

 三木くんがつきだしてきたのは、「婚姻届」。これは家庭科の授業で婚姻届を書く練習の際に「異性の名前を必ず書いて下さい」と言われて。滝くんが「私が書いてやろう」と言ってきたのでそのままプリントを素直に渡した。だから滝くんの名前が書いていておかしいことはないと思うんだけど…。

「どうして僕の名前を書かないんだ」
『へ?』
「は?」

 思わず私とタカくんが間抜けな声を出してしまった。どうしてそこで三木くんの名前を書かなくちゃいけないんだろう…?そんなに書いて欲しい、ってわけでもなさそうだし。

「この僕より滝を優先するのが許せない!!」
『あー…』
「やっぱりねぇ」

 タカくんはそういって楽しそうに笑っている。大体、学園のアイドルに手を出せるはずもないのに。いつも周りは女の子に取り囲まれているか、大概は滝くんと啖呵切り合う、じゃなくて嫌味言って睨み合っているんだから。それならまだ、穴掘ってばかりいる綾くんの方がいい。あ、タカくんは字が汚いので却下ね。

『うん、じゃあ今度の離婚届の時に…』
「なんで僕が離婚届に名前を書かなくちゃいけないんだ」
『う、うーん………じゃあ、その名前消していいよ。判子もまだついてないし』
「え、いいのか…?」
『うん。滝くんはそんなことじゃ怒らないと思うし、私は基本、誰でもいいから』

 そういうと暫く私と手に握る婚姻届を見て、消しゴムを催促してきたので手渡した。本当に綺麗に消していくなあ、と様子を見ていたらまた来客。久々知くんだ。でも何やら機嫌が悪い。もしかして…

『タカくん、委員会なんじゃ…』
「あは、そうだった」
「そうだった、じゃないでしょう。今年に入って一体何回目だと思っているんですか」

 はあ、と盛大な溜息をついた久々知くんに私は同情するように苦笑してしまう。タカくん、髪のことになると他のこと全て放り出してしまうから、委員長代理の久々知くんが可哀想だ。

「低学年達は皆あなたの穴埋めのため一所懸命働いているんですよ」
「う、うん。ごめんね、久々知くん」
『私からも、ごめんね』
「名前は後で豆腐な」
『またですか』

 この前の豆腐と言い、本当食べ物に豆腐については人が変わるんだからと笑ってしまう。三木くんも隣で何とも言えない表情をしている。タカくんは鞄を手にとって「じゃあね」と手を振り微笑んでくれた。私もそれに笑い返して「はい、また」という。そして久々知くんの後に続いて教室を出ようとするタカ丸さんは一度扉の前で立ち止まった。

「……名前ちゃん」
『?はい』
「………辛い時は、誰かを頼ってもいいんだよ?」
『…え』
「ううん、なんでもない。じゃあね」

 タカくんは意味深な言葉を残して教室から出て行ってしまった。残された私と三木くんは何とも言えない空気の中にいるようで煩わしい。

「名前、終わったなら帰ろう」
『え、うん。えっ、一緒に?』
「なんだ、不満か?」
『ううん、そうじゃなくて。アイドルさんと帰っていいのかなーって』
「僕が良いんだから、問題ないだろう。それに、万が一なんかあったら黙らせればいい」

 そんな俺様な言い方をされてしまっては断るわけにもいかない。三木くんに急かされて鞄を手に取り、三木くんの隣に並んで教室から出た。



110713

転生しても前世のあの人が忘れられないC



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