『………あ』

 校舎を出てすぐに思い出してしまった。うわー、どうしよ。やっちゃったな。と思って表情を歪めて声を漏らしてしまった。隣を歩いていた、豆腐小僧こと久々知兵助くんが不愉快そうに眉根を寄せてこっちを凝視する。

『どうしよ……視聴覚室に忘れ物しちゃった』
「なに忘れたの?」

 優しく問いかけてくれた不破雷蔵くんの御好意に感謝して、忘れたモノを口にする。

『明日提出する数学のノート。6時間目のLHRが映画鑑賞でね、つまらなかったから勉強してたんだけど…あーあ、やっちゃった』
「それいつ提出だよ?」
『朝のHRだった気がする。朝取りに行くか、今戻るか…どうしよう』

 ぼそりと図書室の主のように呟けば、左隣を歩く不破くんが苦笑して「どうする?一緒に戻ろうか?」と気遣いの声をかけてくれた。それになんだか申し訳なくて「ううん、大丈夫!一人で行くよ」と出来るだけ安心させるように笑って見せれば、不安を隠しきれない様子の不破くん。それに久々知くんが「着いてってやるから」と強引に腕を掴んで校舎へと逆戻り。後ろからは安堵と苦笑いが混じった表情の不破くんがついてくる。
 不破くんが優しいのは根っからの性分だからだけど、この豆腐もとい久々知くんが一緒に着いてくるのは珍しい。どっちかっていえば「はあ?めんど。明日取りに行きゃいいじゃん」みたいに他人事に済ます傾向がある。こうやって着いてきてくれる時はまあ、何かと機嫌が良いとかそういう時だと思う。そんな事思っている内にあっという間に視聴覚室についた。

「じゃあ、僕達外で待ってるね」
「ほら、早く取ってこい名前」
『ん…ありがと』
「お礼は豆腐で頼むわ」
『…特売の日にね』

 適当な愛想笑いを浮かべて急いで中へ入りノートを探しにかかる。自分が座っていた周辺を探すこと1分くらい。
 すぐに自分の可愛げのないノートは見つかった。他の女子みたいに色ペンでカラフルに彩るわけでもないし、シールとかベタくそ張っているわけでもない。
 ただ黒いペンで「数学A 名字名前」と書かれたノート。そう言えば、この字を書いたのは私じゃなくて滝くんだっけ。私は字が汚いからって言って滝くんに頼んだんだ。今思えば、ただの字くらいでなんであんなに気にしてたんだっけって思ってしまう。
 そんな大して大事でもない思い出を閉じて視聴覚室を出れば、案の定二人は扉の両脇に立っていた。

「見つかった?」
『うん。これで明日怒られずに済むよ』
「じゃ、行くぞ。今日は豆腐の特売日だ」
『ええ〜…今日だったんだ』
「運が悪かったな、名前」
「どんまい、名前ちゃん」

 不破くんは優しいので本当に励ましてくれているようだ。別に68円の木綿豆腐なんてどうってことないんだけれども。帰り道にスーパーに寄るのは決定だなあ、と考えていたら「おーい」という声が聞こえて後ろを振り返った。勿論、不破くんと久々知くんもだ。パタパタと走ってきたのは尾浜勘右エ門くんだった。

『浜ちゃん、委員会の集まりの帰り?』

 そう訊ねれば、彼はうん、と大きく頷いて見せた。浜ちゃんは1組の学級委員長だから放課後の集まりの飛び出しも非常に多い。

「3人は帰り? 俺も一緒していい?」
『うん、いいよ』

 そう答えれば、嬉しそうに浜ちゃんは笑って久々知くんの隣へと並んだ。浜ちゃんと久々知くんは同じクラスで二人とも前世通り成績優秀。いつも上位に名前が張り出されているのが当たり前で、とてもじゃないけど私には無理だなあって思ってしまう。

「勘ちゃん、この後スーパー寄るからな」
「え、スーパー?」
『聞いてよー。久々知くんが豆腐買えっていうんだよ』
「そりゃ、お前の忘れものを取りに付き合ってやったからだろ」
『そうだけど…』

 私達の口論を聞いて、浜ちゃんは苦笑する。あ、どうでもいいけど、皆は浜ちゃんのことを勘ちゃんと呼ぶ。浜ちゃんと呼ぶのは私くらいだと思う。なんだろ…うーん皆苗字で呼ぶ癖だからかなあ。

「ここにハチがいたら、きっと名前に同情すると思うな」

 そういった浜ちゃんに私は笑ってしまう。竹谷こと竹谷八左エ門くんは前世で久々知くんと同室で…。まあ、色々豆腐で悩まされたことがある意味トラウマになって豆腐のことになると呆れるというか…。うん、まあそんな感じで同情されてしまうのだ。

『竹谷くんは部活でしょ? 大変だね』
「僕らは帰宅部だからね」
『そうだね。そういえばさ、皆テスト大丈夫だった?』
「俺と勘ちゃんは余裕。雷蔵も大丈夫だったよな」
「うん。でも三郎わざと点数落としたりしてたけどね」
「あ、ハチは勿論アウトー」
『ええ、また?』

 学年は違っても、こうしてまた、皆で仲良く過ごせる時間が私はとても好きだ。勿論、全員が全員都合が合うわけもないから揃うことは珍しい。現に今は、竹谷くんと鉢くんがいない。それでも顔を見知ったメンバーと話すのは楽しい。
 すると、浜ちゃんが窓の外を見てぴたっと歩みを止めた。どうしたんだろう、と思って「浜ちゃん?」と呼んでみれば無反応。

「勘ちゃんどうかしたか?」

 久々知くんも不思議に思ったらしく、浜ちゃんの隣に立って同じように外を見る。浜ちゃんは「ううん、ごめんね」とよくわからないが謝ってくる。何かあったのかな、と思っていたら浜ちゃんは小さく笑って「そんな顔しないで」と言ってきた。きっと凄く心配そうな顔でもしてたんだろう。なんだか申し訳ない。

「…丁度、体育委員会が見えちゃってさ、」
『そっか…、』

 言いづらそうに切り出した浜ちゃんに、私は笑顔でそう返すしかなかった。皆、私達のことを知ってる。
 確か、最後を看取ったのは不破くんと鉢くん。忍術学園を卒業してから、私はその二人と一緒の城に務めたからだ。だから本来、卒業して別れた筈の皆がこのことを知っている筈はないんだけど…。どうやら優柔不断な不破くんが言い寄られてばらしちゃったみたい。それは仕方ないことだと思う。あれほど仲の良かった私達が、現世でも付き合うと皆は思っていたんだろうから。

『というか、早くスーパー行こうよ。豆腐無くなっちゃうよ』

 私が話を逸らせば、久々知くんがそれに乗る。

「それは困る。ほら、皆早く行くぞ」
「兵助はほんと豆腐小僧だ」

 呆れたように笑った浜ちゃんに久々知くんは鼻で笑う。そうして4人仲良く一緒に下校したのだった。



110614

転生しても前世のあの人が忘れられないB



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