今日は特別な日でもなんでもない、普通の1日。ではあるけれど、私としてはかなり憂鬱だったりする。
 というのも今日は年に数回の日直で、なんとも面倒くさい日誌というものを書かなければならないのだ。

『もー…1時間目の授業内容なんて覚えてないし』

 一人グチグチ放課後教室。傍から見れば寂しい奴かもしれない。本日何度目かの溜息を溢して、机に頬杖をついて必死に内容を書く。グランドからは運動部の生徒の声が聞こえ、上の階の音楽室からは吹奏楽部の演奏という奇妙なハーモニーを奏でている。さっさと終わらせて帰ってしまおう。高校生も暇じゃない。1年のうちから就職や進学について考えなくてはいけないのだから。

『えっと…4時間目は……』
「理科総合ですよ」

 突然の声に私は驚いて肩を跳ね上がらせ、恐る恐る後ろを振り返る。教室の後ろの入り口に立っていたのは、クラスメイトの平滝夜叉丸くんだった。
 滝くんは悪い人じゃないけど、少し変わり者の努力家。知っている人物だったことのほっと安堵の息をつけば彼は小さく笑って私の側へと歩みよってくる。

『滝くん』
「日誌書いていたんですか?」
『うん。明日も日直やりたくないから。てか、敬語使わなくていいよ?』
「ああ……その、前世の影響もあって、だな」

 困ったような表情をする滝くんに私は苦笑した。そうだ、元々前世では私は彼の一つ上で先輩。そして現世でその記憶があるから、どうしても敬語を使ってしまうみたいなのだ。

『うん、ごめんね』
「謝ることじゃないでしょう」
『まあ、そうなんだけどね。でも今は前世は関係ないよ。私は私であって、今は滝くんと同い年なだけ』
「そう言われると、どうしようもない」

 滝くんはそういうと、私の前の席へと腰かけて日誌を覗きこんできた。

「残りは掃除と今日の報告か」
『あんまり好きじゃないんだよね、こういうの。面倒くさいっていうか』
「しっかり書かなきゃ駄目だぞ」
『うん、分かっているよ。そういえば、滝くんはどうして教室に?』

 さきほど突然現れたのはどうしてだろう、と残っていた疑問をぶつけてみれば「ああ」と滝くんは表情を少しだけ歪めた。なにか嫌な事でもあったのだろうか。

「委員会の集まりがあってな。長引きそうだったから、鞄を取りに来たんだ」
『ああ……大変だね』

 滝くんは前世共々体育委員会に所属している。ああ、勿論あの人も。無茶ぶりは相変わらずのようで、滝くんは一番の被害者と言ってもいいかもしれない。委員会がある日はいつもへとへとで立てる状況じゃないらしいし、帰るのも楽じゃないみたい。でも滝くんは努力家だから、頑張っているんだろうな。

「まったくだ。七松先輩はあの通りだしな…あ、…済まない」
『ううん、大丈夫。気にしてないから』
「そうか?」と滝くんは私の顔色を伺って、ほっと小さく息をついた。

 七松小平太先輩。かつて、私にとって一番大切で、一番好きだった人。
 その隣で笑っていられることが幸せだったけど、今は違う。先輩の隣には別の人。
 私はそのことに心底安心している。だって先輩には幸せになって欲しいから。私とじゃ、絶対に幸せにはなれないから。

『滝くんも、反抗したいときはした方が良いよ。溜め過ぎるとストレス胃炎とかになっちゃうから』
「ああ、定期的にそうするようには心掛けている」
『じゃあ、これからも頑張ってね』
「そうだな…じゃあ、また明日。…名前」
『うん、ばいばい』

 滝くんは私のことを呼ぶのに少し躊躇ったみたいだが、私が普通に笑えば笑い返してくれた。そして滝くんのいなくなった教室で、私は日誌を書いた。
 なんだか滝くんが来てくれたおかげでスラスラと文章が書けて五分くらいで仕上げることが出来た。あとは提出すれば問題なし。鞄を手にして、いざ教室を出ようとしてふと立ち止まって教室を見返す。あんまり気遣いのいらない相手だったからかもしれないけれど、滝くんがいたほんの少しの時間はなんだかとても楽しかった気がした。
 ふと小さく笑みを溢して私は職員室へと早足で向かった。



110607


転生しても前世のあの人が忘れられないA



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