壊れた時計の秒針ひとさじ




「ぃよっしゃ!仕留めたでぇ!!」


 これがゲームだったら画面に「WINNER」の文字が表示されるんだろうな。なんて呑気なことを思い浮かべながら金ちゃんになんとか追いついて、金ちゃんに足蹴にされているグレイマン(大体首傾き野郎よりは灰色だしこっちの方がいいだろうと改名)をまじまじと見下ろす。『にしても…ぐっろいなぁ』
 明らかに人とは違う肌の色、鼻腔を刺す錆びた鉄のにおいは真っ赤に染まった襤褸切れから漂ってくる。金ちゃんの飛び蹴りを食らって動かなくなったそれからは血も何も出てはおらず、本当に倒したのか疑いたくなる。油断したら動き出すんじゃないだろうか…とさえ思うが、グレイマンの背の上で何度かジャンプを繰り返して相手に反応がないことを確かめている金ちゃんを見たら問題なさそうだと思う、うん。

 ――あれ? …そういえば。


「…御嶽……?」


 聞き覚えのある声にふと視線を数十メートル先へと移せば、見知った青色のジャージを見に纏うクラスメイトの姿がそこにはあった。


『やっぱり……中村くんだったか』

「御嶽…なのか……?!」


 驚きと不安が混じったような表情を浮かべた中村くんは、信じられないといったような目でこちらを見つめてくる。そんな彼に笑みを浮かべてひらりと手を振れば、グレイマンの上にしゃがみ込む金ちゃんがこのやりとりに首を傾げてこちらを見上げて尋ねてきた。


「なんやあの兄ちゃん、小夜の知り合いなん?」

『ああ、うん。わたしのクラスメイトだよ。金ちゃん、とりあえず行って話を聞こう』

「おっしゃ!」


 ぺしんと膝を叩いて勢いよく立ち上がった金ちゃんの下のグレイマンの潰され具合に一瞬「うわぁ、可哀想」と思うが自業自得だろう。…ん?いや、そういやわたし達直接襲われてないな、うん。一方的暴力じゃね?って思ったけど正当防衛だよね、だってこの異空間には法律も規律も存在しないんだし。
 グレイマンが再起しないことを確認した金ちゃんと共に駆け足で中村くんの元へと向かう。じっとこちらを伺うように見つめていた彼の至近距離まできてやっとその表情に安堵が広がっていく。


「御嶽……」

『さっきぶり、中村くん。あ、こっちはわたしの中学時代の後輩の、』

「遠山金太郎言います、よろしゅう!」

「あ…ああ。中村真也だ、よろしく」

『…それで、その人達は?』


 中村くんの背後でこちらを伺っていたカラフルなジャージを身に纏う、同年代の少年達へ視点を移せば彼は納得したようで一つ頷く。


「ああ、それは…」

 ――ぺたっ。


 耳がその場に不釣り合いな音を拾った瞬間、ぞわりと鳥肌が立つのが分かった。一難去ってまた一難、どうしてこうも厄介事が次から次へと押し寄せてくるのか。


「小夜! 兄ちゃんらも! コッチや!」

『っ、金ちゃん』

「急ぎぃ! 変なん近づいてきとる!!」


 小声ながらも聞こえる声量で近くにあった教室の中へ無理矢理わたし達を引っ張り突っ込んだ金ちゃんは、静かに扉を閉めると口元に人差し指を添えて「しー」とポーズをとってみせる。あれ、この子こんなに冷静だったっけ。昔はもっと好戦的だったよね?え?なにこれ誰、別人?会わなかった一年数か月の間で一体何があったの?


 ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、


 近づきつつある音は、裸足で歩くような足音だ。一定の間隔を保って歩いているようなそれが近くなるにつれてその場に居合わせる人達の顔色が徐々に不安に染まり、固唾を呑んでしゃがみ込んだまま扉の向こうのそれに意識を向けていた。わたしと金ちゃんは傘の柄を握り締めて、お互い扉の前で向かい合って片膝を立てて座っており、それが教室の前を通り過ぎるのを待っていた。


 ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ…


 ゆっくりと通り過ぎて遠のいていった足音にほっと安堵の息をついたのは五分程経ってからだ。全員が細心の注意を払って物音一つ立てないように気をつけていた所為か、脱力感が襲ってくる。


『ありがと、金ちゃん。迅速な行動のおかげで助かったよ』

「おん。それよりも小夜、はよ安全な場所見つけへんとあかんのとちゃう?」

『そうだね。さっきの奴みたいなのにうろうろされていちゃ、落ち着いて脱出口探索できないからね。でもその前に状況を確認しないと』


 そういいくるりと体ごと彼らへと姿勢を正して向き直れば、オレンジ色のジャージに緑頭…ニンジンカラーの眼鏡の青年が口を開いた。


「先程は危ない所を助けて頂き、有難うございました。それで、貴女方はいったい何者なんですか」

『あー、えっと、わたしはそこにいる中村くんのクラスメイトで海常高校二年の御嶽小夜です。こっちはわたしの中学時代の後輩の遠山金太郎』

「遠山金太郎です、よろしゅう。ほんで、兄ちゃんらは?」

「秀徳高校一年、緑間真太郎なのだよ」

「同じく、高尾和成ッス」

「あ、俺は誠凛二年の小金井慎二」

「…桐皇二年、若松孝輔だ」


 「みんな見事にバラバラやんなぁ」と口にした金ちゃんに頷けば、中村くんが「一応皆バスケ部繋がりだから知り合いなんだ」と補足をくれた。成程、通りで全員馬鹿でかいと思ったら……。なんだよ巨人の密林じゃないか畜生。


『それで、どういう経緯でここに…?』

「分からない、皆部活中に急に意識が遠のいて、気づいたらここにいたんだ」

「なんや、ワイらと全く一緒やんけ」

「キミ達も?」

『はい。私は既に帰宅していたんですが、金ちゃ…金太郎が高校付近にいるとのことで迎えに行ったところ、気づけば二人で見知らぬ室内に倒れていました。金ちゃんと合流したのが大体六時前くらいですかね』


 腕時計の秒針は相変わらず動くことはなく止まったままだ。時間の経過の流れが分かりづらいが、いままでの経験上から言わせてもらえば元の世界はおそらく時間は経過していないだろう。とりあえずは周囲の探索と、金ちゃんが言っていたように安全な場所の確保をしなければいけない。すると、「あ、」と声を上げた金ちゃんに全員の視線が向けられる。


「そういや小夜、なんや学校から声聞こえんかった?」

『…声? 学校から? 空耳じゃなくて?』

「学校ついてから、ずっと聞こえとったで。何言ってるか分からんけど、ひそひそ声で話すみたいな…せやから気味悪うて校舎まで行かんかったんや。小夜はなんも聞こえんかったんか?」

『そうだね、なにも聞こえなかったけど…待っている間ずっと聞こえてたの?』

「せや。気になったんけど、もし怪奇事件やったら関わるとロクなことないやろ? 小夜もおらんのに一人でどうこうできる気せぇへんもん」

『……成長したね、金太郎』


 昔はなにかれ構わず突っ込んでいっては白石部長に「毒手」と叱られ、財前くんに拳骨食らっていたというのに。身体に叩きこまれた防衛本能と持ち合わせた野生の勘が上手いこと働くようになったのだろう、この成長ぶりには涙ぐんでもいいくらいだ。だがしかし、いまは感慨に浸っている場合ではない。


「怪奇事件…?」


 あ、やっぱり反応したか中村くん。オカルト好きだもんね、君。でも昨年も同クラだったから少しばかり中学時代に起きた話をしたことはあったはずだ。食い入るように聞いてきて目を輝かせながらも時折二の腕付近を擦っていたのは覚えている。それから確かよく話すようになって仲良くなったんだった。


『あー、うん。その話は追々。それよりも中村くん達は二階にいたの?』

「二階のどっかの教室の中に俺達四人がいた。あとは誰も」

「それでアレに追っかけられて逃げてたん?」


 アレとは、間違いなくグレイマンのことだろう。「現状が把握できなくてとりあえず廊下出てみたんすけど、出たとこでちょうど鉢合わせたんすよ」高尾…くんの言葉に隣の緑間くんが頷く。


「あの得体の知れないモノもだが、ココが一体どこなのか…」

「怪奇現象巻き込まれてしもうたんやから異空間やと思うで〜。な、小夜!」


 そんないい笑顔向けてこないでね、金ちゃん。いまの発言撤回できるほどわたしも現実逃避しているわけじゃないけどね、今この場で一番イレギュラーなのはわたし達なんだから発言には気をつけないと。ってもう遅いか。



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