覚悟なんてない
あっちゃぁ…空気悪くなっちゃったかな。などと思いつつも大して焦っていないのは最終的に信じるという道しか残されていないからだろう。巻き込まれた以上はそう長い間現実逃避なんてしてられないのだ。ていうかそんなことしている暇があったら脱出口探した方が効率的だ。
「巻き込まれたってどういう意味だよ」
不信感を前面に出す若松くんの表情は険しく、他四人も皆一様にわたしと金ちゃんに複雑な視線を向けてくる。だが金ちゃんはそんな視線を気にすることもなく「言った通りやで〜」とにこにこ笑顔だ。もしこれが財前くんだったら間違いなく睨み返して「状況整理もできひんのか」と毒を吐くだろう、アイツ容赦ないからな。
『まぁそのまんまの意味ですよ。あんなものが出てくるなんて、どう考えたって現実じゃあり得ないんですから。第一夏の夕方六時台に外がこんなに真っ暗なわけないですよ』
「確かにそうだけど…」小金井くんの呟きを遮るようにして緑間くんが口を開いた。
「だが彼は怪奇現象とほぼ確定していました。こんな非現実を冷静に解析できる脳を持っているとは思えない。どう考えても怪しすぎるのだよ」
「真ちゃん、言い方ってもんあんだろ」
「高尾は黙ってろ。中村さん、御嶽さん達が本物であるという確信があなたにはありますか?」
「御嶽達が本物ではないと疑っているのか?」
「あの化物に知性があるのかは分かりません。ただもしも彼らが本物ではなく姿を模した化物だったとしたら、」
「仮に化物だとしてなんで俺達を二度も助けた」
「油断させて襲うつもりでは?」
「…本気で言ってるのか」
中村くんの声は、いままでに聞いたことがないほど低かった。怒ってんのかなぁ、だとしたらわたしとしては信じてもらえてるってことで嬉しいんだけどね。ただこの空気はよろしくないのでそろそろ仲裁しないと。
『どうどう、中村くん落ち着きなよ』
「…御嶽、っお前は怒ってないのか」
『いやまあ、仕方ないかなって。だって初対面だしさ、これだけ知り合いの中に見知らぬ人間がいたら不信に思っちゃうでしょ。だから仕方ないって』
怪奇事件の一言で釣れた中村くんは本物だとしても、わたしも少なからず彼らに対して疑いの眼差しを向けてたしね。過去形なのは早い話が金ちゃんのおかげだ。野生児だったからなのか、野生の勘が働くので直感で善し悪しの区別がつくから彼が一目して嫌悪感を示さない限りは問題がない。
だけどさっきの「本物or化物」発言があってから金ちゃんの機嫌が若干悪くなったのは気のせいでは済まなそうだ。自身に向けられた「冷静に解析できる脳を持っているとは思えない」という侮辱には反応しないくせに、わたし達に向けられたものには反応するんだから本当優しい子だよ。
「…はぁ。能天気だなお前は」
『褒められている気がしないなぁ』
「褒めてないからな」
『うん知ってる。あ、金ちゃんリュックの中から飴ちゃん出してくれる?』
「? おん、ちょっと待っとってな〜……」
がさがさと自分のリュックの中を漁り、漸く袋を見つけたらしい金ちゃんがそれを引っ張り出して手渡してくれた。お礼を言って飴袋を受け取れば「ワイ桃ちゃんがええな!」とすかさず手を伸ばしてくる金ちゃんに「はいはい」と桃味を渡す。わたしは林檎味をとってその袋を中村くんへと「どうぞ」と差し出した。
『とりあえず糖分とって落ち着こうよ。あ、もしかしてフルーツミックスよりもミルキーの方が良かった? まだ開けてない奴だとミルキーと塩レモンと白桃ってあるけど』
「いや、これでいい。ありがとな」
「御嶽さん、これ葡萄って入ってます?」
『確か入ってるよ』
「じゃ俺は葡萄で。お、期間限定でさくらんぼとマンゴーもあんのか。若松さんと小金井さんはどうします?」
中村くんから袋を受け取り飴を取り出した高尾くんは他面子にも配ってくれるようだ。緑間くんがなかなか受け取ろうとしないので高尾くんが勝手に選んだのに対して逆ギレするとは思わなかったけど。でもぎこちないが先程よりも雰囲気はよくなったので、彼の気転に感謝すべきだなぁ。
『さて、と。話を戻すけど大丈夫ですかね?』
「もーまんたい!」
……金ちゃん可愛いかよ。
「ブハッ。なんで中国語なの遠山」
「…意味が分からないのだよ」
「あー、えっと進めていいよ」
そういった小金井くんの好意を有難く受け取ることにしよう。
『でまぁ、さっきの話になりますけど今はまだ信じてもらえなくてもいいので。中村くんを通して人間か化物か判断してもらえればいいです』
「…極論すぎねぇか」
『いいのいいの。細かいことは気にしないもんですよ。で、わたしと金ちゃんはこのあと引き続き周囲の探索に出る予定です。あとこの部屋が現時点で安全だと言えないので、確実に安全が保障された場所の探索も同時に行う予定です』
「やっぱ視聴覚室か体育館かホールなんかが安全地帯に設定されてそうやな〜。小夜、いままでの脱出口ってどこやったっけ?」
『柔道場、職員トイレ、飼育小屋、屋上から飛び降り、プールの中諸々…』
「お、おい屋上から飛び降りって、」
「ていうか怪奇現象巻き込まれすぎじゃない!?」
ぎょっと目を見開いて驚く彼らにわたしは乾いた笑みを浮かべることしかできない。
なんてったって、異形遭遇率・エンカウント率ナンバーワンを誇る「アタリ少女」「歩く天災」とは自慢じゃないがわたしのことだ。というか自慢にもならないわ!わたし自身望んでこんな体質(?)じゃないし、どうしてこんな目に遭わなければいけないのか全くもって腹立たしい限りである。おかげで今では異形達の間でさえ“可哀想な仔”に認定されているし、その内のごく一部とは交友関係さえ芽生えてしまった。なんてこった。
『まぁ、その話は追々……。とにかく、わたし達は探索に出ますが皆さんはどうします?』
「ここにいても安全とは限らないんだろう?」
『さっきみたいなのが近くにいることを考えれば、安全とは程遠いね。塩撒いておけば少しはマシになるかもしれないけど、いつまで効果が持つか…』
「だったら御嶽達についていった方がいいんじゃないのか」
「でもそれって、さっきみたいなのに遭う可能性も高いよね…」
グレイマンを思い出したのか小金井くんの顔色が曇る。緑間くんも眉間に皺を寄せたまま口を噤んでおり、どうすべきかを迷っているようだった。
「ちなみに兄ちゃんら、なんか武器になるもんとか持ってるん?」
「は、武器?」
「せや。残るにしろついてくるにしろ、なにが起きるかなんてわからへんもん。いざっちゅう時に自分の身は護れるようにせな。ほんで、なんか持ってるん?」
「…いや。気がついてお互いの身の上が確認できたところにアレが入ってきて…そのまま逃げてきたから部屋の中さえまともに確認していない」
「それに俺らって、手荷物があったかどうかさえ確認とってないんですよ。ていっても、さっき御嶽さん達が荷物持っているのをみて気づいたんすけどね」
『成程…。そうなると一度さっき中村くん達がいた部屋を見に行った方がいいか。…、一端わたしと金ちゃんとあと誰か一人で部屋を見に行って他はここで待機するか、皆で見に行くか、どうします?』
そう選択肢を投げかけた瞬間、躊躇いなく手を挙げたのは高尾くんだった。「はい!俺御嶽さん達についていきます!」
「高尾!?」
「ちょ、正気か!!?」
「だって考えてもみてくださいよ。二人は何度もこういうの経験してるってことは対処ができるってことなんすよ? それにさっきあの化物を一撃で倒してるんですから、万が一遭遇したとしてもなんとかなるかなぁって。だから二人と行動した方が安全だと思うんすよね〜」
「…た、確かに」
「…俺は最初から御嶽達と行動を共にするつもりだったけどな」
『ははっ、中村くんはそうだよね。じゃ、皆で一緒に行くってことでいいの、かな?』
「「「………いきます」」」
口を揃えて答えた彼らに気づかれないように、こっそりウインクをしてみせた高尾くん。どうやら彼を味方にしておいて損はなさそうだ。