灰色の楽園に救いを見るか




 ぴちゃん、という水音が耳に入り意識がはっきりしてきた頃に薄らと目を開ける。周囲は薄暗く、身じろぎして起き上がれば鈍い音を立てて肩が何かにぶつかった。遅れてやってきた痛みに肩を擦って辺りを見回せば、調理台のようなものが幾つもあることに気づく。ぶつかったのもその台の一つだったらしく、不気味に響く水音は水道から漏れているものだと予測がつく。


『あー…』


 これは二年ぶりの巻き添え事故だな、と思いながら隣に寝そべる金ちゃんを揺すり起こす。「んんっ…」と寝惚けたような声を上げて目を覚ました金ちゃんは「小夜ぁ…?」と同じように身体を起こして目を擦る。


「んぁー…ここ…どこや?」

『分からない。家庭科室……みたいな感じはするけど、海常の家庭科室とは違うかな』

「さっきまで校門んとこにおったよな。ちゅーことはなんや、また怪奇現象?!」

『だろうねぇ…』


 考えられるのはそれしかない、と一つ頷いて見せれば若干目を輝かせるのやめて金ちゃん。楽しくないから、中学三年間どんだけ恐怖の怪奇現象に遭遇してきたか覚えていないのかな?あー、いや…どちらかといえば主に先輩達のせいで笑いありのホラーだったしなぁ…。
 念のために上着のポケットから携帯を取り出して確認すれば、案の定圏外の文字で「あ、これはもうホラー一択しかないわ」と諦めたように携帯をポケットの中へと戻す。


『…とりあえず、探索しながら安全な場所探そうか』

「せやな!」


 とりあえず二人共持ち物は無事なことを確認して、先ほど購入したお菓子類は全てリュックサックの中にしまった。怪奇現象と出くわしたときに荷物が多いと支障がでるからね。一端家に帰って制服からジャージに着替えて、鞄をリュックに変えて良かったと思う切実に。金ちゃんなんか羨ましいことにラケットと殆ど中身の詰まっていないぺしゃんこのバッグだけだ。多分中身も昔と変わらずテニスボールと漫画と、あといまは財布と携帯ぐらいしか入っていないんだろうな。
 鞄のストラップになっていた天眼石の数珠を外して手首に巻きつけ、鞄を背負い直して早速二人で室内の捜索を始めることにした。お互いに慣れっこだからか恐怖心よりも好奇心の方が増していて、ホラーの雰囲気も糞もあったもんじゃあない。


「小夜ー、包丁が二丁あるんやけど、持っていく?」

『うん、武器としてもらっとこ。こっちにタオルあるからそれに包もう』

「わかった〜。あ、鍋の蓋って防御になるんかな!?」

『ああ…RPGじゃ確かに盾としてあったけどね…荷物にならなきゃ持って行ってもいいよ』

「フォークとかナイフはー?」

『それもどっかの執事が投げてたねぇ…投げる武器としてはアリっちゃアリか。あ、小麦粉とマッチ発見』


 武器になるものを調達しながら情報がないか探すが、有益な情報はなにひとつ出てこなかった。ある程度物色も終わったところで、これからのことを話し合うことにした。
 現在時刻は腕時計で確認して16時34分。時計の針は止まっており、先ほどの物色時間を換算しても起きてから三十分程度は経っているはずだ。そしてこの建物自体互いに見覚えもなく、廃校(仮)としてこれから捜索を進めていかなくてはならない。試しに金ちゃんが窓をこじ開けようとしたがその怪力でも開かず、丸椅子をぶん投げて見ても跳ね返ってくるのだから屋外へ出るのは難しいだろう。ちなみに窓の外は真っ暗闇でなにも見えない。

 それからこれからのことも踏まえて互いの持ち物をチェックした。金ちゃんは先ほど思った通りでテニスラケット、テニスボール三つ、財布、携帯、漫画、タオル、着替え、ビニール傘と本当に必要最低限の物持ちだった。ならばとわたしの鞄に入れていたお菓子類は金ちゃんに預けることにした。
 わたしは携帯と財布、ウォークマン&イヤホン、ハンカチ&ティッシュ、タオル、ポーチ(手鏡、リップ、ヘアゴム、絆創膏等の応急手当セット等)、手帳、筆記用具、護符+護符用ポーチ付き多機能ベルト、聖水入り小瓶×5、清め塩、ミネラルウォーター、トートバッグ、傘といつも通りだ。これに先程の包丁や小麦粉類を加えて現在の持ち物となる。

 とりあえず多機能ベルトを腰につけて、準備が整ったところで家庭科室(仮)から出ることにした。お互いに傘を武器代わりに構えつつ、できるだけ足音を立てないように長い廊下を歩いていく。それにしても本当に着替えてきて良かった…制服にローファーだったら絶対走れない。
 どうやらここは一階だったようで、隣は被服室と家庭科準備室となっていた。そう考えるとここは必然的に学校ということになる。廊下を進んでいけば左手に続く廊下――どうやら昇降口と奥には一階の教室が並んでいるみたいだ。右手には二階へ続く階段とその向こう側にどこかへ続く廊下となっている。昇降口側へと進んでしまうと探索はできるが、万一があった時に行き止まりになってしまうからいまは避けたい。となると二階に進むかその向こう側の廊下へいってみるか、はたまた戻って別ルートを探索するかのいずれかになる。


『さて、どこへ進むかだね…』

「…小夜、なんや声がする」

『声……?』


 金ちゃんの言葉に神経を耳へと集中させた時、二階から悲鳴とドタバタと駆け近づいてくる足音が聞こえ、思わずわたしと金ちゃんは顔を見合わせる。そして階段の下の小スペースへと身を隠して、上の様子を伺うことにした。互いに声を押し殺して耳を澄ませていれば、漸く相手の声をきちんと把握することができた。


 ―――はやくっ! こっちだ!!―――

 ―――っ、階段がある!! 追いつかれる前に一階に……!!―――

 ―――高尾、急ぐのだよっ!!―――



 ぎゅっと隣で顔を強張らせる金ちゃんの傘を握り締める指に力が籠められる。しかしその目はやる気に満ちているので相手にはご愁傷様とだけ言っておこう。わたしは金ちゃん同様傘を握り締めつつ、聖水の入っている小瓶を一つ手に取る。
 そしてドドドドドと駆け下りてくる足音と見知ったジャージが視界の隅を通り過ぎ、一拍置いてペタペタペタペタという気味の悪い音が耳に入る。裸足のまま急ぎ足で追いかけるような音の正体は色とりどりのジャージ集団の後に続き、その姿を一瞬だが捉えることができた。
 背面から見てもそれの異常性は理解できる。首を傾げた頭を肩がくっついたような状態で、両腕はだらりと体の横に添えられて振り子のように揺れ動き、真っ赤に染め上げられた襤褸切れを身に纏っていた。垣間見えた肌の色は人間のそれとは違う灰色。SAN値チェックする暇もない、んなもん削られる一方に決まってるわ!


「小夜! はよ行って助けな!」

『わかってる、』


 あんなもん真正面から見たくないなあ、なんて思いながらわたし達はそれらの後を追うように飛び出す。前方の大体首傾き野郎(いま命名)との距離は百メートルほど。こちらの駆ける足音にはどうやら気づいていないようで、目の前を走るジャージ集団まっしぐらだ。急ブレーキ駆けて首だけ百八十度こちらに向けるとかそういう展開がないことを祈る。


「あんにゃろっ…!」

『金ちゃんっ!』


 スピードアップした金ちゃんは見る見るうちに標的との距離を縮めていく。いや、流石は野生児。たった五秒で五メートルにまで距離縮めるとか世界記録だよ。その地点で傘を振り被った金ちゃんは助走をつけて相手へと飛び掛かった。


「どぉおりゃあぁぁあぁぁぁああ!!!!」


 脳天目掛けて振り下ろされた傘は見事に狙いにヒットし、続いて繰り出された強烈な蹴りにより首傾き野郎は床に突っ伏してぴくりともしなくなった。ああ、恐るべき筋力の記念すべき最初の餌食となった君は地獄で泣いて喜ぶといいよ。



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