翌日の放課後。以前に比べてSHRもさくさくと終わり、昨日の一限目の席替えで財前と隣同士になった清花は、他愛無い会話をしながら鞄の中に教科書を詰め込み終えたところでふとその視線を彼へと移した。



『遠山、金太郎君? …えっと……確か、財前君と同小で、昨年突然訪問してきた子だよね?』



 そう確かめるように財前に訊ねた清花に彼は適当に相槌を打って、テニスバッグを肩に背負う。清花もまた鞄を手にすると揃って教室を出て部室への道を共にする。



「うちに入学してテニス部に入部するんやて言うとったし。明日から見学始まるから、飛んでくるで、きっと」

『物凄く元気な子だったよね。賑やかになりそう』

「賑やかっちゅうか、喧しいのレベルやな。騒音もええとこや」

『財前君は腐れ縁だから慣れっこでしょ?』

「まぁ、扱いさえ慣れてしまえば楽やろな」



 「多分、最初は先輩方苦労するやろうけど」とどこか他人事のような財前に、清花は彼が助け舟を出すつもりがないことを悟って苦笑いを浮かべる。そしてふと一年前の出来事を思い出しながら、ふふふと笑った。



『でも去年は大変だったね。新入部員確保!って先輩方、財前君に熱烈勧誘しまくってたし』

「普通に誘えっちゅーねん。小石川先輩が見学来い言うまであの人ら、くだらん笑いとるつもりやったろ」

『あはは…。わたしも最初は驚いたなぁ。大阪って笑いの聖地ってだけあって、みんな本格的なんだなぁって。まさか四天だけが異常だとは露ほども思わなかった』

「あんなんが大阪人の一般常識として見られるんはご免やぞ」



 そんな懐かしい出来事をあげ続けて昇降口へと辿りつけば、二人はばったりとテニス部の先輩である金色小春と一氏ユウジと出くわした。清花は『お疲れ様です』と二人に声をかければ先に小春の方が反応を示す。



「あら、二人とも早いわねぇ!」

『担任が宇治原先生に変わったものですから』

「あー、あの人めっちゃ簡潔やもんなぁ。前の岸本は異ッッッ様に長かったから楽やろ?」

「ほんまですわ。つか先輩らも早くないすか」



 興味なさげに訊ねる財前に「んもう! 光ったら冷たい!」「浮気か! 死なすど!」というお決まりのやり取りが行われるが、財前は無視を決め込んでテニス部部室へと足を進める。清花は戸惑いがちにその後ろをついていけば、ぱたぱたと無視された二人が追いかけてくる。



「まったく、可愛げがないんやから! ま、そこもええけどっ!」

「こ、小春!?」

「先輩ら、キモいっすわ」

「「なんやて!?」」



 ドストレート毒舌全開の財前と、変わらない漫才やりとりを繰り広げる先輩二人に清花はふふっと微笑んで、部室の扉の鍵を開けて三人に先に入るように促す。そして最後に自分が中へと入り、最奥にあるマネージャー専用スペースのカーテンを閉めると、荷物を所定のロッカーへと入れて準備を始める。



「それにしても、今年は新入部員どれくらい入ってくるんやろな」

「せやねえ。去年は光と白石クンのおかげで新入生殺到やったし、今年は二人に負けへんように頑張るで!」

「俺も手伝うで小春!」

「客寄せパンダにはなりたないんで、頼みますわ」

『テニス部は誰が出張っても客寄せパンダだと思うけどなぁ、いろんな意味で』



 着替えを終えた清花が髪を一つに結い上げながら姿を見せれば「いろんな意味?」と三人は視線を向けた。彼女はそれに『あれ? 気づかなかったんですか』と微苦笑を浮かべて『だって』と口を開いた。



『小春先輩とユウジ先輩ペアは日頃から漫才で生徒の心捉えているし、白石先輩達があのルックスで勧誘したら、無関係の生徒が殺到、もしかすると卒倒しますね』



 昨年何名かの女子生徒達が、部長・白石蔵ノ介の現在進行形で口癖となってしまったあの有名台詞で何人かが卒倒し、保健室送りになっているのはテニス部をはじめ全校生徒が認知済みだ。本来の性格はともあれ、ルックスや笑いのセンスがピカイチであるテニス部は男女共に人気が高い。見世物としての価値観が大幅に上がるのだ。



『でもある意味いい客寄せでしょうね。騒ぎを聞きつけて生徒達がこぞって見学にきそうですし』



 それはそれでアリなのかも、と思案する清花に財前は心底嫌そうに顔を歪める。小春と一氏は二人揃って首を捻り「どないしよ…」と悶々と悩んでいるようだった。



「あっ、せや! 清花ちゃん、マネージャーどないするん? これ以上部員増えたら一人はきついんとちゃう?」



 小春の危惧していることはこの場にいる誰が聞いても理解できることだった。
 現在部員数が三十を超えている中、マネージャーは清花ただ一人だけだ。全員分のタオルやドリンクの準備、部員一人一人の体調管理、スコアブックの作成などを行っているがこれ以上部員が増えればその負担は大きくなる。そうなれば彼女一人では到底手に負えなくなるのは目に見えている。



「せやけど、先輩。清花が入るまではマネジおらんかったんやろ? なら自己管理をしっかりすれば、負担はかからんのとちゃいますか」



 最後にテニス部にマネージャーが在籍していたのは八年ほど前で、それ以降テニス部にはマネージャー不在の期間が続いた。その間は一人一人が自己管理をきちんと行い、タオルやドリンクの準備はレギュラーを除いた部員達で交代制で行われていた。だがそれも、清花が入部したことで均衡を崩しつつあり、いくら彼女の仕事内容とはいえどマネージャーに甘えすぎているのが目立ち始めており、一人でこなすことには元より難があったといえる。



「うーん…、みんなが協力体制作らんとアカンなあ」

「白石も気にかけとったみたいやしな。一度オサムちゃん交えて話し合った方がええやろ」



 うんうんと納得した様子の小春と一氏に、清花は開きかけた口を一度閉じるが、やや間を置いてから遠慮がちに『それなんですが…、』と切り出した。



『実は、親戚が今年入学しまして…よければマネージャーをやってみないかと誘っているんです』

「あら、そうなん?」

『はい。割と部活の話を聞いてもらうことも多かったので、本人も是非やってみたいと意気込んでいましたし。監督には既に話を持ち掛けましたから、近々部長に相談しようと思っていました』

「そうやったんかー。まあ、清花が誘うんやから白石はええて言うと思うで。うちらかて文句はないし」



 日々せっせとマネージャー業務をこなす清花の姿を部員達もしっかりと把握しているし、なにより一番側で見ているのは部長である白石だ。彼女の努力や実力はきちんと認めており、テニス部一同あまり口には出さないが日頃から感謝しているのだ。その彼女が新しいマネージャーを連れてきたところで文句やいちゃもんをつける者は誰一人としているはずがなかった。
 しかし清花は苦笑交じりに不安そうに肩を竦めて見せる。



『それは有難いことなんですけどね。あの子とても素直でいいこなんですけど…かなり抜けているというか、天然というか、ケアレスミスが多かったりと心配事が多々あるんですよ』



 すかさず財前が答えた。



「お前がついとるんやから心配いらんやろ」

「せやで、清花ちゃん。最初は誰だって上手くいかんくて当たり前やし、不手際なんはしゃーないで。それにうちもフォローしたるさかい、安心しいや!」

「そや。いっつも清花に助けられとるんはうちらや。ほんなら清花を助けるんはうちらの役目やで」

『……はいっ、ありがとうございます!』

「ユウジ先輩、たまにはええこと言いますね」

「オイコラ財前どういう意味や!」



 心外だと顔を引き攣らせて憤る一氏に、喧嘩を売った張本人は面倒くさそうに溜息をついて清花を一瞥する。準備を済ませた彼女はそれに小さく笑って、スコアブックとチェックシートを挟んだバインダーを片手に、お先にとでもいうように空いてる手をひらひらさせてコートへ向かおうと部室の扉へ手をかけて外へと踏み出した。



「はよ準備せな怒られますよ」



 騒ぎ立ててまともに着替えが進んでいない一氏を横目に、財前はラケットを手にすると彼女のあとへ続いてコートへと向かった。





客寄せパンダ

第一章 物語の始まり




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