はじまりは、きっかけは、ほんの些細な出来事から訪れるのだろう。誰も予想せずに起こり、なんとなく終わりを迎えてはまた始まる。そうやって繰り返し、縁を結び、解れ、繋いでゆくのだろう。

 ――だからこそ、繋がれた縁はやがて強く太い絆へと、愛へと変わっていく。










 四月。新学期。二学年に進級した清花は、昇降口の掲示板に張り出された紙面から自身の名前を探し求めた。そしてやっと見つけた名前の隣に並んだそれに思わず破顔した。

 二年七組。三輪清花。……―――財前光。

 昨年、清花が中学入学と同時に大阪に転校してきた際、初めての友人となったのが彼だった。地域独特の雰囲気に馴染めずにいた彼女に周囲が好奇の目を向ける中、財前だけは興味なさげに唯一普通に接してくれた相手で、そこから部活動を共にするようになって仲が深まった。いまでは清花にとって異性の親友といっていいほど砕けた関係だ。

 ゆったりとした足取りで教室へと足を運ぶ清花は、廊下ですれ違う元クラスメイト達や部員達と挨拶を交わしていれば、どんっ!と背中に走った軽い衝撃に思わず前のめりに倒れそうになる。

 ――うっわ…。

 清花は新学期早々ツイてないなと近づく床に受け身の態勢をとろうとすれば、ふと二の腕が強い力で掴まれ上半身がぐいっと後ろへ引き戻される。彼女が驚いて振り返るよりも早く、その不機嫌そうな声は頭上から降ってきた。



「おい、気ぃつけや」

「あ…す、すまん」



 その声は清花を咎めるものではなく、彼女へ衝撃を与えた相手へ対する注意だった。新学期で浮かれてはしゃいでいたのだろうと想定した清花は体ごと向き直ると、つい三日前にあったばかりの彼を見上げて小さく笑った。



『おはよう、財前君。助けてくれてありがとう』

「はあ…ったく、なにやっとんねん。朝から余計な体力使うたわ」

『不可抗力なのに…』



 そういってくすくす笑う清花の額を、財前は人差し指で小突くと「ほら行くで」と彼女を促した。隣に並んで歩きだす彼に、清花は小突かれた額を軽く擦って「乱暴なんだから…」と苦笑しながら悪態づく。



「…また今年も同じクラスやんな」

『うん、今年も部活共々よろしくね』

「もういっそのこと委員会も一緒でええんちゃうか」

『…図書委員?』

「本好きなお前なら苦痛でもないやろ」

『まあ、うん。って財前君が図書委員に立候補したら大変なことになるから遠慮したいんだけど…』



 財前と清花が所属する四天宝寺男子テニス部、そしてレギュラーメンバーは校内でも人気が高い。特に財前は女子からの人気が高く、レギュラー内でも一、二位を争うのではないだろうかと清花は思う。そんな彼が図書委員に立候補するとなれば、女子の立候補者が絶えないのは目に見えている。修羅場という危険地帯にわざわざ踏み入るような真似は控えたい。



「俺が推薦すれば文句はないやろ。ていうか、お前相手に張り合おういう奴おらんからな」



 知名度・人気度双方共に高いテニス部のマネージャーを務めている清花は、色んな意味で最強――いや、最恐として知れ渡っている。マネージャーを始めた当初は学年問わずに女子からの嫌がらせがあったものだが、それをひと月もかけずに問題解決させたうえ、いまでは彼女個人の非公式ファンクラブ(一説によるとテニス部のファンクラブよりも人数が上回っているらしい)さえあるほどだ。財前との仲の良さも周囲が認知済みの為に、立候補したところで実は問題ない。だがいつもその事実を頭の片隅に追いやっている清花は、思い出したくなかったというように苦い笑みを浮かべて歯切れ悪く答えた。



『あー……、それも、そうでしたね』

「しかも煩わしくなくて一緒におって楽な奴、お前くらいしかおらんしな」

『高評価頂けて光栄ですが、…わたし今年は生徒会に入りたいんだよねー』

「なんでそない面倒くさいもんに入ろうとすんねん」

『進路を有利にしておいた方がいいかなーと思って。二年、三年て続けてやっておくとそれだけで受かったようなものなんだって』



 兄さんがそう言ってた、と付け加えた清花に財前は明らかに期限が悪くなる。まるで我儘を押し通す子供のようだと思いながら、清花は肩を竦めて宥めにはいる。



『それに純粋に図書委員を希望する子もいると思うし。その子の為にも枠空けといた方がいいでしょ? 色目使っているかどうかなんてすぐ判別つくだろうし。あ、なんなら謙也さんファンの子推薦しようか?』

「いらん。余計なお世話や」



 ぴしゃりと冷たく言い放った財前に、清花はそっと嘆息する。
 こうなってしまっては、手の付けようがない。治まるまでそっとしておいた方がいいが、そうすると周囲(主に謙也)に被害が及ぶこともあるので機嫌を取らなければならない。



『はいはい、ごめんなさい。まあ、生徒会じゃなくても委員会続けておけば有利になるし、財前君の気持ちが分からないわけでもないから図書委員でもいいよ?』

「ええわ、もう。お前が嫌やいうてもやらせるつもりやったし」

『強行突破デスカ……想像してなかったわけじゃないけどね』



 財前がやりかねないことは理解していたので、清花としては予想的中だと笑うしかなかった。彼は物言いたげに彼女を横目で見ると、先ほどよりも幾分が眉間の皺がとれた、少しだけ緩んだ表情で口を開いた。



「なあ、」

『うん?』

「今日、午後暇やろ」



 今日は午前中が始業式、午後からは入学式となっている。在校生の殆どは入学式に参加しない為に下校か、もしくは部活動に赴くことになる。財前と清花も帰りのSHR終了後、部活のミーティングが入っているが数十分で解散することだろう。清花がそう思いながら返答するよりも早く、財前が続けた。



「映画観に行こや」

『また唐突だね。いいけど、なに観るの?』

「あれや。大富豪が窮地に追い込まれていくサスペンス」

『え…?』



 吃驚したように目を瞠った清花に財前はふいっと視線を逸らした。
 彼が述べた作品は清花が前々から推理好きな白石と「観たい観たい!」と口にしていたもので、春休みも部活三昧でなかなか観に行く時間をとることができず、いままで観ることができずにいた。仕方ないからDVDが出るのを待とうかと思っていた矢先、思わぬ吉報を持ってきた財前に彼女は驚かずにはいられない。



『財前君もあれ、観たかったんだ?』

「結果見えへんみたいやから、なんやおもろそうやな思って」

『やっぱりサスペンスの見所は推理だよね。わー、でもよかった。DVD出るまで我慢しようかと思っていたとこだったから』

「…、ええタイミングやったな。ミーティングが一時半に終わったとしても、二時の上映には間に合うはずや」

『監督と小春先輩の話長引かせないようにしなきゃね』

「最悪途中放棄でかまへん。あとで謙也さんに内容聞けばええやろ」

『いや、それはダメでしょ…』



 と否定しつつも、実際ミーティングが他愛無い話に変わることは多々あり、本題に入らないまま終わった時もある。四天宝寺の自由奔放さといったら、教師も生徒もあったもんじゃないなと清花は小さく嘆息する。



『でも今日は部員勧誘の話だろうし、すぐに終わると思うよ。必ずしも脱線しないとは言い切れないけど…』

「せやから心配なんやろ。収集つかん思うたらすぐとんずらするで」



 ええな、と念を押す財前に清花はやれやれ仕方ないなと笑みを浮かべて頷いた。
 これからまた一年、同じクラスでやっていくのだと清花はほんの少し心を弾ませて、財前と共に新しい教室へと足を踏み入れた。





序章

第一章 物語の始まり




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