その後、リコの隣で見学をしていた清花は、改めてバスケットボールというものに関心を向けていた。
 幼い頃はバスケ馬鹿の叔父のせいで、それはもう容赦なく色々と叩きこまれた。何度か叔父のバスケ仲間達の中で一緒にプレイした覚えもある。だが清花にとってバスケは所詮「お遊戯」でしかなく、むしろ習い事だった“空手”や“剣道”の方に「真剣」に向き合っていただろう。ある程度の基礎やルールは知っている、だがそれまでだ。
 なかなかに良いトレーニングを行う部員達の様子を観察しながら、たまにちらりと横のリコの顔を伺う。部員各人のレベルが同等に高いとはいえないが、確実に強くなっているのはこの人のおかげだろう。スパルタではあるがバランスよく鍛えられるように上手く組まれたメニューと、先ほど主将である日向が述べていた天賦の才であるその眼をもって、ココは強くなる――と清花は確信できた。



「…さん、三輪さん?」

『あ、ごめんなさい』



 あまりに熱心に部員達を眺めていたせいか、隣のリコに呼ばれていることに気づかなかった清花は即座に謝罪した。リコはそれに笑って「いいのいいの」と手を振る。



「それにしても穴が開きそうなくらい熱心に見てるわね。興味沸いた?」

『はい。少なくとも、いまは関心がありますね』

「それは良かったわ。さっきも色々聞いたけどマネージャー経験も豊富みたいだし、よかったらマネージャーやらない?」

『…でも、募集していないんですよね?』

「本来はね。でも駄目ってワケじゃないし、これからのことを考えればマネージャーは必要になると思うの。ただ、うちは生半可な気持ちでやっているワケじゃない、日本一を目指してやっているからこそ、中途半端な覚悟で取り組んでもらいたくはない」

『チーム一丸となったプレイをするからこそ、ということですね』



 なるほど、ココは本当にチームプレイと大切にするようだ。四天宝寺のように、個々を強調して各々を活かすのとはまるで違う。――ならば、ここは身を引いた方がいいだろう。自分では、悪い意味で不協和音だ。



『……相田さん。折角見学させて頂いて申し訳ありませんが、わたしでは務まらないでしょう』

「…どうして? あなた、マネージャーをやりたそうな目をしているわよ」

『確かに、その気持ちもあるんです。ただ、少々問題がありましてね』

「問題?」

『ざっくりいえば家庭の都合です。わたしも家業に携わっている身なので、いざというときに優先するのは部活ではなく家業になります。そうなると、週に何日参加できるかもわかりません。正規より臨時マネージャーのようなお手伝いならできるというところですかね』



 誰にだって家庭の諸事情は付き物だろう。リコは成程と顎に手を添えて考える素振りをした後、しばらくの沈黙ののち「いいわ」と口を開いた。清花はそれに何度か瞬いて『え』と呟く。



『…いいんですか』

「だってあなた、やりたいんでしょ? それに家庭の都合なら仕方ないじゃない。マネージャー業っていったって、この人数だもの自分達で出来ることは自分達でやるわよ。この際臨時でもなんでもいいわ。だから一緒に日本一、目指さない?」

『…頼もしいカントクですね。原動力なのも納得がいきます。是非、マネージャーやらせてください』

「決定ね」『よろしくお願いします』「こちらこそ。あとお互い敬語は抜きにしましょーね、清花ちゃん」



 にこりと微笑んで握手を交わす二人を尻目に見ていた小金井が、決まりだなと小さくガッツポーズを決めていたことは余談である。
 こうして清花は誠凛バスケ部の臨時マネージャーに就任し、その日の夜に四天宝寺のLIMEのグループでそのことを報告した。ほぼ全員が「え、バスケ!?」「テニスじゃないん!?」と返してきたが、最終的に「清花が選んだんやから最後まで頑張り」と応援のメッセージが届いた。
 そして翌日、杏に朝一でバスケ部のマネージャーになったことを話せば「えぇ!?残念…是非テニス部に来てほしかった」「でも頑張ってね」と言葉を頂いた。裕太にも勿体ないと残念がられたが、結局最後には「気が向いたらいつでもコッチにこい」と言われたので笑って頷いた。

 ――放課後。朝と打って変わって悪天候になるがテニスと違ってバスケは室内競技なので支障はない。今日はリコの意向により一年対二年でミニゲームをするという。清花は慣れた手つきで全員分のドリンクの準備を終えると、体育館の隅でゲームを傍観していた。



『……へぇ、』

「ん、どうかした?」

『いや、彼、凄いなと思って』

「彼?」

『黒子君だよ。全然コートにいるって思わないからさ』



 なにやら揉めている一年生達の中心にいる黒子をじっと見つめる清花に、リコも思わずはっとして彼を見た。その存在感のなさにいまのいままで忘れていたのだろう、とその横顔を盗み見て清花は思う。
 黒子ほどではないが影の薄い清花は彼の存在に気づくことができた。周囲に比べれば俊敏な動きをするわけでもないし、シュートや技術も劣っている。



(キセキの世代とかよくわからないけど、レギュラーだったってことはなにかあるってことだろうし…)



 彼が今後どう出るのだろうかと観察していた清花は薄らと笑みを浮かべた。――そして彼女も驚く結果はすぐに齎された。





■  □  ■






 部活が終了した時には、おは朝の天気予報通りにすっかり雨が上がっていた。一応念のためにと鞄の中に入れてきた折り畳み傘は無用だったらしい。清花は夕暮れ時を歩きながら、久しぶりに寄り道して帰ろうかなーとふらりとマジバーガーへと足を運んだ。
 新発売のバナナシェイクとポテトを注文して席を探して周囲を見渡せば、見知った背中を見つけて、思わず足がそちらへ引き寄せられるように向かってしまった。



『火神君、と黒子君。お疲れさま』



 大きな火神の背中に隠れていて見えなかった黒子の存在に気づき、付け足して控えめに挨拶すれば二人の視線が清花へと向けられる。そして先にストローから口を離した黒子が言葉を返してきた。



「お疲れ様です、三輪先輩」

「……お疲れ様、っす」



 清花は空いていた火神の後ろの席へと腰を下ろすと、シェイクを片手に其方へと体を向けた。『二人共、仲良いんだね』と口にすれば瞬間びきっ、と火神の額に青筋が浮かび上がったのを見て「あれ」と思い、話題を変えようと頭を捻ればすかさず黒子がフォローに出た。「三輪先輩も寄り道ですか」



『うん。黒子君なんのシェイク飲んでるの?』

「バニラです。ボク、ここのバニラシェイク好きなんですよ」

『そうなんだ。じゃあ今度バニラ頼んでみるね。…ねえ火神君、いったい何個注文したの、それ』

「…二十個くらい」

『流石男の子だねー』



 金ちゃんといい勝負だなぁと思いながら笑う清花は、ストローに口をつけた。



「…そういえばアンタ、バスケわかんの」



 火神の威圧的な眼光を向けられた清花はこれで二度目だなぁと肩を竦ませれば、黒子も気になるといったような目を向けてきた。



「確か、テニス部のマネージャーをしていた、と言ってましたよね」

『うん、そう。ただバスケは幼い頃に叔父に教わっていたことがあるから、ある程度は分かるよ。だから黒子君には驚かされたけどね』



 あんなパスワークに特化した選手なんて、初めて見た。



『早々できるものじゃないよね、沢山練習積み重ねたんだろうなーって。火神君は身長も技量もパワーもあって、尚且つ負けず嫌いさんでしょう? 正反対な二人の成長がこれから楽しみだなって思う』



 あ、ごめんね。なんか上から目線で物言っちゃって。と謝る清花に、悪気はないらしいと感じた二人は気にしてないと頷いた。それから暫くの間、三人はバスケの他愛無い話をしたあと帰路へとついた。

臨時マネージャー、就任

第二章 日常に潜む怪異




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