その後正式な入部を果たし――といっても臨時を正式と言っていいものなのか微妙だが…――屋上からの宣戦布告にこそ参戦しなかったものの、清花はバスケ部のマネージャーとして日々活動していた。リコの指導の下に教えを乞い、中学時代の経験を活かしながらせっせと真面目に取り組む姿に部員達からもすぐに認められることになった。
 とはいえ、小金井を除いた二年生とはあまり会話をしたことがない。一年生達でさえ、最近やっとまともに話せるようになったばかりだ。相変わらず、友人作りが苦手な自分のことを痛感させられる清花だった。
 だから、だろうか。すぐ、厄介事に巻き込まれるのは。



「あの、すんません」

『……はい?』



 清花が振り返った先にいたのは背の高い美少年だった。だが明らかに制服が誠凛のものではない。他校生がいったい何用だろうかと不審感を抱きながらも、にこりと人当たりの良い笑みを貼りつけた。



「体育館て、どっちスかね? バスケ部のとこに行きたいんスよ」

『バスケ部にご用、ですか。わかりました、ご案内します』

「えっ…あ、いや、いいっスよ。場所さえ教えてくれれば、ひとりで行くんで」



 一瞬困惑した表情を見せ瞬時に偽りの笑みを貼りつけた相手に、清花はよく似た相手を思い出してああ、と納得する。

 ――この人、女性の苦手意識が強いうえに、信用していない。

 現に周囲の集っている女子の視線が痛い程彼に注がれている。だったら早いとこバスケ部へ逃げたいと思うのは仕方ないことなのだろう。かつて自分自身も男性が苦手であった過去を持つ清花としては、その気持ちが分からないこともない。



『…バスケ部なら、校舎の左手を回って裏にある体育館です』

「……あ、うん。助かったよ、ありがとう」



 素直に答えたことに驚いたのか、数秒の間ののちにキラキラとした笑みで礼を口にした彼に清花は「では」と踵を返した。結局、自分もいまから向かわなければいけないのだが遠回りしていこうと、校舎の右手側へと足を向けた。





■  □  ■






 なんだこの人集りもとい女子集りは。
 顔を引き攣らせて体育館への入り口を塞ぐそれらを眺める清花は、不快を示す溜息をこぼしてその人波が引くのを待つ。幾ら影の薄い清花とはいえ、このなかを自由自在に通ることは難しい。人波が引いてなんとか体育館へと足を踏み入れて息を整えれば、コートに突っ立っている部員達と、ギャラリーの中心にいるさきほどの美少年と黒子・火神を交互に見やる。



(ああ、彼が原因か……)



 ざわついているのは美少年がおそらく有名人だからだろう、清花もどことなく既視感があった。納得、と肩を竦めた清花は先ほど引いていった女子の群れを思い出し、彼らのもとへと駆け寄った。『リコちゃん、遅くなってごめんなさい』



「清花ちゃん」



 素直に謝罪を口にすれば「大丈夫だった?」と問われ、なんのことだろうと考え思いついたのは先ほどの女子生徒達。清花は微苦笑交じりに『なんとか』と答えて本題へと切り替える。



『本来事前に連絡しておけば良かったんだけど、連絡先を聞き忘れていたことを思い出して……。実は家業のほうで連絡が入ったので、今日は練習をお休みさせて頂きたいと思って伝えに来ました』

「あ、そういえば忘れていたわ…。わかった、ちょっと待っててもらえる? 連絡先交換しましょ」



 そういいパタパタと部室へと向かっていくリコを見送った清花は、「あれ、さっきの…」という声に反応して改めて金髪の彼へと向き直った。そしてにっこりと営業スマイルをつくり上げて『先程はどうも』と挨拶をする。



「バスケ部だったんスね…」

『はい。バスケ部臨時マネージャーの三輪清花と言います。無事に辿りつけたようで安心しました』

「いや…、オレの方こそさっきは悪いことしたっスね」

「三輪先輩、黄瀬君と知り合いだったんですか」



 話の腰を折って入ってきた黒子に、清花は首を横に振る。



『いや、さっき校舎前で出くわしただけだよ。ん?…ていうか、黄瀬君ってあのモデルのキセリョ?』

「やっぱ三輪もモデルで知ってんだねー」



 やっぱりイケメンはずるいよなあとぼやく小金井に、清花は小さく笑った。



『名前だけですよ。わたし雑誌とかあまり見ないから。それに、』



 清花は一端言葉を区切ると黄瀬へと向き直る。



『花菜が何度かお世話になっているようでしたので』

「かな…?」

『藤原花菜。ご存知でしょう? “花菜ち”の愛称の方がわかりやすいかな?』



 清花の母方の親戚にして四天宝寺テニス部マネージャーを務めている花菜は、小学生の時から現役読者モデルとしても活動している。その折に何度か黄瀬との撮影に当たったらしく、清花もよく話を聞かされていたので覚えていたのだ。



「えっ、花菜ちゃんの知り合い? ってことは…いつも話に出てくる“清花先輩”って、三輪さんのことか!」

『うっわー……いつも話してたとか、嫌な予感しかしない……』

「浪速の公式夫婦ってなんスか! めっちゃ気になるんスよ!! んでもって仏と鬼の顔を持って部員に敬われていたとか畏れられてたとかなんとか…とにかく姐さんと呼べる最恐な人だって!!」



 キラキラと好奇の目を向けてくる黄瀬と、それ以外にも視線を感じとった清花は片手で目元を覆うと俯き、そして大袈裟ともいえる盛大な溜息をついたのちぼそりと呟く。



………あの糞餓鬼、しばく



 指の隙間から覗いた緋色の瞳は笑っていない。むしろ炯々と目を光らせ、獲物を定めた猛禽類のようにすら思えた。それは正しく、鬼の顔。
 彼女はゆらりと顔をあげて人当たりの良い笑みを浮かべてみせれば、何人かが背筋にぞくりとしたモノを感じた。



『黄瀬君。あの子、他になんか言ってなかった? ん?』

「え、他にスか? んーっと…」

『本当になんでもいいですよ、ふふふ』

「な、なんか怖いんスけど…えっと、……んー、財前って人との話ばっかしてたスね。夫婦漫才の片割れなんでしょ? 部長は魔王で嫁は般若で最恐夫婦…って…Σう゛えっ」

『へえぇ………これはもう、お仕置きするしかないかなぁ



 なにを言い触らしてくれとんじゃ、あの小娘(馬鹿)は。
 表面上貼りつけた笑みが恐ろしい程綺麗で尚且つぞっとするようなのは、もはや気のせいでは済まされない。年々威力が倍増しつつある(謙也談)絶対零度の微笑と低い声に「あれ、ドチラ様?」という誰かの声が聞こえた。
 普段の大人しく真面目な雰囲気とは打って変わった別人ぶりに驚く一同だったが、リコが戻ってきたことによりそれは一瞬にして戻った。



「ごめん、おまたせー! って、どうかした?」

『いや、変わったことはなにもないよ。手間かけさせてごめんね』

「いいのよ。元はといえば教えてなかったのが原因だし。じゃ、はい…これでよしっと」



 互いの連絡先を交換し合い、リコは「長引かせてごめんね」と申し訳なさそうに謝る。清花はお気になさらずと微笑んで、それじゃあ失礼しますと全員に声をかけて体育館の出入り口へと歩いていく。その背を見送る中、リコ以外の一同は怯えた目で彼女を見つめていたのは言うまでもない。










Σひっ…!

「ん? どうかしたんすか、花菜先輩」

「あ、海桜っち……な、なんかいま悪寒がさぁ……あはは、」

「まぁーたなんかやらかしたんすかー、まったく」

「やってないよ!…なんだろ、風邪かなぁ……ぴぅっ!?

(……姉貴だろうな)



 そんなやり取りが行われていたことは余談である。

噂のモデル、対面

第二章 日常に潜む怪異




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