入学式を終えた日の夜。清花のもとに小金井より連絡が届いた。
 カントクにかけ合ってみたところ、了承を得たとのことで指定された日に体育館へ来てほしいとのことだった。そこで詳細を話すとのことで、この話の流れ的に『あれ、見学じゃなくて決定になってない?』と思ったのは清花の胸の内に留めて置く。
 そして指定された日の放課後。清花はSHRが終了したのと同時に鞄に必要なものを詰め込んで席から立ち上がれば、背後から「あら」という凛とした声が届く。



「珍しいわね。清花ちゃん何か用事でもあるの?」



 中学時代よりも伸ばされた、肩口より下で切り揃えられた髪を揺らして、興味津々といった表情を見せる彼女の名前を橘杏という。清花の中学時代の先輩でもある千歳千里と九州二翼として肩を並べた橘桔平の妹である。転学当日、なんの因果か、クラス全員の自己紹介後に行われた席替えで前後の席になった。



『うん、ちょっとね』

「あ、三輪さん、よかったら体育館まで一緒に行かない?」



 後ろに水戸部を引き連れた小金井から有難い誘いを頂けたことに清花は感謝の笑みを浮かべて『ぜひ、お願いします』と答えれば、杏は瞳を落っこちそうなほどに見開いて吃驚する。



「え、清花ちゃん、バスケ部に入ったの?!」

『いや、あくまでも見学だよ。見てみる価値はありそうかなぁって』

「へぇ…そっか。じゃ、明日話聞かせてよね」



 気になる様子を隠さずにいた杏だが、余計な詮索をせずに別れの挨拶を口にしてきたので清花も笑顔でそれに返す。



『ん、また明日ね』



 ひらひらと手を振って、彼女は小金井達と共に体育館へと足を進めた。





■  □  ■






 ダム、ダムとボールをつく音が清花の耳に入ってくる。テニスボールよりも重みのあるボールの音にどこか不思議な感じがしながら、彼女は体育館へと足を踏み入れた。
 新設校であるせいか、部員数は十人以下と少ないんだなと清花は成程と納得する。先ほどから清花と同じように遅れてやってくるのは大方仮入部の一年生達だ。うち何人が本入部するのかは分からないが。



「三輪さん!」



 聞きなれたクラスメイトに呼ばれて清花は顔をそちらへ向けると、バスケットボールを片手に小金井が軽い足取りで彼女へと駆けてくる。清花は体ごと小金井に向き直る。



「大丈夫? 緊張してない?」

『少し…緊張しているかな』

「そんな気を張ることないって! 水戸部も楽しんで見てってほしいってさ」

『うん、ありがとう。あ、カントクさんに挨拶したいんだけど…、まだいらしてないよね』



 くるりと体育館を見渡した清花に小金井がああ、と口を開けば耳馴染みの良い声がそれを遮った。



「あなたが三輪清花さん?」

『あ…はい』



 制服の上から紺色のセーターを着込んだショートカットの似合う少女に、清花は杏のような雰囲気を感じながら返事を返した。にこりと微笑んでほんの少しばかり背の高い彼女を見つめていると、今度は小金井の声が彼女の言葉を遮った。



「よーし、一年全員揃ったなー!」

「ちょっと小金井君、遮らないでよねー。三輪さんごめんね」

『ああ、いえ。気にしていませんので』

「そう。あとすぐ自己紹介入るからちょっと待っててね」



 そういいいつの間にか整列していた一年生達に倣い、清花は同級生と話をする彼女に一礼してその列へと加わった。するとすぐ目の前にいた少年が左隣の少年の肘を突いた。「なあ、あのマネージャー可愛くねー?」彼の視線の先には先ほど清花に声をかけた少女の姿がある。「二年だろ?」同意を示すように隣の彼が返す。



「あれでもうちょい色気があれば…」



 その言葉が言い終わる前に清花は真横にすっと気配が現れたことに気づき、見上げた瞬間彼は目の前の少年二人の頭をぼかっと殴った。うわ、痛そうと彼女は苦い笑みを浮かべる。



「ぁいて!」

「だアホー、違うよ!」



 するといつの間に移動したのか、彼らの目の前には少女が仁王立ちしていた。



「男子バスケ部カントク、相田リコです、よろしく!!」



 数秒の間の後、一年生達の悲鳴が上がった。清花はひとり、感心していたが。
 その後リコの命令で一年生がシャツを脱いで身体チェックを行なったり、入部希望者の一人でちょっとした騒動になったりしたが、なんとか無事に終わった。
 そして最後に見学者である清花の自己紹介をすることになり、全員の視線が彼女へと向けられた。



『2年D組の三輪清花です。中学三年間と高校一年間を大阪で過ごして、二年に上がる前にこちらに戻ってきました。中学時代から男子テニス部のマネージャーを務めていて、全国の舞台に選手と共にいきました。えー、小金井君に募集していないマネージャーとして声を掛けられて、見学に来た所存です。よろしくお願いします』



 礼儀正しく、まさしく作法に乗っ取ったようにお辞儀をした清花に一同は驚く。「ってかコガ、お前何してんだよ」という呆れた声が頭上から聞こえたのと同時に、彼女は頭を上げた。小金井はあははと笑って首の後ろを掻いた。



「んー、勘ってやつかなー。ってか三輪さん全国いってたのかー」

『うん。全国シード強豪校、二・三年前は全国大会準優勝の結果です』

「え、は……えぇっ!? マジで!!? …ってことはもしかして四天宝寺!?」

『あ、ご存知でしたか』



 ぎょっと驚いたように目を見開く小金井に、清花は照れくさそうに笑う。周囲は聞き取った単語だけでも凄いということがわかった。



「超有名どころじゃん! しかも一昨年はあの王者立海が二年連続優勝逃して、青学が二連覇したんでしょ?」

『バスケに転向しても結果は知っているんだね。まあ立海は三強が抜けてしまった穴は大きかったんじゃないかなあ…テニスは一応団体戦だし、切原君達だけじゃあ無理があったかと』

「そうだよなぁ。でも流血沙汰とか、事故とかなかっただけいいんじゃないのかな」

『ほんとうに。なんであんな物騒なことになるんだか』



 二人はしみじみと昔話を咲かせれば、「事故?」「流血沙汰!?」と物騒な単語を聞き取った部員達がざわついた。いったいどんな試合をしていたんだと顔を引き攣らせる一同に、清花と小金井は一度顔を見合わせて苦笑する。



『バスケは、そういうことない…よね、きっと』

「だいじょうぶ。絶対にないから、安心して」

『それは良かった。でもわたし、まだ見学の身ですけどねぇ』



 のほほんとして会話する二人に、周囲は一種の恐怖と言語の壁を覚えたという。

ひとつのハジマリ

第二章 日常に潜む怪異




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