桜舞う四月某日。始業式と入学式。本日は晴天なり。
 清花は真新しい真っ白のセーラー服に身を包み、黄緑色のスカーフを正した。天候にも気温にも恵まれているとはいえ、まだ肌寒いので灰色のカーディガンに袖を通す。
 創立二年目の私立高校――誠凛高校が、これから彼女が二年間を過ごす場所だ。近場のイトコが通う秀徳高校や友人のいる一貫校の氷帝学園も捨てがたかったのだが、設備も整っている真新しい学校に通える機会は早々ないだろうと清花は誠凛を選んだ。
 まだピカピカの黒のローファーに足を踏み入れて、清花は深呼吸をして玄関の扉を開けてエレベーターへと向かう。期待と不安に胸を膨らませて中へと乗り、一階のボタンを押した。妙な浮遊感に襲われて下がっていくエレベーターの中、清花はそっと左袖をずり上げた。
 一年前の入学祝に兄からもらった革ベルトの時計と青虎目石のブレスレット、その隣には見慣れた白と緑のリストバンド。



≪――餞別や。あっちでも頑張り≫



 別れの挨拶を告げた日。受け取ったリストバンドと、少し淋しそうな笑顔。



『…いってきます』



 返事はない。でも、踏み出した一歩は清々しかった。





 長兄の付き添いのもと、誠凛高校へと踏み入った清花は職員室にて挨拶を済ませた兄を見送り、新しいクラス・2−Dへと入り隣席の生徒と軽く話をしたあとは日程通り始業式や飾りつけなどを午前中に終えた。そして午後の入学式後。清花は新入生と在校生で溢れ返る校舎内を歩き回っていた。
 ひと通り校舎内の構図を知っておいたほうがいいに決まっている。それに今日は幾ら歩き回って迷子になったとしても、これ幸いとどっからともなく人が沸く。クラブの勧誘が盛んに行なわれている校舎外に比べれば、校内は人の良い生徒が道を教えてくれる。ありがたいことだ。



『さすが、新設校…淀んだ気が一切ないわー』



 校舎内も大体を見終え、いざ校舎外に出れば人で混雑、ごった煮状態で先に進むのにはかなり労力が入りそうだった。だがしかし、清花は人混みに慣れているしもうひとつ利点がある。
 するりするりと相手とぶつからないようにして各クラブのブースを見て回る清花は、気配を消すことに長けていることもあり慣れた様子で簡単に人の脇を通ることができる。煩わしい勧誘に付きまとわれることもないし、ゆっくりと各クラブの雰囲気を眺めることができるので一石二鳥だ。



「テニス部でーす! 初心者経験者問わず、大歓迎だよー!!」



 ふと耳に入った聞き慣れた単語に、自然と清花の足は止まっていた。声のした方へと視線を辿ればテニス部のブースがあり、男女ともに張り切って勧誘が行われていた。
 清花は大阪在学時代、男子テニス部のマネージャーを務めていた。全国大会出場の強豪校で、部員数もかなりいる中でのマネージャー業務は骨が折れたが、辛い思いも特になく充実した日々だった。特に中学二年生の時が一番楽しかった覚えがある。
 頼れる優秀な、けどどこか拍子抜けする親しみやすい先輩がいて、手のかかる将来有望なスーパールーキーがいて、可愛くておっちょこちょいな後輩マネージャーがいて、そして。



『…頑張るって、約束したもの』



 勧誘の声に掻き消されたその呟きは、清花だけが知っていればいい。左手首に嵌められた白と緑のツーカラーのリストバンドをそっと撫でれば、耳がその声音を拾った。



「テニス部入部希望者はこっちのブースへどうぞー!」



 見覚えのある顔立ちに、清花は「あ…」と相手を凝視する。それに気づいたのか、相手が彼女のいる方角へと顔を向けた瞬間、ぎょっと目を見開いて「あーっ!」と声を上げて指さした。それに驚いたのは周囲と、指を差された張本人の清花だった。



「お前、大阪四天宝寺のマネージャー!? なんでここに!!?」

『えっ…あ、えと…お久しぶりです。覚えててくれたん…だね?』

「三年の時にウチと青学と氷帝で四校合同練習合宿があったろ。それにU−17だって参加してたしな」

『ああ…、そういえばあったねぇ、そんなこと』

「覚えてねーのかよ…」

『いや…不二裕太君でしょ? 覚えてるよ。合宿でもU−17の時も話したし。ていうか合宿懐かしいなって思って。あの時はうちのゴンタクレがいろいろやらかしたから、その後始末で忙しくてあんまり接点なかったけど…』

「アイツ、遠山だよな? 越前の奴と打ち合ってコートひとつダメにしたもんなぁ。そうじゃなくても他校に迷惑かけてたし。ウチんとこにも来てたっけ…」

『うわ、その節はごめん…。光は面倒くさがって放っておけとはいうけど、そういうわけにもいかないからね。仕方なくわたし達が回収と平謝りだよね…』

「ウチんとこは被害なかったから良かったけど。にしても災難だったなあ…」



 互いに周囲を差し置いて二人の世界に入ってしまい、裕太の周囲にいるテニス部員も二人の話に興味津々で腰を折ろうというような真似はしない。



「ていうか財前とすげぇお似合い、つーか浪速の公式夫婦って言われてたっけ」

『あー……、ちなみにそれはコンビ名みたいなもので、実際付き合ってないよ』

「は…、嘘だろ?! U−17のときだって一緒に途中参加したくらいなのに!?」

『いや…あれは巻き添え事故なんだけど…。まぁ、でもよく誤解されるんだよ、相棒ではあるんだけどね』

「まじかよ…」



 裕太の言う通り、清花は中学時代、財前と付き合っているのだと散々勘違いされている。確かに三年間クラスも委員会も同じでテニス部という共通点もあったし、毎年文化祭では“四天宝寺一お似合いなカップルで賞”を授与される(傍迷惑)ほどには勘違いされる悪友以上恋愛未満の仲だ。それに仮に恋仲であったとしても、テニスに支障が出るようなら付き合っていないだろうと清花は思案する。



『まあ惹かれるところは少なからずあったし、そういう仲に発展しなかったことが凄いなーって逆に思うよ』

「へー…、……財前も色々大変そうだな

『ん? なにかいった不二君?』

「なんも。てゆーか、裕太でいいぜ。兄貴と被るだろうし」

『わかった。わたしのことも清花でいいよ。三輪清花、クラスはD組。よろしく』

「D組か。俺はA組なんだ。ま、これからよろしくな。つか二年もおんなじ学校にいてよく気づかなかったよなー」

『あー…いや。わたし今日から誠凛なんだ。転学してきたの』

「えっ、そうなのか? だったらウチでマネやらねぇ?」

『えっと…やってもいいんだけど、思い出は大切にしたいっていうか…』



 四天宝寺でマネージャーをやっていたときほど、遣り甲斐を感じることはできないと清花は思っていた。
 それは恵まれた環境もあったが、それ以前に信頼できていつでも笑顔の絶えない仲間達がいたからだ。仮に高みを目指す目的は同じでも、清花にとってあの場所と仲間達がいないのでは意味がない。そしてそのせいで裕太達と過去を見比べるような真似をしてしまうような気がしてならなかった。だからこそ、“テニス部のマネージャー”をやりたいとは思えなかった。



『……折角のお誘いだけど、家業に本腰入れるようになるから多忙になっちゃうし、それに色々やりたいこともあるんだ。だからマネはできない。ごめんね、裕太君』

「いや…謝んなくていいぜ。でも気が向いたら助っ人とか、臨時マネとして呼ぶかもな」

『それくらいは引き受けてもいいよ。それじゃ、またね』

「ああ、じゃあな」



 清花はひらりと手を振って、聞き耳を立てていたテニス部員達の引き止める声を無視して人混みの中へと身を置いた。

晴天、再会を呼ぶ

第二章 日常に潜む怪異




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