結局のところ、昼休憩を挟むまで清花は秀徳高校バスケ部で見学をしていた。というのも大坪の“それ”に引き寄せられて、体育館の隅に固まっていた瘴気を打ち消した方がいいだろうと思ったからだ。そして見学するふりをしながら(実際に見学もしていたが)時折柚耶の背後に隠れては浄化の呪文をこっそりと唱え、確実に瘴気を消すことに労力を費やしていたところ、いつの間にやら昼時になってしまっていたというわけだ。
 長いこと付き合わせちゃってごめんね、と謝ってきた柚耶にとんでもないと謝罪を跳ねのけ「むしろ気分転換になった、ありがとう」と礼を述べ、戻ってきた中谷に挨拶をして清花は体育館を出た。
 暖かい日差しを注ぐ太陽は真上にあるが、四月手前でまだまだ肌寒い。ぶるりと身を震わせてもと来た道を辿るように歩いていれば、後ろから「おい」と声を掛けられ立ち止まり振り返った。そこにはついてくるように足早に歩いてくる宮地の姿があった。『さっきの…』



「よう。お前、帰んのか」



 足の長さゆえか、数秒も経たずに清花の隣に並んだ宮地は彼女を見下ろした。身長差は先ほどの大坪ほどではないが、それでも四十センチほどの差はあるだろう。大坪と対面したときでさえ驚いたが、こちらもまた驚かずにはいられない。むしろテニス部には千歳と銀、それから成長した金太郎を除けば皆平均的な身長だった。
 顔に驚きを滲ませることはないが、清花は若干怯えながらも『はい』と返答すれば「あ、そ」と聞いといてどうでもいいような相槌が返ってくる。そして再び歩きだした清花の隣を並んで歩く宮地に、いったい何なんだと思っていれば「お前さ、」と宮地が話しかけてきた。



「三井のイトコなんだってな」

『え? ああ、はい』

「どことなく似てるよなー。姉妹って言われても疑わねーと思うわ」

『…ありがとうございます?』

「なんで疑問系なんだよ」

『いえ…、褒められているのか分からなかったので』

「褒めてんだよ、バカ」



 そうでしたか、と単調な返答を返したところで二人の間に沈黙が落ちる。もとより知り合いでもなく、先ほど顔を合わせたばかりの相手と話すとは難題すぎる。そしてかつて男嫌いだった清花にとっては、幾ら克服したとは言えど見ず知らずの(しかも年上)男と共にいるだけでも息が詰まりそうだった。
 どうにか話題をと思考回路を巡らせていれば「悪ィ」と思ってもみない謝罪が降ってきて、清花は思わず顔を上げて宮地を仰ぐ。彼は顔を顰めてガシガシと乱暴に頭を掻いてそっぽを向いていた。



『え、あの…』

「初対面の相手にバカはねぇよな。悪気はなかった、ごめん」

『えっと…気にしてないので、だいじょうぶですよ』

「気にするとか、そういう問題じゃねーだろ。あ゛ー…俺口悪いからさ、結構ずけずけ物言っちまうんだよ。それが流石に初対面の女子に対してはねーよな」

『………じゃあ、その謝罪は受け取っておきますね。あと、ほんとに気にしてないので。親友がいつもアホだのボケだのどつくだの毒吐いていたので慣れっこなんです』



 フォローにならないフォローかもしれないがと言葉を添えた清花に、宮地は小さく唸った後「…おう」と呟いた。清花はそれに薄く笑って『そういえば、どこかへ行くところだったんですか?』と話題を切り替えた。



「ああ、昼メシ買いにコンビニまでな。弁当だけじゃ足りねーんだわ」

『スポーツやっている人はそうですよね〜』

「まぁ女子はそうでもねーんだろうけど。つかお前ちゃんとメシ食ってんのか? 三井も細いがお前も細すぎる」

『よく心配されますけど、わたし見かけによらず結構食べる方なんですよ。周囲からは驚かれるくらいですし』

「それでそんだけ細いってどんな胃袋してんだよ…」

『確かに消化は早いかもしれませんね』



 ふふふ、と笑う清花はいつの間にか校門に到着したことに、ほんの少しの安堵と寂しさを覚えた。



「お前どっち?」

『わたしはこっちです』

「あー俺反対だわ。んじゃな」

『はい。あ、お話楽しかったです』

「世辞はいらねーよ」

『本心ですよ』



 短時間だが、楽しかったのは事実だ。宮地は少し照れくさそうに首の後ろを掻くと「気をつけて帰れよ」と踵を返した。言葉は乱暴だけど、根は優しい人なんだろうなあ。と清花は笑うと、良心が優って思わず彼を引き止めた。『…あの!』



「…なんだ?」

『さっきの弾けた音、聞こえたんですよね』

「え、ああ……えっ、お前聞こえてたのか?」

『ええ、まあ。ただ、元来チカラがある人にしか聞こえないんですよ』

「……は?」



 なんだそれ、と怪訝そうに眉を顰めた宮地に、清花は『信じてもらえないでしょうけど』と前置きを口にしてそして静かに微笑する。



『もし、自分だけが聞こえる音に悩まされるようになったら柚耶ちゃん伝いにでも連絡してください。少なからず力になれるはずですから』

「オイそれどういうことだよ?」

『…目覚めればいずれ、分かるときが来ますよ』

「はあ?」

『それでは失礼します』

「ちょ、オイ!」



 言い逃げか!と向けた背に投げかけられた言葉に声を返すことなく、清花はゆったりとした足取りで帰路へと着いた。
 忠告はした。深追いを恐れたことは確かだが、それでもいざというときに頼れる者がいた方が安心するだろう。理解者が必要不可欠だということを、清花は誰よりも知っている。たった一人で不安を抱えたままでいるのは、辛い。ならせめて、その不安を和らぐ存在を知らしめておけばいずれ何らかの手助けにはなるだろう。
 清花はポケットから携帯を取り出すと、柚耶に些細なことでも何かあれば報告してほしい旨をメールに打ち、遠くなった秀徳高校を振り返り見た。



First noise を聞く者 W

第一章 新生活




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