「すいません。主将、いま少しいいですか?」



 すとんと耳にはいってきたソプラノボイスに大坪は視線を下へと向けた。
 そこにいたのはマネージャーである三井柚耶と、そして先ほど自分を見つめていた少女だった。内心ぎくりとする大坪だったが、そんな様子を微塵も見せずに柚耶へと体を向けた。



「ああ、どうした?」

「はい。一応紹介しておこうと思いまして」



 そういうと柚耶は自身よりもやや背の低い清花へ視線を投げかけると、彼女は了承したように一歩前に踏み出した。大坪との身長差は五十センチほどで、明らかに清花が見上げる形になるのだが、先ほどのこともあってか大坪は身が竦むような思いだった。清花はにこりと人当たりの良い笑みを浮かべると口を開いた。



『初めまして。柚耶ちゃんのイトコで、三輪清花と申します。中谷監督の許しを得て少し見学させてもらっていたのですが、主将にきちんとご挨拶しないままというのは些か失礼ではと思いまして』

「あ、…ああ。わざわざすまない、主将の大坪泰介だ」

『お噂はかねがね。お会いできて光栄です』

「はあ…。特に目ぼしいものもないと思うが、まあ、ゆっくりしていくといい」



 先ほど感じた畏怖など微塵も感じられず、大坪は拍子抜けしたように間抜けな返事を返す。



『東の王者といわれるだけあって、やっぱり練習も桁違いですね。偶然とはいえど、この目で見ることができて感激です。ただもう少し早く見ておけば良かったと少し後悔しましたが…』



 半分本心半分建前をすらすらと述べる清花に思わず柚耶が口を出さずにはいられない。この数分の間に自分が伝えた情報だけで意気揚々と話す様はペテン師もびっくりだろう。



「清花ったら。並みの高校生がこの量はこなせないでしょうよ」

『まあ、普通はね。でも四天を並みと見縊らないでほしいかな。というより、三年前の中学テニス界を震撼させた彼らなら、このくらいはこなせるよ』



 いまじゃ更にレベルが桁違いだしねぇ、と呟いた清花は数秒後目を瞬かせ『…あれ?』と首を傾げる。二人の会話に参加せずに耳を傾けていただけの大坪は、自分に焦点が合わせられたことに気づいて「どうした」と尋ねた。清花は顎に人差し指を添えてじっと彼を見つめると、爪先立ちをするがすぐに踵をつけた。



『あの、すいません。いきなりで申し訳ないのですが、ちょっと屈んでもらってもいいですか?』

「え? いいが…どうかしたのか?」

『あ、いえ…気のせいかもしれないんですけど。とにかくちょっといいですか?』

「ああ…」



 気圧された大坪は言う通りに屈めば、清花の口角がほんの少しだけ吊り上げられた。そして一瞬柚耶と視線を交わす――もらった、と。
 清花は大坪が屈み込んだ次の瞬間、その肩へと手を置くと撫でるように手早く払う――実際には鷲掴んで彼から引き剥がしたのだが、秒殺ともいえる速さだったので誰も気づかない。彼は不思議そうな顔をすると、彼女は『すみません』と申し訳なさそうに謝罪を口にした。



『やっぱり気のせいだったみたいです。大きい虫がついていたように見えて…無理を言ってすいません』

「あ、……ああ。気にしてない。わざわざ悪いな」



 とんでもないです、と女優顔負けの演技を見せる清花に、いつこんなテクニック覚えたんだろうと柚耶は苦い笑みを浮かべた。
 清花は“それ”を掴んだ右手を体の後ろへ隠すように持っていくと、左の人差し指と中指を伸ばして拳を作り小さく『《》』と呟けば、ばちん!と弾けるような音と共に握っていた“それ”が消散した。勿論、その音は常人には聞こえない。


 ――だが、しかし。



「おい、いまの音なんだ



 清花の驚くべき声がかけられたのは大坪の背後からだった。吃驚したように目を丸くする金髪のこれまた背の高い少年(ボールを投げ渡した相手)は、彼同様見下ろすように清花と柚耶を捉えた。驚いている宮地の隣で大坪は「音?」と不思議そうに首を傾げた。



「そんなもん聞こえなかったが」

「あ? いまハッキリ聞こえただろ」

「いやまったく」



 大坪は何言ってんだコイツと言った感じで宮地を見れば、彼は「はあ!?」と声を荒げて清花達に視線を向けた。



「お前らも聞こえたよな?」

『あー………。えっと、音、ですか?』

「私には聞こえませんでしたけど……」

「…俺の、空耳か? なんか弾けたみてぇな音、確かに聞いたんだけど、」

さあ………



 引き攣りそうになる表情を引き締めてポーカーフェイスを気取る清花。しかし内心はかなり穏やかではない。宮地は気味悪そうに顔を歪めるとそれ以上はなにも言ってこなかった。

 音が聞こえたということは、多少なりとも霊感があるということ。もしくは突然の能力の開花といえる。突然視えるようになったり、聞こえるようになることは“ありえない”話ではない。清花の親しい友人達も力の強い清花の側にいた所為で、視えるようになってしまった者も多くいる。しかもその殆どは巻き添え事件と口を揃えて言うのは余談だ。だから彼――宮地もまたもしかしたら彼女に触発されたひとり、なのかもしれない。
 無自覚な霊感の持ち主程厄介なものはない。いつの間にやら巻き込まれて気づいたときには、取り返しのつかないことになることもある。清花はさてどうしたものかと暫く頭を悩ませる日々が続きそうだった。



First noise を聞く者 W

第一章 新生活




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