(ああ、可哀想に……)



 車道脇に横たわる無残な獣の姿に、彼は素直な思いを胸中で呟いたのは数日前のこと。
 飛び出してきた獣を走行中の自動車が轢いてしまうなど、別段珍しいことでもない。だがその瞬間を見ておらずともそれの残骸を見てしまえば、そこで果てる命ではなかったはずなのに、と思いを寄せてしまわずにはいられない。
 通学路でもあった為かそこを通るたびに思い出しては、普段ならば気に留めることもないというのに不快な思いが胸を締めつけた。せめてもと道端の花を摘んで添えたり、手を合わせたりと自分がらしくないこともした。それから毎日、毎日引き寄せられるようにそこへと視線がいくようになったのは仕方がないのだろう。










 秀徳高校バスケ部主将・大坪泰介は今しがた妙な視線を感じて、気配を探るように視線を泳がせた。そして何度目かのレイアップを終えたところでその相手に気づいた。
 大坪が捉えたのは二年マネージャー・三井柚耶と並んでいる彼女によく似た小柄な少女だった。そして少女が睨むようにじっと自身を見つめていることに身震いしてしまう。一見普通に見つめられているだけのようだが、彼には威圧を含んでいるような気がしてならなかった。


 ――…いったい、なんなんだ?





「…清花、その、結構やばいの?」



 「じーっ」ではなく「じぃぃいいい」が正しいといえる、穴が開いてしまいそうなほど大坪を見つめる清花に、柚耶はやや不安と焦燥交じりに尋ねる。



『んー…、そだね。やばくなりつつあるってところかな。“いま”はまだ大丈夫だけど、あと一週間もすればやばいと思うよ』



 清花の判断に柚耶はぎょっとすると、小さく唸ってそして決心したように口を開いた。



「…具体的には?」

『憑いている奴に周りのよくない奴が引き寄せられて蓄積している感じ』



 柚耶にもわかりやすいようにと清花が選んだ言葉は、あまりにもどストレートすぎて思わず柚耶は額に手を当てて「うわぁ…」と呟いた。
 清花は陰陽師・賀茂忠行の血筋、呪術者・役小角を祖に持つ家系に生まれ、生まれついて強力な見鬼の才――つまるところ、ヒトならざるモノを視る力――が備わっている超霊媒体質だ。俗にいう幽霊や妖怪等の類は嫌でも視界に捉えてしまう。

 生まれついた嬰児の頃より清花の能力は強く、それは歳を重ねるごとに増強していった。そのため彼女の身を案じた一族当主である彼女の祖父は、清花が物心ついたときには既に身を護る術を教えていた。呑み込みが早く生まれ持った才もあり、彼女は祖父に次ぐ力の持ち主として次期当主候補にまで上げられ、現在は平凡とはいいがたい学生生活を送りながら日夜家業を手伝っていた。つまり厄介事とは紙一重の関係で、嫌でもこういうオカルト事には遭遇してしまう。

 一方柚耶は直接関わりのない母方のイトコである為に、霊感の類は一切ない常人である。だが幼い頃に心霊現象に巻き込まれたことも多々ある身なので、そういうものについては信じているし清花の実力も分かっている。だからこそ彼女の言葉に含まれる重みと真剣さを理解し、同時に非現実を認めたくない心がぶつかっていた。そんなイトコの思いを少なからず理解している清花は苦笑し、スッと彼から視線を外して呟いた。



『成程ね…まあよくある感じかな』

「…視たの?」

『うん。彼、大坪さん、だっけ? あの人ユーレイとか信じるタイプじゃなさそうだし、ましてや見ず知らずの相手に「最近不調じゃありませんか」なんて話しかけられたら不審がるでしょ。やりたくなかったけど、“視る”のが一番手っ取り早いからね』



 清花のいう“視る”とは、憑いてしまったモノの念を見ることだ。つまりはそのモノの生前の記憶だったり感情だったりを覗いて、事の原因を探り当てるのだ。彼女ができる限りそれをやりたくないと口にするわけは、ものによっては口に出せないほど悲惨なものや吐き気を催すグロテスクなものを見る羽目になるからである。幾ら相手を救う為とはいえど、まだ十代後半で女子高生には些か辛いものがある。

 ちなみに今回清花が“視た”ものは比較的穏便なものだった。大坪に憑いているのは死んだ子犬の霊である。交通事故で死んだ子犬の骸を偶々通りすがりの大坪が見て「可哀想だな」と思ってしまったのが全ての原因だ。どんな理由があれ、死んだモノに対して、特に動物に対してそういう感情を抱くとそれらは敏感に反応して憑いてくる。


 死にたくない、自分を見て、気づいて。


 様々な念を持ったそれらは感情の主に憑いて不調を引き起こす。そこまで重要視されるものではないが、酷いものならお祓いになることもある厄介なものだ。大坪の場合はその後登下校の際に花を添えたり想いを馳せたりしたのが、その身に災いを招いた。
 そして負の感情に近い優しさに引き寄せられた学校の心霊達がそれに反応し、子犬同様彼に纏わりつき負担を掛けていったのだろうと清花は推測する。多分いまは体がだるいくらいにしか思っていないだろうが、それでは済まされなくなる日がやってくる。そうなる前に一度取っ祓ってしまった方がいい。清花が気難しい表情をしていれば、柚耶が何とも言えない表情で彼女を見つめた。



「清花…」

『柚耶ちゃんが気に病むことはないんだよ』

「うん……、でもなんか、不可抗力だよね」

『…生あるものはいずれ死す。偶然や必然で決められた運命なんて、未来なんて誰にも分からないんだから仕方ないよ。それに、道を選ぶのは自分自身だから…』



 どんな理由だとしても、車道に出ることを選んだのは子犬だ。時間を巻き戻せるわけでもないし、もう過ぎたことは覆しようがない。柚耶のやさしさに清花はふと微笑むと、さて、と気持ちを切り替える。



『どうしましょうかね……』



 不用意に接触せずに取り祓えれば楽なのだが、そうもいかないだろう。ただできるだけ一対一で穏便に済ませたいと考える清花の思いを汲み取った柚耶は、ふむと顎に手を添えて首を捻った。



「ん〜…なにかいい手立てがあればいいんだけど」

『柚耶ちゃん特別仲良いってわけでもなさそうだしね』

「あくまでも部員としての付き合いしかしてないもの。それにキャプテン厳しいしねぇ」

『うーん、厄介かなぁ……最悪強行突破に及ぶんだけどさ』

想像しただけで悍ましいと思うのは気のせい?」『じゃないと思う』「だよね



 清花は外見の割にやることはかなり手荒だ。ただし怒らせたときやどうしようもないとき以外は、早々手段を選ばないようなことはしない。流石に中学のときのように暴走三昧ともいかないだろう。
 どうしようかと二人で悩んでいると、タイミングよく彼から休憩の言葉が放たれチャンスとばかりに清花はにやりと笑い柚耶に耳打ちする。



『柚耶ちゃん、絶好のチャンス到来』

「えっ、どゆこと?」

『ちょっと大坪さんのところにわたしを紹介しに連れてってもらってもいい?』

「…! わかったわ」



 なんとなく清花の考えが読めたのかにこりと笑う柚耶に、彼女は失敗して自分が変な目で見られないようにと意気込んだ。



First noise を聞く者 U

第一章 新生活




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