「清花、大丈夫か? 無事やんな?」

「顔色がぎゃん酷かね」

『心配おかけしてすいません。でも、見た目よりも思ったほど酷くはないのでだいじょうぶですよ』



 駆け寄ってきた四天宝寺一同に周りをとり囲まれ、いの一番に声を掛けた小石川と千歳の二人にへらりと笑ってみせ、清花は心配した面持ちの花菜からペットボトルの飲料水を受け取る。『ありがと、花菜』



「先輩が無事で良かったですぅうっ……!」

「格好良かったで姉ちゃぁああん!!」

『ぐふっ、あっ……あー…』



 ペットボトルを受け取って蓋を開けた清花に言葉通りに涙腺崩壊した花菜が縋りつき、体当たりよろしく目を輝かせて後方から抱き着いた金太郎。勿論その衝撃は大きかったのでペットボトルの水は前方の花菜の頭上に少なからずこぼれた。「びゃあ!」なんていう悲鳴をあげた花菜にポケットのハンカチを差し出したくとも、腰に回された金太郎の腕が邪魔をしている為にどうにもできない状態で困惑不動に陥る清花。
 見かねた小石川がやれやれと金太郎を引き剥がし、銀が花菜へタオルを差し出す。そんないつもの日常のやりとりが戻ったことで、一同はほっと胸を撫で下ろし笑みをこぼす。
 変わりない様子の清花に離れて見守っていた麗も安堵の息をつく。



「それにしても、さっきのは一体なんだったのかしら…」

「…あそこまで荒れ狂う執着をもつとなれば、どこかで繋がりがあろうな」

「え…?」



 霧舟の呟くような言葉に思わず視線をあげれば、そこには普段の美しい表情を険しいものへと変えて清花を見つめる横顔があった。



「妾の見解を述べれば、あれは怨嗟が深い。存在自体が危ぶまれる者であろう。此度は何事もなかったが、あれは嬢が対抗するには些か厳しすぎる相手だ。それと此度関わりを持った者みな、少なくとも縁が繋がってしまった。十分用心するに越したことはなかろう、力のある者は特にな。御守当主殿に一度相談する方がよかろうと口添えしておくれ」

「Ice doll、アナタも何かあったらすぐに花子に連絡を入れなさい。私も独自に調べてみるわ」


「…ええ、わかったわ。ありがとう二人とも」

「……人の子に礼を言われるのは、やはり慣れぬ」

「私達異形の存在は、人にとって害悪だっていうのにねえ。こんな経験ができるのも伯爵と仮契約しているおかげかしら。永いこと生きているけど、伯爵と出会ってからが一番愉しいわね」




 ふふふ、くすくすと笑う二人に麗は肩を竦めてみせた。そして霧舟は清花へと声を掛ける。



「嬢。そろそろここから出たほうがよい。導は妾が作ろう」

『わかりました。今回は巻き込んでしまったごめんなさいね、霧舟』

「事情が事情ゆえ仕方あるまい。しかし妾とて暇ではないのじゃ、次からは事前に連絡を入れるようにしてほしいものよな」



 ふん、と鼻を鳴らして顔を歪める霧舟に清花は苦笑するしかない。それにメリーさんはおかしそうに吊り上がる口元に手を当てる。



「あらあら。気兼ねなく頼ってほしいと言えばいいのに。嬉しいくせに素直じゃないわね〜」

「黙りやメリー!!」




 一瞬で顔を真っ赤に染め上げた霧舟はメリーさんを捕まえようと指先から糸を発射するが、瞬間移動を得意とするメリーさんはそれをなんなく躱している。
「女郎蜘蛛VSメリーさん…興味深いな」「日吉ほんとに大丈夫?」「お客様の中にお医者様はいませんかー!」「いねえよ」「医者の息子はいるんやけどなぁ」「どっからどうみてもヤブ」「岳人サァン?」「白衣着たらただの変態」「日頃からただの変態」「ジロー?麗?」「存在がアウト」「跡部ぇ!?!」「忍足、さん…これ」「樺地…ぐすっ、ハンカチおおきに」
「やぁだ、美女がツンデレとか萌えるやないの〜!」「こ、小春のことなんか大好きなんやからね!」「一氏はん、それツンデレちゃう本心や」「通常運転やなあ」「むしろ病気っすわ」「ワイはみんなが大好きやで!!」「圧倒的太陽」「天使すぎぃ」「みんな…目的忘れてへんか?」



「「「「「「「「「「あっ」」」」」」」」」」



『ははは…。では、今度こそお暇しましょうか。霧舟、お願いします』



 終息を促すように清花が声を掛ければ、霧舟は美しい顔をむすくれされたまま、指先を非常口の扉へと向けた。ぱちんと指を鳴らせばドアノブが回って扉が開く。そして霧舟の指先から銀色の糸が伸びて先の見えない暗闇の中にまで続いていく。



「妾とメリーはここでお別れじゃ」

「足元に気をつけてお帰りなさいな、子ども達」


「メリーさん、蜘蛛のねえちゃん、まったなぁ〜!!」

『謝礼はあらためて。二人とも本当にありがとうございました』



 ぶんぶんと手を振って元気に別れの挨拶をする金太郎は白石に促され扉の向こうへと入っていく。全員が扉の向こうへと入っていった最後に清花は続くと、その扉はぱたんと閉じられた。
 きらきらと暗闇の中を照らす糸の光を辿りながら歩く。先を行く皆の背中がぼんやり見えるが賑やかな声音が聞こえてくるので少なからず安心した。今回も、無事で終わって良かった、と。
 ――だが、しかし。次は本番といった黒い影。あれの相手をすることになれば、今度は彼らを巻き込むわけにはいかない。それほど清花には荷が重いし、己の生半可な技量ではあれと対等に渡り合うことが難しいのは理解できた。そして、次に対峙したときに自分がいつものように対処できる気がしなかった。久しく感じてなかった恐怖がむくりと顔を出したのだ、思い出すだけでも足が震える。



「清花」



 名前を呼ばれてはっと顔をあげればいつの間にか財前が横に並んでいた。彼は自身を見やった清花に瞠目したものの、いつもの気だるげな表情に戻る。そして何を思ったのか彼女の前へと移動すると振り返ることなくその右手を差し出してきた。



『え……』



 その右手と財前を交互に見るが、彼はこちらを振り向く様子もなく歩いている。清花は困惑したままおずおずと左手を財前の掌へと重ねた。それが正解だったようで、彼の長い指先によって優しく包み込まれた左手は存外冷たかった。「……ほんまは」ぽつり、と落とされた声に清花は耳を澄ます。



「ほんまは背中ぶっ叩いてやりたいとこなんやけど」

『うん…』

「そんなんやったら音でばれるし、部長らに騒がれるんは嫌やし」

『…そうだね』

「せやから、ここ出るまでの間に、その顔なんとかしい。見てられんわ」

『ごめん…気遣わせて』

「そこは素直にありがとうって言うとこやろ」

『…うん、ありがとう財前君』

「……貸し一つな」

『緑床庵のぜんざいで許してね』



 そんな会話をしているうちに視線の先には大きな光が見えてきて、それが出口なのだと皆一様に思った。気づいた時には誰かが駆け出していて、それに続く足音が大きさを増していく。そして―――。辿り着いた先は、最初見たときと変わらないホールであった。そこに監督二人が待ち構えていたので漸く戻ってこれたのだと実感した一同はそれぞれ感情を露わにした。



「なんやぁ、青少年達。どっこにもおらん思うたら走り込みでもしてきたんかぁ? それやったら一言声かけてってほしいわあ、榊サンと二人でえらい探しとったんやで?」



 渡邊の一言に一同は歯切れの悪い返事をしたり、視線を彷徨わせたり様々だ。それに速やかに対応したのは清花と麗だった。



『すいません、監督。双方ともやる気に満ち溢れていまして、待機時間が勿体ないとウォーミングアップがてら走り込みにでてしまいました』

「マネージャーである私達が残っていればよかったんでしょうけれど、施設の備品確認も予めしておきたかったもので席を外してしまいました。ご心配をおかけして申し訳ございません」



 すらすらと偽りの弁解を述べて頭を下げたマネージャー二人にひくりと頬を引き攣らせた跡部達だったが、ここは話を合わせておいた方がいいだろうとそれに倣って頭を下げる。



「はりきることは良いことだが、報連相が疎かになってはいけない。以後気をつけるように」



 厳しい叱咤をくれた榊も部員達の無事が確認とれたことに安堵の息をつく。



「ほなら榊監督。少し休憩させたら、合宿本番といきましょか」

「そうしましょう。諸君、休憩後ミーティングを踏まえて試合を行ってもらう。では、これより十分間の休憩を設ける。休憩終了後はこちらに各校整列しておくように」

「「「はいっ!!!」」」




















「清花〜」



 休憩宣言後、ちょいちょいと手招きをする渡邊に清花はこうなることを見越していた、と肩を竦めて彼の方へと歩み寄る。なので開口一番、



『すいません。巻き込まれ事故です』悪びれることなく、事実を口にした。



 それに渡邊は苦笑いを浮かべて一つ大きく頷いた。



「ホールに入ってきた瞬間わかったわ。にしてもこの人数巻き込むとは相当厄介な奴やったんちゃうんか?」

『はい。今回はあちらが身を引いたから良かったものの、黒幕はわたしが対峙するには力不足だと思います。奴は次が本番、と言っていました。…次がいつかはわかりません。でも、奴は確実に彼らを巻き込むでしょう』

「ハァ〜〜〜…。勘弁してぇな」



 チューリップハットを目深に被った渡邊に、同意を示すように清花も嘆息する。
 実は渡邊もそれなりに強い霊感の持ち主であり、清花の入部後から陰ながら力添えしていたりする。しかし教師と生徒という立場上、お互いが干渉できる領域が異なる為に色々と障害も多い。前回の七不思議解決の依頼主も実は渡邊だったりする。



「えらいもんに目ぇつけられたな。いっかいお祓いしてもらった方がええんちゃう?」

『そうなると高確率でわたしが祓うことになるんですけどね。それだと意味ありませんよ』

「確かに張本人やしなぁ。まあ、暫くは俺も目ぇ離さんように気をつけるわ。コケシ守りも増やさなあかんか」

『すいません、お手数おかけします』



 お互いさまやろ、と清花の肩を叩いた渡邊に彼女は瞳を伏せてそうですねと静かに返した。



僅かな懸念を残したまま、

第三章 刺客




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